本稿は、KPMGコンサルティングの「Automotive Intelligence」チームによるリレー連載です。
大型BEV(電気自動車)の普及に伴ったMCSの登場により、充電インフラの設計が新たな課題に直面しています。物流事業者・車両メーカー・電力会社の融合がもたらす事業価値の可能性を踏まえ、その動向を解説します。
メガワット充電システムの展望と課題とは
商用車の電動化は、3つの特徴により複雑かつ戦略的な展開を見せています。1つ目に、需要の中心は大型BEVトラックとBEVバスであり、導入のスピードや規模には地域ごとのばらつきがあります。2つ目に、車格の大型化に伴って車載バッテリーの容量が増加し、1台当たりのエネルギー量が系統設計に直接影響を及ぼすようになっています。3つ目に、2025年にはメガワット充電システム(Megawatt Charging System、以下MCS)の国際標準が確立される見込みで、通信を含む実装仕様も量産に対応したレベルへと具体化が進んでいます。
まず需要の動向を確認しておきましょう。大型BEVトラックの販売は2016年以降、波を描きながら推移してきましたが、直近では中国市場と欧州市場を中心に再び加速しています。2024年の地域別の構成を見ると、中国市場が販売台数の大半を占めており、欧米市場はそれに続く形となっています。一方、BEVバスは2016〜2018年にかけて中国市場主導で高水準に達した後、2019〜2023年は縮小傾向にありましたが、2024年にかけて再び回復の兆しを見せています。
つまり、需要の展開には「バスは先に成熟し、トラックは今まさに立ち上がりつつある」という時間差があり、これが地域ごとの波及に影響を与えています。
【図表1】
出所:ページ末尾の公表資料を基にKPMG作成
次に、車両およびバッテリーの状況を見てみましょう。中型トラックでは、車載バッテリーの平均搭載量が2020年の91kWhから2024年には148kWhへと増加し、大型トラックでは164kWhから279kWhへと拡大しています。車格に応じてコストも上昇しており、1台当たりのバッテリー価格はおよそ2万〜4万ドルのレンジに収まっています。
このように、車両1台当たりのエネルギー容量は急速に大型化しており、たとえばトラック輸送の稼働率を維持するには、「充電のピーク電力を引き上げる」か「停車時間を延ばす」かの選択が迫られます。言い換えれば、限られた停車時間のなかで必要な電力量を確保するには、より高出力の充電設備が不可欠になります。特に長距離輸送では、停車時間の短縮が運行効率や収益性に直結するため、充電時間を削る方向での技術的対応が求められます。こうした背景から、3.75MW級のMCSは、トラック輸送の現場において不可避の選択肢となっているのです。
【図表2】
出所:ページ末尾の公表資料を基にKPMG作成
MCSの標準化動向を詳しく見ていきましょう。標準化のタイムラインは、まずCharIN仕様v3.2をベースに、2025年3月にSAE J3271、同年9月にIEC TS 63379によって車両側のコネクタとインレットが確定する予定です。さらに、2025年後半にはISO 15118-10により物理層およびデータリンク層の仕様が整備される可能性があります。
技術パラメータとしては、最大1250V・3000Aで理論上3.75MWの出力を実現可能であり、通信方式は10BASE-T1SとISO 15118を組み合わせたモジュール構成が採用されます。ケーブル長は最大15mまでを想定しています。
重要なのは、機械・電気・通信の各領域をまたぐ相互運用性が標準仕様の中で保証されている点です。これにより、メーカー間でのプラグ交換や安全インターロック、フェイルセーフ手順が一体的に定義され、実装の信頼性が担保されます。
【図表3】
出所: KPMG作成
【図表4】
出所:ページ末尾の公表資料を基にKPMG作成
MCSの出力レベルが意味する負荷の大きさは、家庭の電力消費との比較が直感的です。たとえば、MCSで1MWの電力を1時間供給すると1MWhとなり、これは一般家庭の1時間当たりの平均消費量(約0.74kWh)と比べて、約1,350世帯分に相当します。
このような高出力が一瞬で立ち上がることを考えると、MCSは地点負荷として小規模変電所並みのインパクトを持つと言えます。つまり、物流拠点や高速道路のサービスエリア(SA)における電力系統の設計は、従来の「住宅地の延長」としての発想では対応できなくなってきています。
その結果、系統接続計画は単なる受電設備の設置にとどまらず、短絡容量の確保、無効電力の調整、保護協調の設計など、電力インフラ全体を一体で見直す必要が生じています。MCSの導入は、単なる充電設備の追加ではなく、電力系統の構造そのものに再設計を迫る技術的転換点なのです。
【図表5】
出所:ページ末尾の公表資料を基にKPMG作成
最後に、MCSが生み出す事業価値について検討します。仮に1拠点でMCSを4口稼働させ、平均出力0.6MWで1日10時間のピーク運用を行うと、1日当たりの電力量は24MWhに達します。この規模の電力を扱う事業では、卸電力価格の変動、需要家向け料金、DR(デマンドレスポンス)参加による報酬、車両の回転率、充電器の稼働率、バッテリー寿命への影響など、複数の要素をキャッシュフローに落とし込む必要があります。さらに、車両販売による利益や運用SaaSの収益も加味し、IRR(内部収益率)を総合的に評価することが求められます。
BEVの台数は現実に増加していますが、収益の源泉は「電力×通信×運用」が構成する充電のSLA(サービスレベル契約)を誰が握るかにかかっています。MCSは単なる巨大な電気ポンプではなく、電力・通信・金融を統合するプラットフォームであり、そこにこそ本質的な競争軸があります。
需要の波、標準化の進展、系統要件という3つの要素を同じ地図上に重ね合わせ、物流事業者・車両メーカー・電力会社の三者が共通のKPIで連携できれば、商用BEVは単なる「ゼロエミッション車」の枠を超え、電力系統と相互に価値を生み出す産業インフラへと進化する可能性があります。
これからの競争は、最速の車両を作ることではなく、「系統と最も賢く対話できる」車両・充電器・事業モデルを構築できるかどうかにかかっているのではないでしょうか。
※本稿の図表の参考資料は以下のとおりです。
- 「Global EV Outlook 2025」(IEA)
- 「CHARGING FOR HEAVY-DUTY ELECTRIC TRUCKS」(Argonne NATIONAL Lab)
- 「SAE Megawatt Charging System for Electric Vehicles」(SAE International)
- 「家庭におけるエネルギー使用状況」(東京都 環境局)
執筆者
KPMGコンサルティング
プリンシパル 轟木 光