KPMGコンサルティングは慶應義塾大学とともに、起業に関心のある学生に向けた寄附講座「スタートアップとビジネスイノベーション」を2022年から続けています。2025年度からは、課外プログラムとして希望者を対象に「起業体験プログラム」を開始しました。
プログラムに参加した学生は情報収集や事業計画の具体化を行い、KPMGコンサルティングのプロフェッショナルが伴走しながら、事業プランを磨きました。2026年2月9日に開催された最終報告会では、ジャンルごとに分かれた「AI×教育」「茶道」「物流」「農業」「アプリ」の計5チームが、最終的な事業計画を発表しました。
本稿は最終報告会の内容を基に編集しました。
寄附講座から生まれた実践的な起業体験プログラム
KPMGコンサルティングが慶應義塾大学とともに2025年度に開始した「起業体験プログラム」は、社会課題解決に向けた創造的なアイデア、ビジネスモデルを生み出すことを目的に、新規事業の検討から事業の立ち上げまで一連の起業プロセスを学ぶことができます。参加対象は講座「スタートアップとビジネスイノベーション」の受講生です。
プログラムに参加した学生は、2025年8月から本格的に事業ビジョンを具体化させていき、中間発表を経て、この日の最終報告会を迎えました。最終報告会の冒頭、本プログラムの責任者で、KPMGコンサルティング 副代表の佐渡誠は「パッションを持って、自分らしさをもって、思い切りよくプレゼンをしてください」と挨拶しました。
KPMG 佐渡
また、講座を担当する慶應義塾大学経済学部の中妻照雄教授は「この起業体験プログラムは、スタートアップとビジネスイノベーションの講座のスピンオフ企画として始まりました。プログラムでは短期合宿や、中間報告がこれまで実施されましたが、本日はさらにブラッシュアップされた報告となることを期待しています」と述べ、ジャンルごとに分かれた「AI×教育」「茶道」「物流」「農業」「アプリ」の計5チームの順番で、発表が始まりました。
慶應義塾大学 中妻教授
※「AI×教育」「茶道」「物流」「農業」「アプリ」の計5チームの発表パートは、当日の各チームの発言内容を基に編集しました。
地方の教育と求人のミスマッチをビジネスに
「AI×教育」チーム:
私たちは企業と教育現場とをつなぐ事業を構想しています。地方のIT企業では現在、IT人材が不足し、同時に人材が特定の地域に集中し偏在していることから、求人を出しても応募が集まらないという課題があります。また、学校側でも実務教育が不足していることから、企業が求めるスキルと学生が学ぶ内容に隔たりが生じています。地方に人材自体は存在しているものの、企業と学校とが円滑に連携できていないという構造的な問題があることから、私たちは企業と教育現場をつなぐ事業を構想しました。
AI×教育チーム
私たちは、企業が学校に出前教育を提供することをサポートし、学生の成績や行動データを継続的に取得していきます。取得データを基に、学生と企業をマッチングしていくことがサービスの特徴です。IT人材を求める企業に対して、私たちが学生側の成績や授業態度、興味関心を含めて独自のマッチングスコアを生成することで、企業はスコアの高い学生に対して出前授業や実習、長期インターンといった接点を持つことができ、最終的に推薦枠や内定につなげることができます。
同時に、学校側は出前授業を通じて実務に直結した教育を提供できるといったメリットがあります。AIの利用については現状、データ収集や、企業と学生のマッチングスコアの生成に活用していくことを想定しており、マッチングスコア算出の工程でディープラーニングを活用することで、マッチングの精度向上を図っていきたいと考えています。
茶道を通じて働く人々のウェルビーイング向上に貢献
「茶道」チーム:
私たちは、茶道をもっと身近に、そして茶道を通じて人々のウェルビーイング向上に貢献することをビジョンに掲げています。現代の働く人々が抱える課題の1つとして、デジタル環境における疲労が挙げられます。こうした疲労はさらなる疾患などにもつながりかねません。私たちはデジタルにとらわれている世代だからこそ、茶道×マインドフルネスで課題を解決したいと考えました。
事業内容としては、オフィスの休憩ブースなどにテレキューブのような個室ブースを設置して、計15分間の利用時間のうち、5分間はお茶を点てて飲んでいただきながら、残り10分間は音や匂い、味などを感じながら深い瞑想状態に入っていただくサービスを提供したいと考えています。主なターゲットは、従業員の生産性を向上させたい企業で、なかでもデスクワーカーの利用を想定しています。茶道とマインドフルネスは親和性が高く、職場での短時間の茶道体験がマインドフルネスの効果をもたらし、生産性を向上させることができると考えています。
茶道チーム
今回、ペルソナに沿って会社員90人にアンケートを実施したところ、コーヒーを飲むことに飽きがみられることや、仕事から解放されたいなどのニーズがあることが明らかになりました。サービスを体験いただくことでこうしたニーズを満たすことができ、また私たちは茶道を気軽に行えるものへと変えていきたいと考えています。
繰返し使える配送ボックスを利用した物流ソリューション
「物流」チーム:
私たちは、段ボールを代替する繰返し利用可能な配送ボックスと、それを前提とした一連の物流ソリューションを構想しています。物流需要は増え続ける一方で人手不足が進み、このままでは「家に確実に届く」宅配サービスが維持できなくなる恐れがあります。解決策としてドローン配送も検討されますが、日本では難しいとの結論にいたりました。一方、企業へのヒアリングを通じてロボット配送は現実的であるという示唆を得ました。置き配が広がるなかでも、対面受取りと同じ安心感を提供することが今後ますます重要になると考えています。
