欧州の産業データスペースは企業・組織間のデータ流通を通じて国境や分野の壁を越えた新しい経済空間形成の概念です。近年では欧州域外で国境を越えた多国間データ連携を実現する実証実験も展開しています。
自動車業界のデータスペースであるCatena-Xは米国や中国の業界団体と提携し、当該国の企業に対して、主要アプリケーションであるデジタルプロダクトパスポートやライフサイクルマネージメントの利用を促進しています。また、最近では企業内での生成AI利活用も進んでいることもあり、生成AIにデータスペースを通じたデータ活用への関心も高まっています。
本稿では、「データスペース×生成AI」の議論も含め、両技術が実現する企業間データ連携について紹介します。
1.欧州の産業データスペースの動向
欧州のIDSA(International Data Spaces Association)が推進しているデータスペースは、国境や分野の壁を越えて形成される新しい経済活動・社会活動の基盤であり、近年はCatena-XやChem-Xなどを含めたManufacturing-Xを推進しています。
第2回で取り上げたCatena-Xはドイツの自動車関連企業数社が中心となり立ち上げた、グローバルなデジタルエコシステムの構築を目指すコンソーシアムであり、自動車業界を中心に、安全かつ標準化された企業間データ連携を可能にする基盤(データスペース)を提供しています。データスペースの特徴として、従来の集権管理型でデータを保管するのではなく、各ユーザーがデータオーナーとなり分散型でデータを保持する仕組みであること、データの相互運用を実現し、データオーナーのデータ主権を確保するといった点があり、Catena-Xもそれらを実現しています。
さらに、化学業界のデータ連携を推進するChem-Xは、サプライチェーンの相互運用性、サステナビリティ、レジリエンスを目的に、主にデジタルマテリアルパスポート対応を推進しており、化学製品に含まれる化学成分について標準化されたデータガイドラインを作成しています。
第4回でとりあげたManufacturing-Xにおいても、製造業全体で安全かつ相互運用可能なデータ連携を実現するための国際的なデータスペース構想で、データスペースの考え方を製造現場に適応すべく、MX-Portというデータ交換フレームワークのアーキテクチャ設計を既存の技術標準(OPC-UA/AAS/ISA95)に準拠しつつ推進しています(図表1)。
【図表1:MX-Port Concept】
2.国内の産業データスペースの動向
日本国内でもデータスペース構築に向けた取組みが加速しています。その特徴として、サプライチェーンにおけるデータ連携等の産業データスペースと、地域の活性化に貢献する地方創生データスペースの2つの類型を念頭に置いている点です。2023年4月には経済産業省が「ウラノス・エコシステム」を開始し、企業・業界を横断したデータ連携を通じて「信頼性ある自由なデータ流通(Data Free Flow with Trust)」の実現を目指しています。
2025年度からはデータベース基盤整備・普及事業や、国内産業界でニーズの高い蓄電池および化学物質情報分野でのデータ連携システムの開発・実証を始めています。さらに、2025年10月にはIPAは新たなデータスペースの技術的コンセプト「Open Data Spaces」を発表しました。そして、一般社団法人データ社会推進協議会(DSA)、デジタル政策フォーラム(DPFJ)、一般社団法人デジタルトラスト協議会(JDTF)およびロボット革命・産業IoTイニシアティブ協議会(RRI)の4団体が連携したJapan Data Space Alliance (JDSA)により、協業活動も始まりました。JDSAは米国電気電子学会(IEEE)、IOFDS(International Open Forum on Data Society)などの国際連携を進め、ODS-RAMを参照とした国際展開を進めていく狙いがあります。
さらに、国内ではデータスペースと生成AIを組み合わせ、データ利活用の高度化を目指す取組みも始まっています。ソフトバンクと東京大学は2025年度中に「一般社団法人xIPFコンソーシアム(仮称)」を設立することを発表しました。本コンソーシアムは、企業や組織ごとに分散しているデータを共通の基盤で連携させて、さまざまな分野のデジタル化を実現する超分散コンピューティング基盤の推進を目的としています。超分散コンピューティング基盤により、企業ごとに分散されたさまざまなデータを共通基盤で連携させることで、利活用できるようになります。また分散した計算資源やネットワーク資源を統合的に扱うことで、ユーザー企業の近くでデータを処理するエッジ処理など、最適な場所で効率的なデータ処理を実現します。さらに加速度的に増加するデータトラフィックを分散処理することで、消費電力を抑え、カーボンニュートラルの達成にも貢献することが期待できます。このようなデータスペースの社会実装は幅広い分野でデータ連携が進み、新たな付加価値創出や業務高度化などが期待されます(図表2)。
【図表2:国内における産業データスペースの社会実装の構想】
出典:「超デジタル社会の実現に向けて、次世代デジタルインフラに関する研究開発を開始」(ソフトバンク株式会社)を基にKPMG作成
