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      近年、優秀な人材の獲得競争が激化し、他社からの高額オファーによる離職リスクが高まっています。従来の人事部主導による全社一律の報酬制度では、こうした状況に柔軟に対応できず、リテンション面で不利になるケースが増えています。

      本稿では、この課題に対し、部門主導で柔軟な処遇決定を可能にするアプローチを提言します。さらに、制度移行時に懸念される「社員の抵抗感への対応」や「部門運用を支援する仕組み」についても検討します。

      なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。



      1.柔軟な報酬ルールの必要性の高まり

      伝統的な日本企業では、長年の労使交渉を通じて処遇における公平性が重視されてきました。その結果、社員のパフォーマンスに差があっても、待遇面で大きな差が生じない制度となっているケースが見られます。社員の流動性が低い日本企業の環境では、上司と部下、あるいは同僚間の不和やチームワークの低下を防ぐ意図もあったと考えられます。

      また、労働組合からは「客観的なルールを設けること」「情報を開示し透明性を高めること」を求める声が強く、その結果、外資系企業などと比べて、日本企業の給与規程には詳細な情報が記載される傾向があります。こうした背景から、開示可能な制度設計が求められ、年次評価の結果を計算式に当てはめ、機械的に昇給額や賞与額を決定する手法が広く浸透してきました。しかし、このような画一的な運用は、時に“形式的な平等”となり、社会の変化に十分対応できなくなりつつあります。

      昨今、「1つの企業で勤め上げる」という価値観の重要性は薄れ、転職市場が活性化しています。こうした状況下では、日系・外資、業界問わず、企業にとって優秀な人材のリテンションが重要な課題となっています。

      特に生え抜きの優秀な社員は制度上、報酬が下限に近い水準で推移しやすく、同等級・同役職の中途入社社員よりも低くなる傾向があります。具体的には、早期昇格者は昇格前等級の滞留期間が短いため、十分な昇給を経ずに昇格し、昇格後の報酬が上位等級の下限に設定されるケースが多くみられます。

      一方、中途入社社員は前職報酬を基準に一定の上乗せが行われるため、報酬レンジの上位に位置付けられる傾向にあります。また、早期に昇格しても等級に見合った成果を出せない場合、業務遂行や業績に悪影響を及ぼすため望ましくありません。こうした構図により、他社から好待遇のオファーを得やすくなり、優秀な人材は中途採用市場で魅力的な存在となっています。

      また、企業は人的資本経営の観点から、人材ポートフォリオ策定や必要な人材タイプの明確化を進めています。これは、経営・事業にとって重要な人材を特定し、各部門でどのような役割が重要かを明確にする取組みです。こうした背景から、現場感を踏まえ、限られた報酬を部門に不可欠な人材へ重点的に配分したいという企業側の考えは自然な流れと言えます。

      ここまで見てきたとおり、柔軟な報酬決定の必要性が高まっています。次章では、この柔軟な処遇決定アプローチについて提言します。

      2.部門主導の昇給額・賞与額の決定

      毎年の金銭的処遇決定には、昇給と賞与の2つがあります。以下では、個人別に柔軟な処遇決定を可能にする手法を概説します。

      (1)昇給額の決定

      現状では、事前に定められたテーブルと評価結果に基づき、機械的に算出する方法が一般的です。しかし、人材流動性が高い業界や、市場報酬水準と自社水準に乖離がある場合には、定められた原資の範囲内で部門裁量により個々人へ原資を配分する柔軟な仕組みを導入する必要があります。この場合、社員のジョブの市場水準と現報酬額のギャップ、本人のパフォーマンスを踏まえ、適切な額を決定します。そのためには、部門長が配下社員の報酬額や他社水準などの参考情報を把握することが不可欠です。評価結果は参考にしつつも、機械的な決定ではなく、優先度の高い人材のリテンションを重視する点が特徴です。

      (2)賞与額の決定

      一般的には、労使で支給月数を合意し、個人の月給(または等級別基準額)に評価係数を乗じて算出する方法が採用されています。一方、柔軟な方法として、役員報酬でも用いられるプロフィットシェア方式があります。これは、所定の原資内で部門裁量により支給額を決定する仕組みで、昇給と同様に評価結果を参考にしつつ、人材のリテンションを重視します。なお、会社の好業績を反映して一律加算する従来の方法とは異なる点に留意が必要です。