物流チーム
事業内容としては、施錠機能・追跡タグ・防水防塵・状態表示などを備えた、繰り返し使うことができる配送ボックスを消費者に提供し、アプリに加えQRコード®(※株式会社デンソーウェーブ)やブラウザでも簡単に受け取ることができる体験を目指します。
想定している利用者は、置き配に抵抗があり、また既存の宅配ボックスではサイズが足りず困っている方々です。ビジネスモデルは、EC事業者などに段ボール代の代替として配送ボックスを購入・レンタルいただき、利用料を原資にギグワーカーが回収後、コンビニエンスストアなどに併設する回収ボックスへ投入、集荷・洗浄・再配布を回す形です。10~15年後には配送ボックスの回収をロボットが担っていくことを構想しています。
農業体験とオーナー制度で農業を元気に
「農業」チーム:
私の祖父は静岡で農業をしています。私自身、抹茶が好きなのですが、大人になって目にしたものは地元の荒廃した茶畑でした。抹茶が世界的に流行する一方で、「儲からない」ことを理由に子どもに後を継がせない農家が少なくないと聞きおよび、こうした課題を解決したいと思いました。
農家へのヒアリングを重ねるなかで、煎茶用の茶畑である「緑茶畑」を抹茶用の「碾茶畑」に転換できれば、収益性を高められる可能性があると考えました。しかし、現状では人手不足や初期費用の負担が障壁となり、実行は容易ではありません。そこで、人手不足の解消と資金調達を同時に実現する方策として、農業体験と農地のオーナー制度の事業を構想しました。ターゲットは都内在住者や欧米出身の外国籍の方々です。
農業チーム
農業体験は、従来の繁忙期における季節労働を貴重な体験としてリブランディングします。日本らしい、かつ本物の畑で日常からの解放を体験できることを価値として提供し、同時に労働力不足を補います。農家からは人材獲得に相当する費用を得て、参加者からは体験費用をいただきます。
農地オーナー制度は、再生・修繕が必要な農地に投資をしてオーナーとなり、投資額の20%を手数料として回収する構想です。荒廃した農地が収益化するには約5年かかるとされていますが、その間は既存の元気な茶畑での農業体験や、抹茶製品をリターンとして還元することを考えています。生産者と消費者がつながり、互いが互いを幸せにするような未来を目指していきます。
他人軸のSNSで情報に新たな価値を
「アプリ」チーム:
私は、ある人にとってはささいな情報が、別の人にとっては有益で価値のある情報であるということに着目し、現場のリアルタイムの情報を人から人へ届けるアプリを開発しています。たとえば、飲食店の混雑状況を調べて訪れたにもかかわらず長蛇の列で時間を失うなど、いわゆるタイパロスは日常的に発生しています。加えて、訪日外国人客にとっても、ある観光地などの場所に関する混雑状況など信憑性の高い情報が不足しており、必要な情報が届かないことが課題となっています。
アプリチーム アプリのデモ紹介
このアプリは、ユーザーが求めている情報をリクエストすると、近くにいる別のユーザーへ通知が届き、通知を受けた側が現場の写真を撮って提供するという仕組みです。情報提供者には、たとえばコーヒー1杯などのインセンティブを付与します。初期は情報提供者の不足が想定されるため、ギグワーカーを活用して情報の流動性を高め、将来的にはアプリ内に蓄積された情報を企業へ提供し、マーケティングなどに活用できるデータとして販売することで収益化を図ります。
企業は当該データをマーケティングなどに利用することで価値を得ることができます。このアプリは、従来の「自分のために投稿するSNS」とは異なり、「誰かのために投稿する」設計を中核に据えた「他人軸のSNS」として差別化を図っています。まずは観光領域を中心に展開し、最終的には氾濫情報などの社会インフラ領域にも拡張していきたいと考えています。
起業体験プログラムを通じてビジネスの考え方を身に付ける
各チーム発表後の全体講評で、慶應義塾大学イノベーション推進本部の大牧信介特任准教授は、「いずれのテーマも非常に面白かったです。2025年8月から半年間ほど検討され、思いどおりにいかないことや、また自分ではよいと考えていてもすでに同様のサービスが存在していたり、ニーズがないとわかったりと試行錯誤の連続だったと思います。起業とはまさにその繰返しで、このプログラムを通じてビジネスの考え方を身に付けることができたのではないでしょうか。今後、起業をするにしても、就職するとしても、日頃から思考実験を続けていれば、どこかのタイミングでこのビジネスはうまくいくという確信を持つことができる日が来ると思います。今回の体験を将来に生かしてほしいです」と学生らにエールを送りました。
慶應義塾大学 大牧特任准教授
最終報告会の最後に、KPMGコンサルティング プリンシパルの倉田剛は「今日ここにいる起業体験プログラムに参加している方々は、スタートアップとビジネスイノベーションの講座でいつも前の方に座って、目を輝かせて講義を聞いていただいています。就職をされる方が多いとは思いますが、皆さんのビジネスプランがいつか花開く日が来るかもしれません。皆さんのなかから世界を代表するような起業家が出てくることを願っています」と話しました。
KPMG 倉田
起業体験プログラムに参加した皆様
※QRコードは株式会社デンソーウェーブの登録商標です。