サプライチェーンを取り巻くリスクは、自然災害による供給途絶といった偶発的な問題にとどまらず、地政学情勢や法規制といった企業経営の前提そのものを揺るがしかねない性質へと変化しています。地政学的緊張の高まりや、経済安全保障を背景とした輸出規制・制裁措置の強化、資源・エネルギー価格の変動、国際物流の不安定化などにより、供給途絶は「起き得るリスク」ではなく「織り込むべき前提」になりつつあります。
特定国・特定地域への依存度が高い部材の調達が難しくなれば、操業停止や製品供給の遅延にとどまらず、顧客との契約履行、売上計画、さらには市場からの信頼にまで影響が及びます。それにもかかわらず、多くの企業ではサプライチェーンリスクの管理が依然として現場対応や部門ごとの管理にとどまり、経営として「どのリスクが、どの程度、重要事業のサプライチェーン全体に影響するのか」を網羅的に把握しきれていません。
その結果、サプライチェーンの途絶等のリスクが顕在化してから慌てて対応する後追い型のマネジメントになりがちであり、これが経営判断のスピードと質を低下させる要因となっています。
1.なぜ今、網羅的なサプライチェーンリスク分析が必須なのか
外部環境の変化(前提条件の整理:政治・経済・技術・社会)
サプライチェーンのレジリエンスの向上が国際的に重要なトピックとして取り上げられています。この背景には「政治」「経済」「社会」「技術」の4つの側面での外部環境が影響します。
【政治(Political)】
これまでのサプライチェーンは、経済的利益を優先し、コスト最適化や特定国への集中など効率性を重視してきました。しかし、新型コロナウィルス感染症(COVID‑19)のパンデミックやウクライナ問題等を背景とした重要物資の供給途絶、そして中国によるレアアース輸出規制など、地政学リスクが顕在化したことで、各国は供給網の強靭化を避けて通れなくなっています。
日本においても、2022年の経済安全保障推進法において特定重要物資の安定供給確保が柱として掲げられました。さらに、「危機管理投資」という新たな観点からサプライチェーン強化を推進する方針も示され、国家レベルでの取組みがいっそう加速しています。
【経済(Economic)】
グローバル経済における供給途絶リスクは、もはや例外的な出来事ではなく「織り込むべき前提」へと変わりました。特定国に依存した物資が調達困難になれば、操業停止や製品供給の遅延を招くだけでなく、顧客との契約履行、売上計画、さらには市場からの信頼にも深刻な影響を及ぼします。輸出規制や関税引上げなどの経済的リスクが高まり続けるなかで、サプライチェーンのレジリエンス確保は企業価値維持のための重要な経営課題となっています。
【社会(Social)】
サステナビリティ課題への国際的な関心の高まりは、サプライチェーン上に新たなリスクを生み出しています。過去には、人権侵害が発覚したことから不買運動へと発展した事例もありました。「ビジネスと人権に関する指導原則」の策定には、このような背景があります。
また、欧州グリーンディール政策に基づくCSDDD・EUBR・EUDRなどの法規制では、環境デューデリジェンスが義務化され、企業はサプライチェーンを遡ったリスク評価を求められています。社会的要請の強まりは、企業の説明責任の範囲を大きく広げています。
【技術(Technology)】
技術面では、生成AIの急速な普及により、AIが人間の代わりにターゲットの「弱点」を24時間体制で探し出し、ソフトウェアのソースコードを読み解き、未知の脆弱性(ゼロデイ)を見つけ出す速度が上がっています。また制御システムのITネットワーク接続により、サイバー攻撃が物理的な操業停止へ直結するリスクが高まっています。
特にサプライチェーン管理(SCM)においてはクラウドやSaaSへの依存度が限界まで高まっており、単一障害点が広範な業務停止を引き起こす可能性が拡大しています。デジタル技術の進展が利便性をもたらす一方で、サイバーセキュリティリスクへの対応は不可欠な経営課題になっています。
「目指す姿」と「現状」のギャップ
このように外部環境が大きく変化するなかで、サプライチェーンのレジリエンスを高めることは企業経営における重要なテーマになっています。そのためには、自社のサプライチェーンに存在するリスクを「見える」「比べられる」「説明できる」状態に整える必要があります。
しかし現実には、グローバルに広がるサプライチェーンのリスクを網羅的に可視化する、Tier2・Tier3以降までもカバーすることは容易ではなく、多くの企業が網羅的にリスクが「見えない」状況にとどまっています。
さらに、リスクを定量的・相対的に「比べられない」ため、リスクの全体を俯瞰した経営判断が難しくなります。加えて、全体像と優先度を「説明できない」状況が続くことで、規制対応や顧客への説明責任が十分に果たせず、どのリスクに予算や人員を投じるべきかといった投資判断も困難になります。
2.レジリエンス強化に向けた要諦:対策論の前に組織内におけるサプライチェーンリスクの「共通言語」を作る
