本稿は、きんざいOnline 「加速する企業の海外事業撤退と期待される取引金融機関の役割」(2026年2月27日公開)に掲載された記事を許諾を得て転載しています。他への転載・転用はご遠慮ください。
徹底に踏み出せない中堅・中小企業
「事業再構築」の多くは不採算事業の縮小、撤退であり、選択肢としては拠点統廃合や事業売却、事業停止・会社清算などが挙げられる。筆者はこうした企業活動において、M&Aアドバイザーや弁護士、税理士といった専門家の取りまとめや調整、各領域の隙間を埋める実務アドバイスを「撤退支援」として行っている。
コロナ禍の収束以降、海外事業撤退の相談が顕著に増えている。しかし、大企業において不採算事業からの撤退を積極的に行う動きが明確化しているのに対し、多くの中堅・中小企業が不採算事業を抱え込んだまま放置しているように感じる。
このままでは日本経済の強みの一つである中堅・中小企業という存在が大きく毀損しかねない。そこで本稿では、業績不振にある中堅・中小企業の海外事業を放置することに警鐘を鳴らし、その解決策として地域金融機関が積極的な役割を担うことを提起したい。
中堅・中小企業が置かれている苦境
日本貿易振興機構(ジェトロ)の海外進出日系企業実態調査(全世界編・2025年度11月)によると、今後1~2年で現地事業を「拡大」すると回答した企業は46.2%と改善傾向にあるが、コロナ禍以前の水準(50%超)には回復していない。一方、「縮小」や「第三国(地域)へ移転、撤退」すると回答した企業は合計で6.3%程度にとどまるものの、この数字はコロナ禍の一時期(20年度)を除けば2~5%程度であり、足元ではこの水準を上回って増加傾向にある。
特に多くの日本企業が進出する中国においては、「拡大」が比較可能な07年以降のデータの中で過去最低値を更新(21.3%)しており、「縮小」「移転、撤退」の合計も14.4%に達する。海外で活発に事業展開する自動車関連企業の海外業績のスローダウン・悪化も示唆される。
インド等のグローバルサウスへの投資拡大に打ち消され、調査結果全体では見えにくくなっているが、多くの企業の相談に預かっている筆者の肌感覚では、日本企業の海外事業の大きな部分を占める「中国」「自動車関連企業」の事業再構築の勢いはかなり強い。これまで日本企業が強かったタイやインドネシアなど東南アジア諸国でも、中国企業による「デフレ輸出」の影響等で業績が悪化し、事業縮小・撤退を検討する日本企業が増えてきている。
対象の海外子会社が長期間、赤字を垂れ流していたり債務超過に陥っていたりするのは、大企業も中堅・中小企業も同じだ。しかし、海外事業が赤字の中小企業の割合は大企業の約1.5倍(21.3%)とのデータがある(ジェトロ)。親会社の規模や財務体力を考慮すると、中堅・中小企業の方が甚大な損失を抱えながら撤退に踏み切れずにいるケースが多いのではないか。
例えば、不採算事業からの撤退に際しては、投資額を超える損失が生じることも少なくない。中堅・中小企業においては、当初出資に加えて赤字補填のために貸付等で海外子会社にキャッシュを注入し続けた結果、その総額が親会社の純資産規模と同程度にまで達していることをよく見掛ける。
また、資金融通している親子間で貸借が合わないことも多く、なかには子会社決算にあるはずの親会社に対する債務が計上されていないこともあった。このように中堅・中小企業の場合、管理体制が十分とは言い難く、業績不振や財務悪化の実態が把握しづらいケースが少なくない。今後は、自動車部品メーカーなどで、取引先である大企業が先に撤退してしまい、取引先と共に海外進出した中堅・中小企業が取り残されるケースも増えよう。
企業の撤退支援における地方銀行等の現状と課題
不採算の海外事業を抱える企業に必要な支援を提供する専門家として期待されるのが、地方銀行などの地域金融機関だ。地域金融機関は、海外子会社を持つ地元企業と融資等の取引関係があることが多い。なかには、海外進出コンサルティングや進出先での資金調達支援を行っているケースもあるだろう。
地域金融機関にとって、取引先の海外子会社が赤字や債務超過に陥っている場合、その影響を注視せざるを得ない。与信管理や債権保全の観点でも、取引先の事業や財務内容の悪化防止に向けて積極的な関与が求められる。このように地域金融機関は、取引先の海外事業の事業再構築において重要な役割を果たし得る。
