1. 背景:海外進出に伴うリスク管理の必要性

国内市場の成熟化や電力システム改革・規制の高度化、脱炭素化政策の加速など、事業環境が大きく変化するなかで、多くの電力会社は中長期の成長機会と収益基盤の多様化を図るべく、海外事業を重要な戦略領域として位置付けています。

海外事業では、法規制や商習慣、需給や市場環境、事業パートナーやステークホルダーの行動原理など、経営環境が日本と大きく異なります。そこから生じるさまざまなリスクへの対応が求められる一方で、経営管理の体制やリソースが潤沢でないケースも多く、さらに現地企業との共同事業のスキームでは親会社による情報把握やガバナンスが利かせづらいといった懸念もあります。

本稿では、電力会社による海外事業展開におけるリスクの特徴を整理し、求められる経営管理について解説します。

2. 主な海外事業のパターン

電力会社による海外進出にはさまざまな形態があり、大別すると以下のように分類できます。類型ごとにリスクの特徴や対策は異なりますが、本稿では現地での事業運営に関与するケースが一定程度想定される「(2)発電所の開発・運営」「(3)再生可能エネルギー開発・運営」を念頭に、リスクと対策について解説します。

海外事業の類型 主な事業内容 主な関与形態
(1)資源確保型 LNG・石炭・石油の上流権益参画、長期調達契約 マイノリティ出資+長期契約が中心
オペレーションには関与しないケースがほとんど
(2)発電所の開発・運営 ガス・石炭火力等の発電所の開発・建設・運営事業への参画 EPC/O&M契約+役員派遣など関与度が高いケースもある一方で、マイノリティ出資のケースも多い
(3)再生可能エネルギー開発・運営 洋上風力、太陽光発電事業への出資・共同開発・運営 許認可・開発・運営まで関与するケース、他社主導案件への小規模出資など案件によってさまざま
(4)エネルギーサービス(EaaS)・周辺ソリューション事業 エネルギーサービス企業への出資(EMS、DR、VPP、省エネ技術 等) 海外スタートアップやテック企業へのマイノリティ出資のケースが多い
(5)インフラ投資(送配電・ガス・熱供給 等) 送配電事業、ガスパイプラインなどインフラ分野への投資 低関与・小口の金融投資としての参画が多い

3. 海外での電力事業における主なリスク

海外事業には多様で複雑なリスクが存在します。経営管理の視点で体系的に把握し、リスクごとに対応策を講じることが重要です。以下に、事業面とオペレーション面の代表的なリスクを整理します。

事業面のリスク

リスク 主な内容
規制 国によって異なる法規制や市場制度(公営・民営の違い、kWh、kW、ΔkWなどの市場の仕組み)、外資規制、脱炭素関連ルール
契約 合弁契約・PPA(電力購入契約)・O&M契約における不利な条件
市場 電力需要の変動、燃料価格高騰、為替変動等による収益への影響
JVパートナー 情報開示不足、経営健全性・レピュテーションリスク
資金調達 現地での融資条件の不利さ、為替ヘッジの難しさ
政治・地政学 政変や外交関係の悪化、制裁や関税リスク
環境・社会要請 国・自治体への対応、地元住民・NGOの反対運動、環境影響評価の不確実性
サプライチェーン 燃料・資材調達の不安定化、物流コストの上昇
価格高騰 建築資材や燃料価格の急騰によるコスト圧迫

オペレーションのリスク

リスク 主な内容
不正 現預金・資材の横領、親族への発注やキックバック
贈収賄 政府機関からの要求、事業パートナーによる不適切な支払い
セキュリティ サイバー攻撃、システム障害、施設への物理的攻撃
労務リスク 労働争議、懲戒・解雇に対する規制
O&M(運転・保守) 専門技術者の不足、保守品質の低下、設備トラブルによる稼働率低下
品質管理 現地委託先やサプライヤーの品質基準のばらつき
安全管理 労災・事故発生
危機対応・BCP 政変・自然災害・感染症などに対する対応不備
物流・インフラ依存 港湾・道路・通信などのインフラ起因の操業への支障