サプライチェーンのレジリエンスを高めるうえで、在庫の積み増し、代替調達先の確保、BCPの整備といった施策を検討すること自体は重要です。しかし、これらはあくまで手段であり、十分な整理を行わずに着手すれば、効果や優先順位を説明できない投資に陥りがちです。いわゆる「場当たり的な対策」では、経営に対する投資判断や顧客への説明責任に耐えられません。
経営として本来問うべきなのは、「どの部材や工程が最も脆弱なのか」「なぜその部分でリスクが高まっているのか」「それが操業停止、売上減少、規制違反、ブランド毀損といった経営リスクにどの程度つながるのか」といった点です。たとえば同じ“供給途絶リスク”であっても、代替が容易な汎用品と、特定技術に依存する重要部材では、必要となる対策も投資規模も大きく異なります。こうした違いを整理しないまま一律の対策を講じると、限られたリソースが分散し、結果としてレジリエンス向上にはつながりません。
したがって、対策に着手する前に、まずリスクを構造的に整理し、経営が判断に活用できる状態へと整えることが不可欠です。
3.サプライチェーンリスク分析モデルを用いた網羅的なリスク分析の実現
サプライチェーンリスク分析モデルは、不確実性の高い環境下において、企業を取り巻くサプライチェーンリスクを網羅的に可視化し、早期に対策へつなげることで、レジリエントかつサステナブルなサプライチェーンを実現するための枠組みです。
このモデルの基本的な考え方は、まず普遍的なリスクカテゴリーごとにリスクドライバーを体系的に整理することにあります。そのうえで、全体を俯瞰した視点とサプライチェーンの各工程に即した視点の双方からリスク状況を可視化し、企業が対策を検討するための実効性ある材料を検討します。
Step1:リスクカテゴリーを“網羅的”に押さえる
| 地政学・経済安保リスク | 戦争・紛争、テロ、政情不安、制裁、輸出規制、国家間摩擦、特定国への依存等により、特定国からの調達停止、国境封鎖、輸出入制限による供給途絶 |
|---|---|
| 人権・労働リスク | 強制労働、児童労働、土地権利侵害、少数民族差別、劣悪な労働環境、安全衛生管理不備、労働争議等により、国際規制違反による取引停止、生産停止、従業員の離職・採用難、NGO指摘をきっかけとしたブランド毀損、訴訟リスク |
| サイバーセキュリティ・デジタルリスク | ランサムウェア攻撃、システム障害、データ漏洩、IoTや生産制御システムへの攻撃により、工場や物流の停止、顧客・取引先データの流出、社会的信用失墜 |
| 自然災害リスク | 地震、台風、洪水、火山噴火、豪雪、パンデミック、異常気象(熱波・干ばつ・水不足)により、工場停止、物流ルート寸断、原材料供給停止、従業員稼働制限の発生による事業停止 |
| オペレーションリスク | 設備故障、品質不良、納期遅延、物流事故、在庫不足、システム障害などにより、生産計画遅延、追加コスト発生、顧客からの信頼低下 |
| 知的財産リスク | 技術流出、設計データや製造ノウハウの漏洩、模倣品・偽造部品の流通などにより、競争力喪失、事故・品質問題、訴訟、顧客からの信用喪失 |
| 環境・気候変動リスク | 森林破壊、生物多様性喪失、水資源枯渇、CO₂排出量規制、廃棄物処理不備等により、規制違反(EUDR、バッテリー規制など)による取引停止、製品ライセンス喪失、投資家やNGOからの指摘によるレピュテーション棄損 |
| 規制・コンプライアンスリスク | 独占禁止法、下請法、貿易管理法、データ保護規制、腐敗防止(贈収賄等)等の各国規制に加え、EU規制(CSDDD、EU CBAM、EUDR、EU電池規制等)違反による罰金、市場アクセス喪失、取引停止、レピュテーション棄損 |
| ファイナンス・市場リスク | 原材料価格高騰、為替変動、金利上昇、需要急変による調達コストの増加、利益率低下、売上減少 |
| サプライヤー与信リスク | 取引先の財務不安定性、倒産、支払遅延、資金調達難による主要部品・原材料の供給停止、自社生産ライン停止、納期遅延 |
| 資材不足リスク | レアアース、半導体、重要鉱物(リチウム・コバルト・ニッケル)、水・エネルギーなどの不足により、調達難、コスト高騰、代替素材開発の必要性発生 |
| 技術イノベーション破壊リスク | 新技術台頭(生成AI等) 、規格変更、国際標準競争による既存技術の陳腐化によるサプライヤーや設備投資の余剰化、既存製品の需要喪失 |
上記リスクカテゴリーの粒度でリスクを棚卸しします(図のリスクは製造業を想定、リスク分析の精緻化にあたっては、リスク分類を業種や自社事業の性質などを考慮のうえ、細分化することが重要)。リスクをただリスト化するだけでなく「どの工程(調達・生産・物流・販売)に影響する」かまで紐づけることがポイントです。
Step2:リスクドライバーで「リスクの大小」を測定するロジックを設計する
サプライチェーンにおけるリスクの大きさや顕在化確率は、上記で示したリスクドライバーによって規定されます。これらは「なぜ特定のリスクが高いのか」を明確に説明することができるようになり、“当て勘”の対策から脱却し、合理的かつ説得力のあるものへと進化します。
