本稿は、KPMGコンサルティングの「Automotive Intelligence」チームによるリレー連載です。
「バイオ燃料で読み解くモビリティCN化」と題した本シリーズの第1回では、再生可能エネルギー、液体燃料、内燃機関、バイオ燃料などさまざまなエネルギー戦略が存在する現実を踏まえ、今後の低炭素戦略の展望をライフサイクル視点で解説します。
低炭素化への要となる、バイオ燃料戦略とは
エネルギーとモビリティの議論は、理想と現実のせめぎ合いから始まります。
気候変動の視点では、電化と再生可能エネルギーの拡大こそが最短距離に見えます。しかし、一次エネルギーの総量や地域ごとの事情、さらに自動車のパワートレイン構成を踏まえると、少なくとも2030年代前半までは、世界を動かし続ける主役は液体燃料と内燃機関であるという現実が立ちはだかります。
この「現実」を直視したうえで、バイオ燃料をいかに戦略的資源として位置付けるべきか、その整理を進めます。
まず、エネルギーの全体像です。
世界の一次エネルギー消費は2023年に前年比2%増となり、過去最高を更新しました。内訳を見ると、化石燃料由来が依然として全体の81.5%を占めています。2000年以降で年平均成長率が最も高いのは再生可能エネルギーです。伸び率は突出していますが、ベースが小さいため、一次エネルギー全体で主流を奪うにはまだ時間がかかります。
一方、石炭とガスはほぼ同程度の増加率で推移し、石油は交通需要の回復により底堅さを維持しています。
要するに、世界はまだ「脱化石」にはほど遠く、足元の消費は右肩上がりというのが現実です。
【図表1】
出所:ページ末尾の公表資料を基にKPMG作成
次に、地域差です。
一次エネルギー消費の伸びは、アジア・太平洋、アフリカ、中東が世界平均を上回っています。特にアジア・太平洋は2000~2023年の年平均成長率が4%強で、2023年時点の世界シェアは47.1%に達しました。中東は3%台後半、アフリカは2%台後半の成長で背景には工業化と人口増があります。
一方、欧州は同期間の年平均成長率がマイナスに沈みましたが、構造的な省エネ、産業の空洞化、価格高騰下での需要調整が影響しています。
この地理的なコントラストは、どこでどの燃料が当面必要とされるか、そしてどの市場でどの低炭素オプションが受け入れられるかを大きく左右します。
【図表2】
出所:ページ末尾の公表資料を基にKPMG作成
自動車のパワートレインに目を向けると、現実はさらに鮮明になります。
米国、中国、欧州、タイの市場では、内燃機関を搭載する車両の比率が依然として圧倒的です。米国では2023年から2025年にかけて、ICE、HEV、PHEVを含む構成比が9割強を維持しています。中国では電気自動車(以下、BEV)の急伸により比率を削りつつも、2025年時点で内燃機関搭載車が約7割を占めます。欧州は電動化が進む代表地域ですが、それでも2025年時点では8割強が内燃機関を含む車両です。さらに、タイのようなASEAN市場では商用車を含め、2023年で9割強、2025年上半期でも8割を超えています。
つまり、電動化は確実に進行しているものの、2030年に向けて「保有台数の山」を削るには、内燃機関の低炭素化を並走させる戦略が不可欠だと読み取れます。
【図表3】
出所:ページ末尾の公表資料を基にKPMG作成
政策環境も揺り戻しの兆しを見せています。
欧州では2024年6月の欧州議会選挙後、環境政策の再評価が相次いでいます。2025年3月のCO₂規制見直し議論では、2025~2027年の目標維持を前提としつつ、施策の整合性や産業への影響を検証する姿勢が強調されました。
電動化の方向性自体は現時点で変わっていませんが、移行の速度や手段のポートフォリオについては、合意の幅が広がりつつあります。こうした再評価局面では、充電インフラの律速、電力系統のカーボンニュートラル化の速度、原材料供給の制約といった現実が強く意識されます。その結果、液体燃料側の低炭素化、すなわちバイオ燃料や合成燃料が政策メニューのなかで再び存在感を増しています。
【図表4】
出所:ページ末尾の公表資料を基にKPMG作成
では、バイオ燃料はどこまで意味を持つのでしょうか。鍵はライフサイクル視点です。
車のCO₂排出は「製造」「エネルギー生成」「走行」「廃棄・リサイクル」の積み重ねで決まります。BEVは走行時の排出がほぼゼロですが、電池製造と充電電力のカーボンインテンシティに大きく左右されます。
一方、内燃機関車は走行時の排出が目立ちますが、カーボンニュートラル燃料―持続可能なバイオ燃料や合成燃料―に置き換えれば、「走行」と「燃料製造」起源の排出を大幅に減らすことが可能です。こうした燃料を投入することで、ICEやHEVのライフサイクル総排出量は大きく下がり、条件次第ではBEVと同等、あるいはそれ以下に迫る可能性があります。特に、電力のカーボンニュートラル化が遅れる地域や、長距離・高出力・高稼働の用途では、この効果が相対的に大きくなります。
【図表5】
出所:ページ末尾の公表資料を基にKPMG作成
エネルギーの主流は、当面は化石燃料に結びついたままです。自動車の主流も、当面は内燃機関を含む構成で進みます。政策は理想に向けて舵を切りながらも、現実の調整弁として手段の多様性を取り戻しつつあります。
だからこそ、ライフサイクル全体を見据え、燃料と車両の両面から排出を削減する設計が価値を持ちます。その要となるのがバイオ燃料です。
日本は資源小国でありながら、品質規格、サプライチェーン統合、現場実装に強みを持つ国です。移行期の主戦場に正面から参戦し、アジアとともに実装の答えを示すことができれば、産業競争力と気候目標を両立させる道は必ず拓けます。
【図表6】
出所:KPMG作成
※本稿の図表の参考資料は以下のとおりです。
- エネルギー動向(2025年6月版)(資源エネルギー庁 )
- Light Duty Electric Drive Vehicles Monthly Sales Updates(Argonne National laboratory)
- 中国汽車工業協会(CAAM)
- 欧州自動車工業会(ACEA)
- Thai Automotive Industry Association
- タイ電気自動車協会
- Commission boosts European automotive industry‘s global competitiveness(EU)
- Commission boosts European automotive industry’s global competitiveness(EU、Mobility and Transport)
- Comparison of global average lifecycle emissions by powertrain in the Stated Policies and Announced Pledges Scenarios, 2023-2035(iea)
執筆者
KPMGコンサルティング
プリンシパル 轟木 光