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      本稿は、KPMGコンサルティングの「Automotive Intelligence」チームによるリレー連載です。本稿では、欧州の環境政策転換とマルチパスウェイ戦略の全貌を、市場動向から読み解きます。

      自動車の未来を左右する、欧州環境政策の行く先

      欧州市場の2025年の自動車販売動向は、表面上は「BEVの持ち直し」と「HEVの定着」という穏やかな言葉でまとめられます。しかし、その裏側にある意味合いは決して軽くありません。

      BEVは前年の落ち込みから反転し、販売台数・シェアともに回復基調にあり、最終的には約180万台規模に達する見込みです。一方、HEVは着実にシェアを伸ばし続けており、ICEを含むパワートレインが依然として市場の中心にあるという事実を、数字が改めて突きつけています。

      ICE単体のシェアこそ4割を割り込みましたが、「ICEを搭載している車両」という括りで見ると、市場全体の8割を超える状況に変わりはありません。この構造は、欧州が実際には「脱内燃機関」そのものへ向かうのではなく、「内燃機関の役割をどう再定義するか」という段階に入っていることを端的に示しています。

      【図表1:欧州市場概況】
      Japanese alt text: マルチパスウェイが最適解に_図表1 出所:ページ末尾の公表資料を基にKPMG作成

      この市場構造の変化は、欧州自動車産業が抱える“三重苦”と切り離せません。

      第1に、BEV普及の停滞です。補助金縮小、充電インフラの遅れ、車両価格の高止まりが重なり、BEVのシェアは2割に届かない水準で伸び悩みました。このままでは、2030年・2035年を見据えた従来の政策目標が現実味を失いつつあることは明白です。

      第2に、中国製BEVの急拡大です。圧倒的な価格競争力を背景にA・Bセグメントを席巻し、欧州の量販メーカーの基盤を直接脅かしています。欧州 OEM が、かつて“お家芸”としてきた量販領域で競争力を失いかねない構図が浮き彫りになりました。

      第3に、産業全体の競争力低下です。エネルギーコストの高騰に加え、環境規制の負荷が積み上がり、欧州の製造業は広く体力を削られています。工場閉鎖やレイオフが現実味を帯びるなか、自動車産業は雇用と産業政策双方の観点から、強い政治的圧力の下に置かれる存在となりました。

      【図表2】
      Japanese alt text: マルチパスウェイが最適解に_図表2 出所:ページ末尾の公表資料を基にKPMG作成

      こうした状況を受け、欧州委員会の政策スタンスは明らかに変わり始めています。競争力を政策の中心に置く議論が主流となり、自動車産業との連携を強める必要性が共有されるようになりました。その流れのなかで、BEVを唯一の解ではなく、低炭素燃料の普及によって補完するという発想が前面に出てきています。

      輸出競争力の低下、中国依存の強まり、域内生産コストの高さ——これらの厳しい現実を並べてみれば、従来の「技術中立」を掲げつつ実質的にはBEVシフトを促してきた枠組みを維持することが、すでに困難であることは自明です。

      加えて、BEVは製造段階でのCO₂排出、残存価値の不安定さ、保険料の上昇など、消費者にとっても必ずしも合理的な選択とは言い切れない側面を抱えています。これらの課題が、政策文書のなかでついに正面から指摘され始めた点は、極めて象徴的だといえるでしょう。

      【図表3】
      Japanese alt text: マルチパスウェイが最適解に_図表3 出所:ページ末尾の公表資料を基にKPMG作成

      その帰結として、2025年12月に公表された「自動車パッケージ」は、現実主義と保護主義の色合いを強く帯びた内容となりました。2035年目標は形式上維持されたものの、実際にはCO₂削減率の緩和やクレジット制度の導入によって、大幅に柔軟化されています。併せて、規制の簡素化や小型BEVカテゴリーの新設が進み、域内電池サプライチェーンには巨額の支援策が提示されました。

      さらに、企業フリートを軸とした需要創出策が盛り込まれ、「Made in EU」製品に安定した需要を確保する構図が描かれています。

      重要なのは、こうした施策が単発の救済ではなく、欧州の産業構造を守るための制度パッケージとして体系的に組み合わされているという点です。欧州がいま直面する現実に、政策の方がようやく追いつき始めた、と言ってよいでしょう。

      【図表4:4つの柱で構成される現実的かつ保護主義的な「自動車パッケージ」】
      Japanese alt text: マルチパスウェイが最適解に_図表4 出所:ページ末尾の公表資料を基にKPMG作成

      最終的に浮かび上がるのは、「2035年の内燃機関販売禁止」が事実上撤回され、マルチパスウェイ戦略が公然と認められたという現実です。

      BEVやPHEVに加え、進化したICEによるCO₂削減、再生可能エネルギー由来燃料による追加削減、さらには低炭素鋼材の活用まで視野に入れた“全体最適”の発想が、制度の中核に据えられるようになりました。

      これは、自動車OEMに対し、高価な域内グリーンスチールの利用を促す代わりに、内燃機関の継続を認めるという、いわば産業内のバーター取引としての側面を持ちます。技術選択の自由度を確保しつつ、欧州産業を支えるサプライチェーンに対して実質的な保護策を講じる——政策全体がその方向に組み替えられたことが、今回の最大の示唆といえるでしょう。

      【図表5:2035年CO2削減目標の変化】
      Japanese alt text: マルチパスウェイが最適解に_図表5 出所:ページ末尾の公表資料を基にKPMG作成

      以上を踏まえると、欧州の環境法規は「後退」しているのではありません。現実に合わせて書き換えられ続けている、という点こそが本質です。

      理念としてのカーボンニュートラルは維持されつつも、その達成までの道筋はもはや単線ではなくなりました。市場の動き、産業の体力、そして地政学的な制約に押し戻されながら、法規はこれからも改訂を重ねていくでしょう。

      欧州の環境政策を読むとは、固定されたゴールを確認することではありません。変化し続けるルールそのものを読み解くことに他ならないのではないでしょうか。

      次回は今回のルール改訂の詳細を解説します。

      執筆者

      KPMGコンサルティング
      プリンシパル 轟木 光

      轟木 光

      プリンシパル

      KPMGコンサルティング

      「バイオ燃料で読み解くモビリティCN化」最終回。自動車のカーボンニュートラル化に向けた、日本におけるバイオ燃料普及の可能性を考察します。

      「バイオ燃料で読み解くモビリティCN化」第3回。バイオメタン活用による循環型エネルギー戦略について、インドの取組みを例に解説します。

      CASE、脱炭素化、法規制対応など、自動車業界のあらゆる変革を支援します。

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