本稿は、KPMGコンサルティングの「Automotive Intelligence」チームによるリレー連載です。本稿では、BEV以外の中核分野の動向や国家による多層的な移行戦略を踏まえ、BEVの拡大だけでは捉えきれない中国自動車産業の本質を解説します。
複数の技術、政策、産業論理を組み合わせながら前進する中国市場
中国自動車市場について、日本では「中国はすでに完全にBEVの市場になった」という単純化された見方が語られがちです。しかし、実態はそれほど単純ではありません。中国市場は、BEVへの急速なシフトを進める一方で、PHEVやREEVの拡大、さらには内燃機関の役割を再定義する動きが同時に進む、きわめて戦略的に設計された移行過程にあります。
その裏側では、激しい価格競争が常態化し、産業全体の収益性は大きく圧迫されています。電池分野ではLFPの採用が急速に広がっているものの、資源循環やリサイクルといった持続可能性の課題はなお解消されていません。
つまり、中国の自動車産業は「BEV化に成功した市場」という単線的な物語では捉えきれません。「市場の拡大」「技術の多様化」「国家戦略としての設計」、そして「収益性の低下」が同時に進行する、巨大な構造転換のただ中にあるのです。
まず注目すべきは、2025年の中国市場におけるBEVの圧倒的な存在感です。BEVの販売台数は、2023年の669万台、2024年の772万台から、2025年には1062万台へと大きく拡大しました。市場シェアも同様に、2023年の22.2%、2024年の24.6%から、2025年には30.9%に達しています。数量・比率のいずれを見ても、BEVが着実に主流化していることは明らかであり、中国が世界最大のBEV市場である点に疑いはありません。
この動きは、もはや国内市場にとどまりません。輸出においてもNEV比率は、2020年のほぼゼロから2025年には36.8%まで上昇しており、中国の電動車競争力が内需依存の段階を超え、外需にも本格的に浸透し始めていることがわかります。BEVを軸とした電動化は、中国市場の内部現象ではなく、グローバル市場全体に影響を及ぼす局面に入りつつあると言えます。
【図表1】
ただし重要なのは、BEVが伸びていることと、内燃機関がすでに市場から消えたことを同一視してはならないという点です。2025年の中国市場における新車販売のパワートレイン別シェアを見ると、ICEが52.1%、PHEVが17.0%、BEVが30.9%を占めています。さらに、純内燃機関車にHEVやPHEVを含めた広義の内燃機関系パワートレインで捉えると、その比率は69.1%に達します。
つまり、中国市場の主流パワートレインは依然としてICE系にあり、BEVは急速に拡大しているとはいえ、市場全体を完全に置き換えたわけではないのです。この前提を見誤ると、中国自動車市場の構造や企業戦略の方向性を大きく取り違えることになりかねません。
その意味で、PHEV、なかでもREEVの成長はきわめて示唆的です。PHEVの販売台数は、2023年の280万台から2024年には514万台へと急増し、2025年には586万台に達しています。そして、このPHEVのうち約3~4割を、レンジエクステンダー型BEVとして位置付けられるREEVが占めているのです。
REEVは、駆動をモーターに限定し、エンジンは発電専用とする構成を採っています。航続距離の確保と車格の拡大を両立しやすく、SUVとの親和性が高い点が特徴です。この広がりは、中国市場が「BEVか、ICEか」という単純な二項対立では動いていないことを端的に示しています。
日常走行における電動化、航続距離不安の回避、大型車体への適合、そして価格に対する現実的な受容性。こうした複数の要請に応じて、異なる電動パワートレインが戦略的に使い分けられているのです。消費者の選択も、政策の方向性も、技術の実装も、いずれも理念先行ではありません。中国の電動化は、徹底して実務的な合理性の上に組み立てられているのです。
【図表2】
この背景には、中国特有の産業政策の考え方があります。2023年12月に公表された「自動車産業のグリーン・低炭素発展のためのロードマップ1.0」では、初めてNEVだけでなく、内燃機関の将来像についても踏み込んだ整理が示されました。2030年までにCO₂排出量のピークアウトを達成し、2060年のカーボンニュートラルを目指すという国家方針のもとで、NEV新車販売比率は2025年に45%、2030年に60%という明確な数値目標が掲げられています。
一方で同ロードマップは、内燃機関が今後も重要な役割を担い続けることを明示しています。そこでは、ハイブリッド技術の高度化、燃費性能のさらなる向上、低炭素燃料やカーボンニュートラル燃料の活用といった方向性が打ち出されており、内燃機関を単なる「過渡的技術」として切り捨てる発想は取られていません。