      【昇給額・賞与額決定ルールの比較】
      Japanese alt text: 人材獲得競争と離職リスクに対応する柔軟な報酬制度改革とは_図表1

      関連する手法についても触れておきます。ジョブ型人事制度の普及に伴い、職種別報酬レンジを導入する企業もあります。しかし、この方法では職種内の個人差を考慮できず、同一職種内で同様の課題が生じる点に注意が必要です。

      また、「賞与比率を高めれば優秀な社員は評価に応じて都度報われるため、昇給は従来どおりで十分」という意見も想定されます。しかし、近年は固定報酬を引き上げる動きが活発化しており(賞与固定分を月給に振り替えるケースを含む)、社員にとっては同じ年収であれば固定報酬が高い方が安心感を得られます。したがって、報酬競争力を維持・向上する観点からは、固定報酬を高める昇給による対応が望ましいと考えられます。

      3.スモールスタートと部門運用サポートが変革の鍵

      ここまで、部門主導による昇給額・賞与額の決定方法について述べてきました。定められた原資の範囲内で部門裁量により個々人へ配分する柔軟な報酬ルールは、企業として必要性が認識されていても、全社員の理解を得ることは容易ではありません。また、この仕組みを適切に運用するには、経営・事業にとっての優先度(部門にとってどの程度クリティカルな仕事か)と本人のパフォーマンス(どの程度成果を出しているか)を踏まえた検討が不可欠です。そのため、現場感覚を持つ各部門が主体となり、従来よりも自由度の高い議論を行う必要があります。

      以上を踏まえ、想定される懸念と有効な対応は次の3点です。

      (1)社員の理解をいかにスムーズに得るか

      導入初期は、報酬全体の一部を部門裁量で決定し、徐々に割合を拡大することで抵抗感を軽減しながら浸透を図る方法が有効です。また、従来の仕組みでは報われにくかった高い組織貢献を評価できる点を丁寧に説明することも重要です。さらに、簡易的なサーベイを通じて社員のニーズをデータとして示すことも理解促進に役立ちます。

      (2)部門の運用をいかにサポートするか

      評価ランクに応じた目安(例:評価XならX%程度)をガイドラインとして提示し、一定の基準を設けます。そのうえで、目安を超える昇給・賞与を設定する場合は、上位組織や人事の承認を必須とすることで、柔軟性と統制の両立を図ります。

      (3)HRBPの強化と有効活用

      上記(2)に関連して部門の報酬運用をサポートするには、HRBPの強化、有効活用が欠かせません。所轄の組織長への報酬に関する認識を深め、適切に配分するための考え方・行動の仕方をサポートすることでその実効性は高まります。

      4.今、報酬制度に求められる「本音の議論」

      報酬制度を含む人事制度は、一見すると法律のように無機質な印象を与えますが、その背後には企業と社員のさまざまな思惑が存在します。人材の流動性が高まるなかで、自社に人材をつなぎとめるためには、表面的なチームワークや一体感に頼るのではなく、制度設計や運用において本音に踏み込んだ議論が一層重要になります。

      その具体的な結論の1つとして、“形式的な平等”がかえって離職を招き、組織力を低下させる状況を回避する制度運用が求められています。

      こうした大きな変革を進める際には、自社の慣習や先入観にとらわれない外部専門家の客観的な意見が有効に機能すると考えられます。

      5.さいごに

      これまで日本では「公平性」を重視した人事運用が一般的でした。しかし、転職市場の活性化等、価値観が大きく変化するなかで優秀な人材を確保し、長期的に活躍してもらうためには、公平性よりも企業が重視する人材へ、限られた経営資源を集中的に投資する発想が求められています。

      本稿では、社員の理解を得ながら柔軟な報酬制度を導入するアプローチを紹介しました。今回紹介した内容以外にも、KPMGにはさまざまな企業の報酬制度設計を支援してきた事例と知見を有しています。ぜひお気軽にご相談ください。

      執筆者

      KPMGコンサルティング
      シニアコンサルタント 中島 寛享

      経営戦略と人材戦略の連動が求められる背景とともに、連動を実現し、人的資本情報の効果的な開示へとつなげるためのアプローチについて解説します。

      経営戦略の実現に向けて、人事制度の等級・報酬・評価の設計から運用までを一貫して支援し、最適な制度運用を可能にします。

      KPMGは、国内外の多様な実績に基づき、人材の潜在能力を最大限に引き出すような、ガバナンス体系や組織機能の変革を支援します。

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      KPMGコンサルティング

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