脱炭素経営を実践する企業の多くが再生可能エネルギーの活用を積極的に進めるなか、“自助努力”で設備そのもののGHG(温室効果ガス)排出量を削減できないか。そんな、実効性は高いが、ハードルも高いプロジェクトにグループ全体で取り組んでいるのが、JR九州グループだ。プロジェクトを支援したのはKPMGコンサルティング。両社のキーパーソンたちに取組みの詳細を聞いた。
【インタビュイー】
九州旅客鉄道株式会社
代表取締役専務執行役員 事業開発本部長 森 亨弘氏
事業開発本部 開発工事部長 古庄 健太郎氏
事業開発本部 開発工事部 主席 渡辺 健太朗氏
KPMGコンサルティング
執行役員 パートナー 麻生 多恵
シニアマネジャー 村山 翔
左から九州旅客鉄道 渡辺氏、古庄氏、森氏、KPMG 麻生、村山
「九州の元気を、世界へ」非鉄道事業をグローバルに展開
-JR九州グループは、他のJRグループと比べて非鉄道事業の営業収益が大きい点に特徴がありますね。
森氏:JR九州グループには、「運輸サービス」「不動産・ホテル」「流通・外食」「建設」「ビジネスサービス」という5つの事業分野があり、42のグループ会社を擁しています。営業収益(売上高に相当)のうち、鉄道など運輸サービスの割合は約3割、営業利益は全体の約20%であり、その他の非鉄道事業(以下、関連事業)が大きな割合を占めています。
なかでも、不動産・ホテル事業では、駅ビルのほかにオフィスビルや分譲・賃貸マンションの開発などを行っており、九州だけでなく、東京や関西でも販売しています。また、流通・外食事業は、自社チェーンのほか、大手コンビニエンスストアやファストフードチェーンのFC(フランチャイズ)も展開しており、こちらも九州以外の地域にまで店舗網を拡大しています。
九州旅客鉄道 森氏
-エリアを超え、鉄道の枠を超えて事業を展開するというのは、1987年に国鉄が分割民営化し、JR九州グループが誕生して以来の戦略です。
森氏:安全・安心な輸送サービスを提供し、九州のお客さまから信頼を得るためには、鉄道以外の関連事業にも注力して投資余力を高めなければなりません。しかし、九州の経済規模は日本全体の10%ほどしかないので、関連事業を成長させるには九州以外のエリアにも積極的に打って出なければいけないと考えています。
2025年度からスタートした新中期経営計画(2025~2027年度)では、「九州の元気を、世界へ」という新たな経営理念を掲げました。事業領域をグローバルに広げ、そこで得た利益やノウハウを九州に還元するという好循環を目指しています。
設備の更新・運用で実効性の高い脱炭素化戦略を推進
-事業開発本部が統括する関連事業では、脱炭素化戦略と成長戦略を両立するという、大規模なプロジェクトに取り組んでいると伺いました。
九州旅客鉄道 古庄氏
古庄氏:1987年の民営化以降、40年近くにわたって駅ビルやホテル、オフィスビルなどを運営してきました。現在は、施設・店舗数で約1,800、施設に設置されている設備の数は約4万5,000点にも上ります。
これらの施設、設備のなかには更新時期に差し掛かっているものも多く、省エネや高効率の設備に置き換えれば、運用コストを削減するとともに、GHG排出量を抑えることができると考えました。
時期は2022年末頃、ちょうど現在進行中の中期経営計画を策定し始めるタイミングだったので、脱炭素化を踏まえた中長期の設備投資計画づくりも始めました。
計画を具体化するうえで、複数のコンサルティングファームに支援を打診しました。そのなかから、最も経験が豊富で、熱意のある対応をしてくれたKPMGコンサルティングをパートナーとして選定しました。
麻生:印象的だったのは、経営企画部門ではなく事業部門からのご依頼だったことです。
多くの日本企業では、経営企画部門などが中心となって、GHG排出量の算定に力を入れますが、どれだけ排出されているのかがわかっても、削減につなげなければ意味がありません。その点、JR九州グループのご意向は、排出量の削減を事業戦略に組み込むかたちで取り組んでいきたいというものだったので、実効性の高さを感じました。
また、一般的に日本企業の脱炭素化の取組みは、再生可能エネルギー電力証書の購入や電力会社の排出係数低減に期待するといった受け身のケースも多いのですが、設備の更新によって、本質的にGHG排出量削減に向き合う「自助努力」の姿勢にも感銘を受けました。