しかし、撤退支援を手広く実施している地域金融機関は、限定的と感じる。全国地方銀行協会の会員行のホームページを確認したところ、ほぼすべての地銀が「海外進出支援」を打ち出しているが、撤退支援を明示している地銀は、M&A分野などに限られている。「海外ビジネス支援」の中には撤退支援を含むケースも相応にあると思われるが、撤退支援に積極的に取り組んでいる印象は薄い。
地域金融機関の取り組みが活発に行われない理由として、企業側が地域金融機関への積極的な情報開示や相談を避ける傾向が挙げられる。にぎやかに海外進出して業容の拡大を誇ったにもかかわらず、その後事業撤退することになれば「事業撤退=失敗」と解されて経営者として失格の烙印を押されかねない。
そのため、できるだけ金融機関の目に触れないようにしているのかもしれない。また、子会社の業績不振や親会社への悪影響が注目されれば、金融機関の与信方針にマイナスの影響を与え、取引条件が悪化することも懸念される。
一方、地域金融機関にとっても、ノウハウや業務に適した人材の不足により消極的な姿勢を示している可能性がある。また、こうした企業は海外展開する「優良な取引先」のため、課題の指摘や踏み込んだ助言も慎重にならざるを得ない面もあるかもしれない。
地域金融機関における二つの支援ケース
以下の二つの支援ケースで、金融機関が海外事業撤退において果たし得る役割を整理したい。なお、ここでは便宜上、対象海外子会社の事業撤退が不可避の状況にあることを前提に説明を進める。本来、経営者との討議を通じて当該会社の再生可能性をまず検討する必要があることに留意しておく。
① 親会社に撤退損失に堪え得る財務体力がある場合(コンサルティング業務)
親会社に撤退損失に堪え得る財務体力がある場合、ビジネスベース(有償)での取り組みが考えられる。コンサルティングビジネスの一環として、弁護士や税理士など外部専門家と連携し、事業撤退のアドバイスを行う。
必要なノウハウ・リソースを備えるには時間が必要であり、支援の実行は海外撤退支援を手掛けるコンサルティング会社等を紹介することが差し当たっての現実的な対応と思われる(注)。特に、経営者の事業撤退に係る決断の背中を押す役割を金融機関には期待したい。
海外事業撤退は、生産拠点の移転や不採算な製品や顧客の見直しといった経営課題の解決策として行われることが多い。撤退だけでなく、別の国への進出や新製品開発・新規顧客開発といった課題を同時に視野に入れることで、コンサルティング業務やビジネスマッチング業務において、より大きな商機を見いだすことができるだろう。
また、海外事業撤退に際して対象会社の債務支払いや撤退費用負担のために親会社に資金需要が生じることも多い。そのため、融資や外国送金といった伝統的な金融取引の提供も考えられる。
ここで、①に絡めて事例を一つ紹介したい。製造業A社は、有力取引先B社の中国進出に合わせて中国に子会社を設立した。その後、B社と地元競合企業との価格競争が厳しくなり、B社が中国拠点を閉鎖しベトナムへの移転を決めた。その結果、A社の中国子会社は売上げの8割相当を失う見込みとなった。
A社は中国事業の業績改善は困難と考えながらも、撤退損失が本体利益の数倍に相当することから、撤退を逡巡していた。主力銀行のC銀行は、A社社長に対して中国撤退を進言し、中国撤退のコンサルティング会社の紹介と撤退の資金面での支援により、A社の撤退の決断を後押しした。
A社は、B社からベトナム工場設立の打診を受けていたことから、ベトナム事業の事業計画の検討を開始。B社からの受注だけではベトナム事業における採算確保が難しかったため、C銀行は、最近ベトナム進出を断念したD社からの生産受託を念頭にD社を紹介した。
さらにC銀行のアドバイスによって、A社は、中国に残っていた供給契約分をベトナムからの輸出に切り替えるメドも立ち、中国からベトナムへの工場移転を決定。その後もC銀行が中国工場閉鎖とベトナム工場新設を手続き面・資金面で支援したことで、A社は、ベトナム事業を軌道に乗せることができた。
②親会社に撤退損失に堪え得る財務体力がない場合(事業再生支援業務)
