本稿は、KPMGコンサルティングの「Automotive Intelligence」チームによるリレー連載です。「バイオ燃料で読み解くモビリティCN化」と題した本シリーズの最終回では、バイオ燃料拡大のための具体的な方向性について、内陸部を例に挙げ考察します。
次世代バイオ燃料の5つの処方箋
自動車のカーボンニュートラル化に向けて、バイオ燃料が有力な選択肢になり得ることは、これまでのコラムで触れてきました。では、日本でこのバイオ燃料をどのように拡大していくべきなのでしょうか。今回のコラムでは、その具体的な方向性に焦点を当てます。森林資源が豊富な内陸部を例に取り、バイオ燃料普及の可能性を「処方箋」という形で整理し、考察していきます。
まず前提を整理します。内陸の寒冷地では、都市部の乗用車中心のモビリティとは異なり、フリート車両の比率が高い傾向があります。自治体の除雪車、観光バス、林業の作業車、建設機械、ごみ収集車、公用車などです。これらは更新サイクルが長く、稼働時期は冬に集中し、継続的に稼働します。したがって、燃料転換で最初に問うべきは「理想にどれだけ近いか」ではなく、「この冬から稼働率を落とさずにCO2を削減できるか」です。
次に、内陸部の燃料供給には物流リスクがあります。天候による道路閉鎖で輸送費が高騰し、燃料が届かないこと自体が事業継続リスクとなります。一方、森林資源が豊富な地域には“地産地消”の潜在力がありますが、燃料が森から直接湧くわけではありません。資源として効いてくるのは、観光・飲食業の廃食油、下水や生ごみ、そして木質バイオマスを含む地域の処理インフラです。
要するに、燃料の種類を選ぶ前に、需要・回収・価格を制御する仕組みを構築することが重要なのです。
【図表1】
出所:KPMG作成
具体的な処方箋を説明します。
第1の処方箋は「需要を先に作るHVO導入クラブ」です。
HVOは軽油代替として扱いやすく、既存のディーゼル車両を改造せずに導入できます。寒冷地では「今あるフリートにそのまま入る」ことが最大の強みです。しかし、この強みは自然には生きません。供給は需要の影にあり、需要が見えない場所には供給拠点が生まれにくいのです。つまり、最初にやるべきことは燃料を探すことではなく、購入量を束ねて需要を可視化することです。
そのためには、県や広域連合が事務局となり、自治体フリートと民間事業者(除雪、林業、観光バス、建設、ホテルや施設の自家発電需要まで)をつないで共同購入コンソーシアムを組みます。用途別の年間軽油使用量を推定し、最低限の数量コミットを設定し、供給側から暫定見積りを引き出すことが必要です。既存の商社や流通拠点、給油拠点を活用し、まずは拠点給油で始めます。
最初の成功は「安く買う」ことではなく、「切らさずに回る」ことを証明することにあります。HVO導入クラブの狙いは、需要を先に作れば、供給は後からついてくるという点にあります。
【図表2】
出所:ページ末尾の公表資料を基にKPMG作成
第2の処方箋は「オイルバンク」です。
観光が盛んな内陸部には、飲食や宿泊施設が集積しており、そこから発生する廃食油(UCO)は量としては小さく見えますが、回収の仕組み次第で“地域の原料”になり得ます。重要なのは、回収を善意に頼らず、経済として動かすことです。
具体的には、観光エリアごとにUCOの発生源を地図化し、既存の廃棄物流に同梱して回収できる動線を設計します。さらに、前処理で含水や不純物を管理し、マスバランスなどの認証設計を組み込み、HVO供給者に渡せる品質とトレーサビリティを確保します。
加えて、「還元割当」という発想を重ねます。地域で集めたUCOが、地域で使うHVOに紐付く仕組みです。これが一度回り始めれば、燃料は単なるコストではなく、地域の観光価値と結びついた循環の物語になります。
【図表3】
出所:ページ末尾の公表資料を基にKPMG作成
第3の処方箋は「空につながるオイルバンク」です。
