本稿は、KPMGコンサルティングの「Automotive Intelligence」チームによるリレー連載です。
BEV(電気自動車)の普及に不可欠である充電インフラの今後の展開について、電力調達・再販、V2G、再エネPPAの観点を踏まえて解説します。

エネルギー供給としての装置を超えた充電インフラの姿

これまでの議論を総括し、充電器事業の収益性・成長性・市場性について多角的に見直すことで、今後の展開に向けた示唆を得たいと思います。

【図表1】

kWh販売を超えて~場を売る充電戦略_図表1

出所:KPMG作成

まずは、急速充電の現実を整理します。図例では、年間33MWhの販売が損益分岐の目安となり、稼働率にして約15%が必要です。しかし、kWh単価が十分に確保できない場合や、電力原価が高止まりする場合には、この分岐点はさらに遠のきます。一方で、普通充電は設備費が軽いため、損益分岐のハードルは比較的低くなります。補助なしでも、月当たり893kWh(6kW機で149時間、稼働率約21%)の販売ができれば、8年間の運用でIRR(内部収益率)10%が見込めます。補助が入れば、必要な販売量は月267kWh、稼働率約6%まで下がり、負担はさらに軽くなります。
ここから導き出されるのは、「台数を増やすだけでは資本効率は向上しない」というシンプルな事実です。粗利/kWhと稼働率の掛け算で生まれるキャッシュが、年償却と運営費をどれだけ確実に回収できるか、この一行の式をどう太らせるかが、事業の成否を分ける鍵となります。

【図表2】

kWh販売を超えて~場を売る充電戦略_図表2

出所:KPMG作成

この式を太らせるためには、充電単体の枠を超え、収益とコストの最適化を積み上げる視点が不可欠です。図例では、充電単体でのIRRは8%にとどまりますが、電力の「調達と販売の差益(再販マージン)」を設計することで4%、V2Gなどの系統サービスで3%、さらに再生可能エネルギー(以下、再エネ)PPAによる電力原価の削減で2%を上乗せし、合計でIRR17%まで引き上げています。これらの施策は、特別な技術や魔法ではなく、電力ビジネスの基本動作に基づいています。すなわち、安く調達し、高く売り、系統価値を引き出し、原価を固定化するという流れを、モビリティ起点で丁寧に積み上げているのです。

【図表3】

kWh販売を超えて~場を売る充電戦略_図表3

出所:KPMG作成

再販マージンの考え方は、小売商品の「せどり」に近いものです。たとえば、発電事業者との相対契約や取引所から15円/kWhで電力を仕入れ、それを顧客に50円/kWhで販売できれば、差益は35円/kWhになります。ただし、この差益は天候、時間帯、燃料価格、需給バランスなどによって大きく変動します。したがって、価格変動リスクを事前に吸収する仕組みが不可欠です。固定価格の長期契約とスポット市場を組み合わせた調達ミックスを設計し、安定性と柔軟性を両立させる必要があります。また、料金メニューにも工夫が求められます。滞在時間や混雑度に応じたダイナミックプライシングを導入することで、稼働率と単価の両方を最適化する視点が重要です。

【図表4】

kWh販売を超えて~場を売る充電戦略_図表4

出所:KPMG作成

さらに、V2Gなどの系統サービスは、負荷側の価値を現金化する有力な手段となり得ます。猛暑などで電力系統が逼迫した際には、発電事業者やアグリゲーターから「今は充電を控えてほしい」といったリクエストが充電所に届きます。その応答能力、すなわち充電の制御力に対して対価が支払われる仕組みです。車両単体での収益は微々たるものですが、フリート単位や地域全体で束ねることで、実質的な収入源としての意味を持ち始めます。

この仕組みを成立させるには、EV充電ポイントオペレーター(以下、CPO)や自動車メーカーが、制御権とユーザーの同意をどのように確保し、瞬時のディスパッチに耐え得るシステムを構築できるかが重要です。UI/UXに配慮した同意設計、柔軟な充電停止・再開の制御、そしてアグリゲーション制度の整備が、V2Gの収益性を大きく左右します。

