全固体電池は研究開発フェーズから量産化フェーズへと移行しつつあります。 このフェーズ移行は従来のリチウムイオン電池(以下、LIB)産業の競争軸を抜本的に変革し、製造プロセスを中心とした新たな競争に転じていくと考えられます。本稿では、全固体電池の量産化が促す電池産業の競争軸の変化や日本企業が取るべき戦略アジェンダを解説します。
1.電池開発の競争軸は「材料」から「プロセス」へ
全固体電池の量産化が現実味を帯びるなかで、問われているのは「どの企業が製造技術の主導権を握るか」という点です。全固体電池は従来LIBとは異なり、下記のような新たな工程要件を伴います。
- 正負極と固体電解質の接合、緻密化といった界面形成の高度化
- 特に硫化物系におけるきわめてシビアな水分管理
これにより精密加工・粉体制御・計測技術などの製造技術の総合力が競争の勝敗を分けることとなり、結果としてバリューチェーンの中核的役割が、電池メーカーから製造技術を握る企業へ変わる可能性があります。
【全固体電池の製造プロセスの特徴(従来LIBとの違い)】
| ポイント(1)従来LIBにおける注液工程が、全固体電池では正負極と固体電解質の接合(貼り合わせ)工程に集約。 ポイント(2)全固体電池ではより低露点かつ広範囲の工程において水分管理が必要。製造時の間接コストを低減するためのプロセス技術が重要。 |
2.グローバル標準をめぐる競争
- 薄膜コーティング
- 粉体制御・微細加工
- 精密計測・検査
- 上記のような高精度プロセスの装置への統合
これらは全固体電池の量産要件と高い親和性を持ちます。LIB黎明期において、日本の材料・装置産業がグローバル標準の形成を主導してきた歴史を踏まえると、全固体電池の製造プロセスにおいても日本企業が主導権を握る可能性は十分にあります。競争が激化するいま、日本企業にはこの取組みの最前線に立つための、業界連携の強化と技術成熟の加速が求められています。
3.日本企業が取るべき戦略アジェンダ:材料・装置・工法の三位一体で成す産業の再設計
全固体電池の量産化は単なる技術的取組みに留まらず、国家・産業政策上のテーマの1つです。欧州は環境規制を通じて標準化を主導し、中国は巨大市場を背景に事実上の標準規格を形成しつつあります。対して日本は高い技術的ポテンシャルを有するも、業界を横断した連携と標準化の動きが不足しているという構造的課題を抱えています。今後、日本が取り組むべきポイントは下記のとおりです。
- 工程仕様の規格標準化
- プロセスIPの戦略的な蓄積
- 設備投資・ライン構築を加速する助成制度の設計
- 技術成熟度を向上させるための実証プラットフォームの構築
【コンソーシアム形成の取組み例】
これらを推進するために、政府を巻き込んだ“プロセス開発コンソーシアム”を形成することは有力な選択肢となります。全固体電池は単なる次世代のパワートレインではなく、高度な製造要件と新たな技術の導入を通じて、電池産業の競争軸を再定義し得る存在です。量産化前夜という最も大きな価値創出が可能なこのタイミングで、製造プロセスを中心とした新たな競争に意図を持って踏み込んだ企業こそが、未来の電池産業における勝者となり得るのではないでしょうか。
執筆者
KPMGコンサルティング
マネジャー 大工原 秀吾