人的資本の情報開示が義務化され、企業には情報開示の高度化が求められる時代を迎えています。日本においても情報開示は急速に進展していますが、現状ではチェックリスト的な開示が目立ち、戦略的な視点が十分に反映されているとは言い難い状況です。なかでも、事業戦略と人事戦略の連動は、人的資本を企業価値の創造に結びつけるうえで不可欠な要素です。経営戦略と人事戦略の整合性を高めるとともに、人事施策の背景や意図を物語る“ストーリー”として開示することが、人的資本経営の高度化に向けた重要なステップとなるでしょう。
多くの企業が経営戦略と人材戦略の連動の重要性を認識している一方で、「連動」の定義が曖昧であり、体系的な仕組みが整備されていないまま、個別最適な人事施策が進められているのが現状です。
本稿では、経営戦略と人材戦略の連動を実現し、人的資本情報の効果的な開示へとつなげるための具体的なアプローチについて紹介します。
1.経営戦略と人材戦略の連動が求められる背景
2023年3月期より、日本においても有価証券報告書における人的資本情報の開示が義務化されました。企業には人事施策や関連指標と経営戦略との間に明確なストーリー性や一貫性を持たせることが求められ、人的資本の開示内容の高度化が進んでいます。
また、経済産業省による「人材版伊藤レポート2.0」では、「経営環境が急速に変化する中で、持続的に企業価値を向上させるためには、経営戦略と表裏一体で、その実現を支える人材戦略を策定し、実行することが不可欠である」と明示されており、人的資本の戦略的活用が企業経営において重要な位置付けとなっているのです。
さらに、2025年8月25日に発行された国際規格「ISO 30414 : 2025」では、人的資本の測定項目の分類が従来の「ガイドライン」から「要求事項・推奨事項」へと変更されました。人的資源マネジメントに関する情報開示が、国際的にもより強く求められる時代に突入したことを示しています。今後、企業は人的資本の開示を単なる情報提供にとどめるのではなく、経営戦略と連動した価値創造の手段として位置付け、積極的に取り組むことが期待されています。
2.経営戦略と人材戦略の連動における実態
KPMGが過去に実施した、時価総額上位100社の日本企業を対象とした統合報告書の調査によると、経営戦略と人材戦略の連動について記載している企業は26社、全体の約25%にとどまることが明らかになりました。さらに、開示している企業のなかにも、経営戦略と人材戦略の関連性が不十分であるケースが見受けられました。人的資本に関する記述は存在するものの、価値創造ストーリーや経営戦略とのつながりについての説明が十分ではなく、両者の相関性や一貫性に課題を抱えている企業が少なくありません。
このように、人的資本の開示が進む一方で、経営戦略と連動した人材戦略の構築とそのストーリー性の明確化は、依然として多くの企業にとって重要な課題となっています。
では、なぜ日本企業では事業戦略と人事戦略の連動が十分に進まなかったのでしょうか。背景の1つには、これまでの日本企業において事業構造の抜本的な転換が求められる機会が少なかったことが挙げられます。その結果、新規事業の創出や変革を担う人材戦略の必要性が認識されにくく、実践的な知識や経験も蓄積されていませんでした。
また、事業戦略と人事戦略の連携の必要性自体は理解されていたものの、企業課題として優先度が軽視されたことから、経営企画部門との連携が十分に図られてこなかったことも一因と考えられます。結果として、戦略の転換や実行に向けた取り組みには、依然として多くの障壁が存在しているのが現状です。
今後は、事業環境の流動化に伴い、企業にはより柔軟で動的な人材ポートフォリオ・マネジメントが求められます。人的資本を経営の中核に据え、戦略的に活用することで、持続的な企業価値の向上を実現することが求められています。
3.経営戦略と人材戦略の連動を実現するKPMGの実践的アプローチ
【図表1:アプローチの全体像:経営戦略と人事戦略の連動】
当アプローチで重要となることは、ステップ1-(4)の「重点事業における機能戦略コンセプト設定」です。重点事業において特に強化すべき機能を確認したうえで、重点機能の強化に向けたコンセプトを言語化します(図表2)。
【図表2:重点事業における機能戦略コンセプト設定】
また、人的資本ストーリーの可視化に関しては、これまで統一された手法が存在せず、各企業が独自の方法で情報開示を進めてきました。その結果、開示内容の粒度や構成、表現方法にばらつきが見られ、ステークホルダーにとっての理解や比較の難しさが課題となっていました。
KPMGでは、人的資本ストーリーの可視化について、図表3に示すアプローチを提供しています。
- ステップ1:現状の人事施策・指標の関係性を基本モデルにマッピングし、ストーリーの整合性や課題を整理する
- ステップ2:人的資本ストーリーの仮説を構築し、ストーリーを強化するための新たな人事施策やKPIを再設定する
- ステップ3:統計分析によりストーリーを強化し、モニタリング体制や開示方法の検討を行う
【図表3:アプローチの全体像:人的資本ストーリー可視化】
ステップ1では、現状の人事指標・施策をKPMGが作成した基本モデルにマッピングすることでストーリーの整合性や課題を確認します(図表4)。人的資本ストーリーを策定するなかでよくある課題としては、「設定している開示テーマに偏りや漏れがある」「アウトプットを測るKPIが抜けている」「設定したKPIがアウトプット/アウトカムにつながっていない」等が挙げられます。
人事施策・指標を基本モデルに当てはめることで、ストーリーのなかでテーマが飛躍していないか、KPIの設定に違和感がないかを検証することが可能となり、より整合性の高い人的資本ストーリーへとつながります。
【図表4:人的資本ストーリー基本モデル(一部)】
4.おわりに
以上、経営戦略と人材戦略の連動と可視化に向けた実践的アプローチを紹介しました。クライアント企業からも「必要性は共感できるが、実践/開示方法がわからない」という声が多く寄せられますが、前述のように、事業ポートフォリオを中心に経営・事業戦略を整理したうえで、人材ポートフォリオを整理することで経営戦略と人事戦略の連動はさらなる高度化を実現することが可能です。加えて、ステークホルダーに当内容を魅力的に開示するためにも人的資本ストーリーをフレームワークに則って可視化することが有用です。
前述の2つのアプローチについて、以下ページで詳しく紹介しています。各ステップの内容や進め方について解説していますので、ぜひご覧ください。
執筆者
KPMGコンサルティング
アソシエイトパートナー 飯干 悟
マネジャー 杉崎 知広
コンサルタント 二村 薫