3.産業データスペース×生成AIがもたらす企業間データ連携
データスペース×生成AIを安全かつ効果的に活用するためのアーキテクチャとして、DS‑RAG(Data Space‑enabled RAG)が注目されています。DS‑RAG とは、単一データベースではなく、複数のデータ提供者がデータ主権を維持しながら安全にデータを共有できるデータスペースの仕組みを取り込んだ検索拡張生成を実現するアーキテクチャです。従来のRAGは単一のナレッジベースを検索しLLMで生成する方式ですが、自社データが少ない場合、検索精度低下や専門領域での幻覚(ハルシネーション)発生が課題でした。
DS-RAGは、複数のデータ提供者がデータ主権を維持しながら分散型データスペースを通じて連携することで、データ量と多様性を確保し、精度と信頼性を向上させます。中央集約を避け、ポリシーに基づく安全な共有が可能で、2024年にドイツのフラウンホーファー研究所が発表した「On Data Spaces for Retrieval Augmented Generation」の論文によると、以下の3つの統合的な設計コンセプトがあると示されています。
【図表3:産業データスペース×生成AIにより実現可能なアーキテクチャ(DS-RAG)】
出典:「On Data Spaces for Retrieval Augmented Generation」(フラウンホーファー研究所)を基にKPMG作成
【統合コンセプト1:データ利用者によるRAGの実現】
データ利用者が複数の提供者からデータを取得し、集中型インデックスを構築してRAGを実行します。データ利用者はデータスペースのブローカ機能でデータ提供者を特定し、ポリシーに基づいた交渉を行います。特徴は、既存のRAGシステムに近く、追加機能不要なため実装が容易な点です。一方、データ提供者のデータを利用者側で長期保持する必要があり、集中型管理はデータスペースの理念に反し、データ提供者の参加意欲を損なう可能性があります。
【統合コンセプト2:データ提供者によるインデックスデータベースの維持】
各データ提供者が自社データをローカルでインデックス化し、データ利用者は埋め込みクエリを送信します。データ提供者は類似検索を実行し、その結果をデータ利用者に返却します。特徴は、集中型管理を避けつつデータ主権を維持できる点であり、取得データはLLMによる生成後に削除可能です。一方で、課題としてクエリ秘匿性の確保や、提供者データが利用者に渡る際の機密性リスクが挙げられます。匿名化を行っても、サプライチェーンなど高機密領域では利用が制限される場合があります。
【統合コンセプト3:データ提供者によるLLM出力の提供】
データ提供者が検索・拡張・生成を実施し、最終回答のみデータ利用者に返却します。特徴はデータ主権を完全に維持し、高い機密性を確保できるため規制産業や高セキュリティ領域に適している点です。一方で、実装難易度が高く、セキュリティ設計が複雑になること、複数のフェデレータで運用不可が増す場合があります。これら3つのアプローチは、データスペース×生成AIを実現するためのアーキテクチャとして有力な選択肢になります。今後の実用化に向けてはDS-RAGを導入する際のポリシー設計、技術検証、クエリ処理時間等の評価が重要なテーマになることが想定されます。
4.まとめ
欧米アジアでデータスペースの連携が始まっており、産官学で企業間データ連携・活用への関心が高まっています。企業がトレーサビリティやライフサイクルマネージメントなどを実践して持続的な競争力を確保するためには、従来の自社データに閉じたデータ利活用では限界があり、国内外の取引先企業との安全なデータ連携が不可欠となります。
今後は、企業内や業界内の単一データスペースにとどまらず、異なるデータスペース間での相互接続することで、自社データの価値を高め、活用の幅を大きく広げることができます。さらに、データスペース×生成AIの取組みにより、AIを用いた高度な分析や予測、自動化を通じて新たな付加価値の創出や既存業務の高度化が進み、国際標準に対応しながら持続的な競争力強化につながると考えられます。
参考資料
- 「データスペース入門」(独立行政法人情報処理推進機構(IPA))
- 「プレス発表 データスペースの技術コンセプト「Open Data Spaces」の共同推進を合意」(独立行政法人情報処理推進機構(IPA))
- 「プレス発表 国際的な相互運用性確保に向け、データスペースのアーキテクチャ設計統括とアドバイザリ活動を開始しました」(独立行政法人情報処理推進機構(IPA))
- 「AIによるデータの利活用を実現する高度なデータ連携基盤の社会実装を目指す「一般社団法人xIPFコンソーシアム(仮称)」の設立に向けて始動」(ソフトバンク株式会社)
- 「超デジタル社会の実現に向けて、次世代デジタルインフラに関する研究開発を開始」(ソフトバンク株式会社)
- 「On Data Spaces for Retrieval Augmented Generation」(フラウンホーファー研究所)
執筆者
KPMGコンサルティング
シニアマネジャー 藤村 成弘
シニアコンサルタント 太田 翔