Step3:リスク評価結果-“サプライチェーン全体×工程”で可視化する
サプライチェーンリスクの分析において重要なのは、単なる「一覧表」を作成することではなく、リスクを比較可能な形で示すことです。その際には、サプライチェーン全体を企業横断的に俯瞰すると同時に、調達・生産・物流・販売といった工程ごとのリスク状況を可視化する必要があります。こうした立体的な可視化によって、初めて企業は自社のサプライチェーンに潜む脆弱性を把握できます。
リスクの評価にあたっては、いくつかの軸を組み合わせて捉えることが有効です。たとえば、操業停止、規制違反、人権といった観点からの影響度、発生可能性、依存度、集中度といった露出量の視点などが挙げられます。こうした評価軸を設定することで、リスクの性質と深刻度を多面的に把握することができます。
このようにしてリスクを「見える化」し、定量・定性の両面から「比べられる」状態をつくり、その背景を「説明できる」ようにすることが、このプロセスの核心です。この三段階を確実に実現することで、企業はサプライチェーンリスクを経営判断につなげ、再現性のあるレジリエンス向上策を構築していくことが可能になります。
4.実効性のある意思決定や投資への繋ぎ込み(分析結果をレジリエンス強化の打ち手へ接続)
サプライチェーンリスク分析の結果を実効性のある意思決定や投資へつなげるためには、分析結果をどのように活用するかを明確に設計することが重要です。
A.予算・リソース不足への対処するための優先順位の決定
優先順位の決定にあたっては、「すべてに対処する」ことを目指すのではなく、上位リスクが重なり合う「リスクの束」から戦略的に取り組むことが効果的です。たとえば、地政学リスク、資材不足、与信リスクが同時に作用する部材群などは、投資対効果の高い改善対象となります。
B.「守りの領域」を経営管理に載せるKPIの設定
レジリエンス強化を経営管理のサイクルに組み込むためには、適切なKPIを設定することが重要です。たとえば、Tier1・Tier2・Tier3以降の把握割合や重要部材のカバレッジといった可視化率、特定国・特定社への依存度(HHIなど)を捉える集中度などがあり、これらを管理指標として設定することで、「守りの領域」も経営管理の一部として運用できるようになります。
C.規制・顧客要請に対する説明責任への活用
CSRD、EUDR、CBAMなどの規制は一見すると個別対応が必要に見えますが、その根幹にあるのは「サプライチェーンを把握し、説明できるか」という共通の要請です。リスク評価結果はそのまま説明責任を果たすための基盤として活用できます。
D.社内を巻き込んだ実装を推進
実装の進め方においては、現場で運用できる設計に落とし込むことが不可欠です。また、ガバナンスについては調達部門だけの議論にとどめず、経営、生産、品質、法務、サステナビリティといった関連部門を束ねる会議体を設置し、全社的な意思決定につなげる仕組みを構築することが重要です。
5.おわりに:レジリエンス強化の出発点は、リスクを「見える・比べられる・説明できる」に整えること
サプライチェーンのレジリエンスは、「強い現場」だけで実現できるものではありません。多様なリスクを網羅的に分析し、それを経営と現場が共有する<共通言語>へと落とし込むことで、初めて経営判断、規制対応、予算確保、そして実効性のある対策が動き始めます。そのためにも、まずはリスクを「見える・比べられる・説明できる」状態に整えることが最短ルートとなります。
サプライチェーンリスクを経営の意思決定に活かすには、将来の不確実性を前提とした複数のシナリオを設定することが必要です。制裁の強化や資源価格の高止まり、サイバー攻撃の高度化など、異なる前提条件の下でリスクがどのように顕在化するのかを丁寧に整理します。そのうえで、地政学、人権、サイバー、自然災害、オペレーション、規制といった幅広いリスクを網羅的に洗い出し、調達・生産・物流といったサプライチェーンの各工程に紐づけて構造的に整理していきます。
さらに、地域特性、部材の代替可能性、サプライヤーの財務体力やガバナンス、自社の調達戦略や在庫方針といった要因を踏まえ、「なぜこのリスクが高いのか」を説明できる状態へと昇華させることが重要です。こうした整理を経たうえで、影響度、発生可能性、復旧に要する時間、サプライヤー依存度などの観点から評価・可視化することで、リスク同士を合理的に比較できるようになります。
この「見える・比べられる」が整って初めて、経営は投資の優先順位を合理的に判断でき、規制対応や顧客への説明においても一貫性を持つ「説明できる」状態になります。網羅的なリスク分析を通じて共通言語を構築し、サプライチェーンリスク分析モデルを整備・運用することこそが、持続可能で強靭なサプライチェーンを実現するための確かな第一歩です。
執筆者
KPMGコンサルティング
執行役員 パートナー 土谷 豪
マネジャー 外川 元太
シニアコンサルタント 武田 行平