親会社が撤退損失に堪え得る財務体力がないとすれば、親会社が自律的に事業継続し難い状況にあり、事業再生が必要な局面といえる。撤退すればそれをトリガーに親会社の債務者区分が下方遷移する可能性も高いが、不採算海外子会社を放置して問題を先送りするのではなく、海外子会社の事業撤退と親会社の再生を一体で考えるべきである。
経営者は、親会社本体の事業継続を懸念し、海外子会社撤退の意思決定をしにくくなっている。こうした状況下で経営者の決断を促すには、主力金融機関が資金面での事後支援も含めた再生支援姿勢を明確に示すことが有効だ。
中堅・中小企業の海外子会社は、親子ローンや親会社保証付き現地借入れで資金調達していることが相当数だと思われる。そのため、海外現地での破産手続きで子会社債務を切り離して整理することは考えられず、親会社本体の借り入れと一体で再生支援を行う必要がある。事業再生ADRなどの準則型私的整理手続きでも、そのような対応を行う事案が見受けられる。
以上、二つの支援ケースを見ると、いずれのサービスも金融機関の中核業務であるリレーションシップバンキングに当たる。このことは、金融機関が事業撤退支援に取り組む意義を見いだせるはずだ。
押さえておくべき海外事業撤退の要点
最後に海外事業撤退の初期的段階で理解しておくべき要点について述べる(図表1、2)。撤退判断の重要な材料であると同時に、撤退計画の策定・具体化に不可欠な情報である。
①顧客対応――いつまで製品・サービスを供給する責任があるか
不採算だからといってすぐに事業撤退できるわけではない。顧客への製品・サービスの供給責任が残る場合には、事業を継続する必要がある。特に製造業では事業停止までに1年以上を要することも多く、その間は赤字が累積することになる。契約の途中解約や継続期間中の値上げ等対応を早い段階で顧客と協議し、事業停止可能な時期を見定める必要がある。
②労務問題・税務問題――撤退の障害となる潜在的トラブルがないか
中堅・中小企業の場合、管理面に不備が多いため、事業撤退時に労務面や税務面の問題が噴出して撤退の障害となることが少なくない。特に中国や東南アジア等の新興国で顕著である。具体的には残業時間や社会保険等に係る法令違反や懲戒・解雇を巡る従業員との係争、税金の追徴などである。撤退検討の初期段階でこうした問題の可能性を洗い出し、対策を立てる。外国語で難解な内容を理解し判断しなければならず、そのため現地だけでなく日本にも当該専門分野に精通した弁護士・税理士がいることが望ましい。
③撤退コスト――親会社の損失や撤退に必要な資金はどの程度か
事業停止までの累積赤字やトラブル対応のための支出に加え資産処分や債務支払いをも考慮し、撤退完了までにどれくらいの支出が生じるかを可能な限り早い段階で見積もる。親会社への財務面の影響は撤退判断の重要な材料である。資金が不足する場合には親会社から増資や貸付で資金を追加注入する必要があり、損益だけでなくキャッシュフローを把握することも不可欠である。
海外事業撤退のために必要なアドバイスは、海外現地の法制度だけではない。企業の意思決定を後押しすべく、何より対象事業の内容に精通して取引先企業の意思決定の仕組みを理解していることが求められる。そのためにも、金融・財務の知識を持ち、取引先企業のことを知悉している金融機関担当者が適任と考える。
「事業撤退」という言葉から後ろ向きの印象を受けるかもしれない。しかし、不採算事業から撤退することで、会社全体の業績を改善させられるケースも少なくない。ベトナムやインドといった新たな成長市場への進出が勢いを増すなか、不採算の既存事業が成長投資の足かせになっていないか。利益を生まない投資分野から資金を回収し、別の収益分野に再投資することもできるし、有為な人材を不採算事業から他の採算事業に再配置することもできる。
このように企業が不採算事業からの撤退に取り組むことは、撤退後の事業展開とセットで考えられるべきだ。すでに数多くの企業が海外進出を果たしている。
そうした中で「事業撤退=失敗」という古い考え方から抜け出し、不採算事業からの撤退と成長領域への再投資という両輪の取り組みによって、本当に強い海外事業を育てることが求められよう。今後、地域金融機関が地元企業に対して海外事業撤退においても、コンサルティング機能をしっかりと発揮していくことを期待したい。
(注)足元では、事業撤退に関する相談が多い中国では、こうした対応が広く行われている模様。