UCO回収の基盤が整えば、その仕組みを航空燃料(SAF)へ拡張できます。地方がいきなり製造に踏み込むのは投資負担が大きいですが、原料サプライヤーとしてなら参入余地があります。自治体と連携し、回収・前処理・認証を整え、SAF供給者に“渡せる原料”として出すのです。
ここで得られるのは売上だけではありません。政策の追い風、企業連携、そして地域ブランドの強化です。内陸観光地が「空のカーボンニュートラル」にも貢献していると語れることは、訪問価値の再定義につながります。HVOで足元の稼働を守りながら、SAFで成長市場に接続するという二段構えが地域の未来を開きます。
【図表4】
出所:ページ末尾の公表資料を基にKPMG作成
第4の処方箋は「下水と生ごみで走るバス(バイオメタン)」です。
内陸寒冷地では、外部から燃料を運ぶコストもリスクも高まります。そこで、地域に必ず存在するインフラである下水処理と廃棄物処理を燃料製造に転用します。下水汚泥や生ごみから発生する消化ガスをアップグレードし、バイオメタン化して、公用車・ごみ収集車・地域バスなど、需要が読みやすい車両からCNG転換を進めます。
ここでも重要なのは「まず供給」ではなく、「まず需要が読める車両」から入ることです。既存設備をスクリーニングし、精製ユニットや充填設備の概算Capex/Opexを算出し、自治体・運営主体・ガス事業者で長期供給契約を結びます。さらに、規制や補助の要件設計までを一体で進めます。
これは単なる燃料導入ではなく、地域エネルギーの内製化であり、冬のエネルギー自立につながる戦略です。
【図表5】
出所:ページ末尾の公表資料を基にKPMG作成
第5の処方箋は「まとめ買い+値上がりブレーキ(オフテイク&ヘッジ)」です。
HVOは市場、為替、輸送の影響で価格変動が大きく、予算化が難しい状況にあります。予算が固まらないと需要も固定化せず、需要が不安定だと供給側はリスク分を上乗せし、結果としてコスト高になるという悪循環を断ち切る必要があります。
そのためには、需要側の使用量を先に束ねて年間数量契約(オフテイク)を結び、価格の上限(Cap)と下限(Floor)を設定して変動を抑えます。参照指数(軽油またはHVOベンチマーク)に品質・物流プレミアム、為替補正を加え、さらにCap/Floorを設定して予算レンジを固定します。
運用では役割分担が重要です。県(事務局)が共同調達・契約スキームを設計し、参加事業者が年間使用量の申告と見直しを担い、商社・供給側が価格式を運用し、金融・保険が必要に応じてヘッジ商品や信用枠を提供します。燃料は環境政策だけでなく、購買と金融の技術で安定させるインフラになるのです。
【図表6】
出所:KPMG作成
これら5つの処方箋を貫く筋は明快です。
第1に、需要を先に束ねて供給を呼び込みます。
第2に、観光由来のUCOを集めて地域循環をつくります。
第3に、その回収基盤をSAFに接続し、外部市場ともつながります。
第4に、下水・生ごみ由来のバイオメタンで地域のエネルギー自立度を高めます。
第5に、オフテイク契約とCap/Floorで価格と供給の不確実性を制度的に潰します。
ここまで来て初めて、バイオ燃料は「良いこと」から「続くこと」へ変わります。内陸寒冷・森林・観光という条件は、従来はコスト要因として語られがちでした。しかし、回収と調達を設計し直せば、それは需要を束ねる力と循環を生む力に転じます。カーボンニュートラルに向けて、地域が自分の稼働率を守りながらCO2を下げるという、その現実解として、バイオ燃料にはまだまだ伸ばせる余地があります。
※本稿の図表の参考資料は以下のとおりです。
- 資源エネルギー庁 「『CO2等を用いた燃料製造技術開発』プロジェクトの研究開発・社会実装の方向性(案)」
- Ministry of Road Transport & Highways Government of India「PARIVAHAN SEWA」
執筆者
KPMGコンサルティング
プリンシパル 轟木 光