【図表5】

kWh販売を超えて~場を売る充電戦略_図表5

出所:KPMG作成

コスト面では、再エネPPAの活用が大きな効果をもたらします。オンサイトに太陽光設備を無償で設置し、使用した分だけを支払うスキームを採用すれば、従来の電力購入量を大幅に圧縮することが可能です。オンサイトでの自家消費に限れば、再エネ賦課金が免除されるケースもあり、送配電にかかるコストも一部抑えることができます。何より、契約期間中の電力単価を一定に固定できるため、電気料金のボラティリティを可視化しながら抑え込むことが可能になります。充電は、外部から電力を購入するだけのモデルから脱却し、サイト内で発電し、必要に応じて外部から補うという、ハイブリッド型の調達設計へと進化すべき段階に来ています。

【図表6】

kWh販売を超えて~場を売る充電戦略_図表6

出所:ページ末尾の公表資料を基にKPMG作成

ここまで述べてきたことは、充電そのものの損益計算書(P/L)を改善するための施策ですが、長期的な成長の道筋は、拠点を「人と車が集まるハブ」として再設計し、周辺事業の収益を複線化することにあります。小売や飲食、観光などのサービスと連携すれば、滞在価値が高まり、客単価も2重に積み上げることが可能になります。広告メディアとしての活用も現実的であり、デジタルサイネージによる広告配信、施設へのクーポン誘導、データに基づく近隣集客など、充電とは別軸の収入源を確保することができます。

さらに、ラストワンマイル物流の中継地点、シェアモビリティやMaaSのピットとしての機能を持たせることで、稼働率の平準化とフットフォールの増加にもつながります。これらのモデルを成立させるには、多様なパートナーとの間で収益分配のルールを事前に丁寧に設計しておくことが不可欠です。CPOは、単なる充電事業者から脱却し、電力小売、モビリティ、そして場所メディアを統合的に運営するプラットフォーム事業者へと、組織能力をシフトさせる必要があります。

【図表7】

kWh販売を超えて~場を売る充電戦略_図表7

出所:KPMG作成

以上を踏まえ、経営としての着地点を整理します。まずは、サイト単位でのKPIを明確に定義し、粗利/kWh、稼働率、顧客滞在価値、V2G応答率、PPA比率という5つの指標を軸に、週次で進捗を可視化することが重要です。これにより、現場の運営状況を定量的に把握し、改善のサイクルを回す基盤が整います。

次に、電源の調達、料金メニューの設計、需要の制御を一体的に構築し、価格と量の両面からキャッシュフローを最適化する視点が求められます。単なる電力の仕入れと販売ではなく、需給のバランスを動的に調整することで、収益性と安定性の両立が可能になります。

さらに、PPAやアグリゲーションの契約は、単なる取引ではなく、長期的な価値を生む中核資産として位置付け、バランスシートに定着させるべきです。これにより、事業の持続性と資産価値の裏付けが強化されます。
充電インフラは、単に移動のエネルギーを供給する装置ではなく、地域の電力需要と再エネを賢くつなぐ、目に見える系統の一部として機能します。そこから得られるデータ、制御力、そして集客力は、電気自動車の普及を超えて、街の新しい経済圏を形づくる可能性を秘めています。

これからのCPOや自動車メーカーに求められるのは、ハードウェアを並べることでも、補助金の到着を待つことでもありません。電力の商い、モビリティの運用、そして「場」の編集という3つの領域を横断する設計者としての発想への転換が必要です。収益と社会価値を重ね合わせる視点を持ち、充電器の数を競う時代から脱却しなければなりません。

※本稿の図表の参考資料は以下のとおりです。

執筆者

KPMGコンサルティング
プリンシパル 轟木 光

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