KPMG 麻生
トップダウンの働き掛けでグループ会社を動かす
-具体的には、どのようにプロジェクトを進めていったのでしょうか。
古庄氏:まずは、グループ全体にプロジェクトの意義を伝え、積極的に参画してもらえるような環境づくりから始めました。
今回の検討対象は、不動産・ホテル、流通・外食の2つの関連事業のうち、23のグループ会社(当時)でした。グループ全体が足並みを揃えて取り組めるように、森がトップダウンで各グループ会社の代表に呼びかけました。
九州旅客鉄道 渡辺氏
渡辺氏:KPMGコンサルティングにも、九州各地にあるグループ会社との対話を支援してもらいました。設備の更新は収益圧迫要因にもなりかねないので、各社の事情を踏まえながら、計画の内容を個別調整しました。
村山:取組み全体の音頭取りはトップダウンで進めつつも、親会社が描いた計画をグループ会社に押し付けるのではなく、まずは各社と対話を重ね、それを反映しながら計画を作り上げたのがよかったのではないかと思います。「自分たちも関わって作り上げた」ということが当事者意識を高め、実効性の高い取組みにつながったと感じています。
現地調査を基にグループ全体の設備状況を可視化
古庄氏:策定した設備更新計画をベースに、積み上げに基づいた本事業部門の脱炭素ロードマップを策定したことで、JR九州グループ全体の脱炭素中間目標の達成に向けて、本事業部門がどれくらい貢献できるのかを可視化することにもつなげられたと思います。また、計画を将来にわたって着実に進めていくために、グループ会社ごとの取組みを評価する「ミッション制度」へ脱炭素観点を導入し、各社が自分事化して取り組める仕組みも構築しました。
麻生:プロジェクトが円滑に進んだ要因はいくつもありますが、やはり、森専務が強いイニシアチブを発揮されて、グループ全体を1つにしたことが大きかったと思います。経営層の強い意思こそが、推進力を高める最も強力なエンジンだと言えるのではないでしょうか。
森氏:麻生さんをはじめKPMGコンサルティングの皆さまが、最初の段階でグループ会社の経営層むけに、「なぜこの取組みが必要なのか」を、当社の業種など置かれている状況を踏まえ、それぞれの立場に寄り添って話していただいたことで、“腹落ち”できたことが重要なドライバーになったと感じています。
- 一方で、ロードマップの作成に欠かせない設備データの現状把握は相当大変んだったのではないでしょうか。
渡辺氏:グループ全体で約4万5,000点もの設備があるので、すべての状況を把握するのは容易ではありませんでした。グループ各社から設備の仕様書や図面などをかき集めながら、KPMGコンサルティングの皆さまとも現地調査を行い、KPMGコンサルティングとJR九州グループというチームで設備管理台帳を作成しました。この作業でも、KPMGコンサルティングから提供していただいたノウハウに、かなり助けられました。
おかげで、グループ全体の設備の状況を見える化でき、今後はいかに更新していくかを検討する段階に入りますが、そのためのシステム開発の支援もKPMGコンサルティングにお願いしています。
KPMG 村山
村山:設備管理は、すべての企業が「やるべき」であることは理解していても、データ整備のハードルの高さから二の足を踏んでしまいがちですが、設備更新計画を積み上げ式で策定するためには必須でした。
期間が限られるなか、実測値を収集する施設・設備の優先度などはロジカルに整理しつつ、図面の整理や現地調査では一級建築士などエンジニアリングの知見をもつKPMGのメンバーも作業をサポートすることで、信頼性の高いデータが整備できるようご支援させていただきました。
出所:KPMG作成
-最後に、今後の展望についてお聞かせください。
森氏:JR九州グループは、2025年2月に策定した「JR九州グループ環境ビジョン2050」で、2035年度までにGHG排出量を2023年度比で60%削減する目標を掲げています。グループ全体の脱炭素化に向けて、不動産・ホテル事業と流通・外食事業の脱炭素化を今後も進めていきます。
麻生:今回のプロジェクトは、脱炭素化を既存の経営課題の解決にも活用する発想を、理論だけでなく実践した、いわばトップランナーの取組みです。日本の多くの業界や企業でも参考にしていただけると期待しています。