4.あるべきリスク対応とガバナンス

海外事業におけるリスクを有効に管理するためには、リスク対応の標準化が欠かせません。事業化検討や投資意思決定の段階でリスク対応やガバナンス体制構築を組み込み、進出前から運営・撤退に至るまで一貫した管理プロセスを構築することが求められます。

「ルール・プロセス」「組織体制と役割・責任」「モニタリング」の観点からガバナンスを検討します。

(1)ルール・プロセス

進出前の検討・チェック項目

  • 事業計画の妥当性:事業性・採算性の検討、事業計画の妥当性検証、撤退条件の事前検討、シナリオプラン策定
  • 経営環境の分析:政策・規制環境、経済・市場動向、競合環境などの分析
  • パートナーの選定:基本情報、能力・実績、経営の健全性、レピュテーションなどの把握・分析
  • スキーム検討・パートナーとの調整・合意:共同出資時の権利確保・合意形成、ガバナンス条項の明確化
  • 諸手続きの実施:定款、許認可、各種契約の締結
  • 運営設計:機関設計・役員選任、経理財務・人事・法務・コンプライアンス等の体制整備

オペレーションのルール・プロセス

  • 意思決定・決裁基準、親会社への報告・承認ルール
  • 経理・財務、調達・発注、法務・コンプライアンス、人事・労務、情報システム管理などのルール・プロセス
  • 緊急時の対応・報告体制・ルール など

(2)組織体制と役割・責任

現地法人・JV会社内の経営管理体制

  • 現地法人の機関設計・役員配置
  • 特にJV形態の場合、経営管理ポストへの自社役員の派遣
  • 経営・管理・技術各ラインの責任範囲の明確化
  • リスク・コンプライアンス担当の配置

親会社としてのガバナンス体制(2線・3線)

  • 親会社における海外現地法人・JV会社の経営管理責任の明確化
  • 経理財務、法務・コンプライアンス、人事・労務、情報システムなど、親会社によるグローバル2線機能の体制・役割と責任の明確化(海外現地法人に対する親会社による管理・支援機能)
  • 内部監査部門による独立的評価とモニタリング

(3)モニタリング

内部監査

  • 現地法人における規程・ルール・手続の整備・運用状況の点検
  • 不備や課題に関する現地法人・本社2線に対するフォローアップ

プロジェクト進捗管理(ステージゲート)

  • 以下のようなステージごとに、計画進捗、リスク、コスト・収益性などを分析・評価
    • 機会認識・初期的検討
    • 事業性評価・構想設計
    • 詳細フィジビリティスタディ・契約交渉
    • 投資決定・着工準備
    • 建設・試運転
    • 運用・保守

月次・定例の経営指標のモニタリング

  • 稼働率・負荷率、収益・キャッシュフローなどの項目についてKPI/KRIを設定、定期的に把握
観点 主な目的 担当部門
技術・稼働 設備稼働の安定性・効率性を確認 O&M/技術部門
採算性・財務 収益・コスト・キャッシュフローの健全性確認 財務/経営管理
リスク・コンプライアンス 契約・規制・ガバナンス上の逸脱有無 リスク管理/法務
安全・環境 事故・トラブル CSR/安全品質管理

事故・インシデントの報告・把握

  • 現地で発生した事故・不正・贈収賄などの重大事案の即時報告ルールを整備
  • 重大インシデント発生時の本社・現地連携プロセス(初動、調査、再発防止)を標準化

5.まとめ

海外展開は、電力会社にとって成長機会であると同時に、新たなリスクへの対応が求められる挑戦でもあります。成功の鍵は、ルール・プロセスの整備、組織体制の明確化、モニタリングの実効性を機能させることにあり、進出前の検証を慎重に行うとともに、稼働後はオペレーションとリスクを継続的に点検・改善することが不可欠です。

KPMGは、クライアント企業が海外事業においても透明性・説明責任・持続可能性を確保できるよう、実効的なリスクマネジメント体制の構築を支援しています。

執筆者

KPMGコンサルティング
アソシエイトパートナー 西村 睦
シニアマネジャー 立原 將喜

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