これは、中国が内燃機関を「時代遅れの技術」として排除するのではなく、カーボンニュートラル実現の文脈のなかで再配置しようとしていることを意味します。すなわち中国は、産業競争力を維持しながら脱炭素を進めるために、BEV一辺倒ではなく、電動化と内燃機関を含む技術ポートフォリオ全体を国家戦略として設計しているのです。
【図表3】
もっとも、この巨大市場が順風満帆かといえば、決してそうではありません。注目すべきは、産業全体の収益性が明確に低下している点です。売上高は2022年の9.3兆元から2024年には10.6兆元へと拡大し、2025年も11.2兆元と高水準を維持しています。一方で、営業利益は2022年の5320億元から2025年には4610億元へと減少し、利益率も5.7%から4.1%へと大きく縮小しています。
売上は伸び続けているにもかかわらず、売上原価は高止まりし、激化する価格競争が利益を直接的に削っている構図が浮かび上がっています。輸出台数が増加しても、国内市場での過当競争が産業全体の収益体質を蝕んでいるのです。
つまり中国市場は、「数量成長の成功」と「収益性の劣化」が同時に進行する市場です。外から見れば勝ち組に映る企業群の足元でも、実際には消耗戦が続いているというのが、現在の中国自動車産業の実像です。
【図表4】
電池市場もまた、拡大と課題が併存しています。NEV向け電池の総需要は、2020年の63.6GWhから2025年には714.4GWhへと急拡大し、1台当たりの平均電池容量も2025年には53.1kWhまで増加しています。量・質の両面で電動化が加速していることは明らかです。
そのなかで特に際立つのが、LFPの急速な台頭です。乗用車におけるLFP比率は、2021年の39.4%から2025年には74.6%へと上昇し、三元系を大きく上回りました。バスやトラックなどの商用分野では、もともとLFP比率が極めて高く、2025年時点でもほぼ99%前後を占めています。これは、中国勢がLFPにおいて圧倒的なコスト競争力と供給力を確立していることを示しています。
安全性や高温耐久性、そしてコストを重視すれば、量販市場や商用分野でLFPが主流となるのは自然な帰結です。中国の電池市場は、性能の最先端を追い続けるのではなく、用途と価格を軸に「現実解」を選び取る方向へ、明確に舵を切っているのです。
【図表5】
しかし、LFPには別の側面もあります。LFPは三元系に比べて新品セルのコストが約30%低い一方で、リサイクル材としての価値が低く、循環型ビジネスが成立しにくいという構造的な課題を抱えています。リサイクルによるCO₂削減効果についても、一般に三元系の方が高いとされます。つまりLFPは、販売時点の経済合理性ではきわめて優位である一方、循環経済まで含めた持続可能性の観点では明確な弱点を持っています。
新材を使い続ける限り競争力は維持できるものの、資源循環を前提とした産業構造のなかでは、自己完結的なリサイクルループを構築しにくいと言えます。この点は、中国が単なる自動車生産大国から、真の意味での自動車強国へと進化していくうえで、避けて通れない論点となるでしょう。
【図表6】
結局のところ、中国自動車市場の本質は、BEVの拡大だけでは説明できません。BEVは確かに急成長していますが、それと同時にPHEVやREEVも伸び、内燃機関も依然として市場の中核に位置しています。国家はカーボンニュートラルを掲げながらも、BEV一辺倒ではなく、内燃機関、ハイブリッド、低炭素燃料を含む多層的な移行戦略を明確に採っています。
一方で、産業の現実に目を向ければ、激しい価格競争によって収益性は大きく圧迫されています。電池分野ではLFPの優位が急速に広がる一方で、循環性の弱さという構造的課題も表面化しつつあります。すなわち中国市場では、技術的な前進と産業的な歪みが、同時並行で進行しているのです。
中国市場を正しく読み解くには、「BEVが増えた」という表層的な事実にとどまらず、「なぜ多様な技術を残しながら拡大しているのか」「なぜ数量成長と収益悪化が併存するのか」「なぜLFPが優勢であっても課題が残るのか」といった構造として捉える必要があります。
中国は電動化で世界を先行しているものの、その未来像は決して単線的ではありません。複数の技術、政策、産業論理を組み合わせながら、巨大市場を現実的に前進させています。そのしたたかさこそ、日本企業が最も注視すべき点と言えます。
※本稿の図表の参考資料は以下のとおりです。
- 中国汽車工業協会(CAAM)「数据统计」
- 中華人民共和国工業・情報化部(MIIT)「汽车产业绿色低碳发展路线图 1.0 」
- 中国汽車販売協会汽車市場調査部「车市解读」
執筆者
KPMGコンサルティング
プリンシパル 轟木 光