本稿は、KPMGコンサルティングの「Automotive Intelligence」チームによるリレー連載です。
自動車は「走るコンピュータ」へと進化し、今やSDVという新たなステージに突入しています。そこで、「SDVの本質を考える」と題し、さまざまな切り口からSDVについての考察をしていきます。
コラムシリーズ「SDVの本質を考える」最終回では、ハードウェアの高機能化とソフトウェアの更新性という両輪を、経営の意思決定という視点から再構築します。
SDVサービス戦略における4つのモデル
現在の量販OEMの立ち位置は、図表のC、すなわち「製品売り切り・高度化ADASモデル」にあります。ここでは、自動運転レベル2が標準で、OTA(Over-the-Air)は品質維持や一部機能の提供にとどまります。車両の残存価値は、品質・修理性・ブランドによって支えられています。
販売台数の拡大とアフターセールスの効率化によってキャッシュフローを確保する一方で、ソフトウェアの資産価値は限定的です。半導体や部品在庫、認証・法規対応に伴う負債が収益を圧迫しやすい構造となっています。
SDV化によって、共通アーキテクチャの導入、遠隔診断、試験の自動化、キャリブレーションの再利用などによるコスト削減は可能ですが、利用時価値の拡張は限定的で、価格改定やグレード戦略への依存が残ります。
まずは、この「製品売り切り・高度化ADASモデル」の健全化が出発点です。いきなり自動運転レベル3以上に飛びつくのではなく、運用の基礎体力を着実に積み上げることが重要です。
【図表1】
出所:KPMG作成
「製品売り切り・高度化ADASモデル」からの現実的な第一歩は、図表のA、すなわち「価値共創・高度化ADASモデル」への移行です。このステージでは、安全なOTA運用の定常化、データガバナンスの整備、SRE(Site Reliability Engineering)とセキュリティの24時間体制の確立が求められます。
さらに、機能ロールアウトにおけるABテストとKPIによる価値検証ループを回すことで、自動運転レベル2主体のままでも、利用時価値をユーザーに“届ける”ことが可能になります。燃費最適化、メンテナンス予知、保険連動、安全スコア、地図・駐車・充電などのサービスを料金体系に組み込むことで、売り切り型中心のキャッシュフローを補強できます。
鍵となるのは、運用体制そのものを製品の一部として設計することです。OTAを単なる機能配布の手段ではなく、価値を届ける“物流網”として位置付ける発想が重要です。この転換により、ユーザーとの接点はより密になり、解約率の低減、稼働率の向上、残存価値の改善といった複数の成果が同時に期待できます。
「価値共創・高度化ADASモデル」での運用が成熟した先に見えてくるのが、図のB、「価値共創・自動運転サービス基盤モデル」です。ここでは、用途を特化することで、早期に単位経済での黒字化を狙う現実的な戦略が展開されます。自動運転レベル3以上が求められる場面でも、地理や業務を限定し、セーフティケースと責任分界を明確にすることで、運用の複雑さを制御しながら収益性を確保することが可能になります。
この枠組みでは、フリート全体への影響を前提としたSLA(Service Level Agreement)設計、リモート介入体制、事故・インシデント対応、ログの真正性確保、責任保険の整備、サプライヤー監査などが、直接的に収益に結びつく要素となります。成功する企業は、技術の汎用性を誇示するのではなく、「場所×用途×運用」の解像度を高め、運用コストを設計変数として捉え、最適化していきます。
固定費は一見重く見えるものの、稼働率とスケールによって粗利が立ち、蓄積されたデータが次の改善を呼び込むことで、正味収益化のループが回り始めます。つまり、自動車メーカーにとって最も実装性の高い道筋は、製品売り切り・高度化ADASモデルから始まり、価値共創・高度化ADASモデルを経て、選択した用途に特化した価値共創・自動運転サービス基盤モデルへと、“狭く深く”進化していくことにあります。
【図表2】
出所:KPMG作成
一方で避けるべきなのが、図表のD、「技術先行・無収益自動運転モデル」です。ここでは、汎用的な自動運転レベル4の実現を目指すあまり、用途特化やSLA設計、価格体系の構築が後手に回ることで、運用コストが急激に膨らむリスクがあります。遠隔運用、事故対応、法的紛争、セキュリティ監視といった領域での費用が増大する一方、価格は市場の圧力によって引き下げられ、収益構造が崩れやすくなります。
フリート運用に耐え得る品質を確保しないまま市場投入すれば、継続的な改善のはずが、常時の火消し対応に変質し、開発も運用も疲弊していきます。特に新興企業が陥りやすいのがこの象限であり、持続的な事業運営が困難になる可能性が高いと言えます。
このような状況を避けるためには、サービスドミナントロジックを重視した運用起点の体制へと大胆にジャンプするか、あるいは割り切って自動運転レベル2を前提とした売り切り型設計に戻し、品質と修理性を武器に戦うか、いずれかの意思決定が不可欠です。
【図表3】
出所:KPMG作成
あえて“余計なつながり”を持たないという選択も、製品売り切り・高度化ADASモデルの文脈では、十分に戦略として成立します。サイバー攻撃のリスクを最小限に抑え、クラウド依存や常時ABテストを避けることで、ローカル完結型の品質と修理性を積み上げることができ、購入後の予期せぬ変化を抑制できます。ユーザーにとっては使い勝手が変わらないという安心感が生まれ、中古車の残存価値は安定し、アフターセールスの収益も予測しやすくなります。
OTAは品質対策と安全維持に限定し、機能追加は計画的に束ねて認証と市場導入を行うことで、運用の複雑さを抑えながら信頼性を確保します。コストに敏感な市場や過酷な環境、商用の耐久用途、あるいは規制や通信インフラが不安定な地域では、サービスドミナントロジックを選ばずとも、SDV由来の開発再利用や診断の自動化、試験効率化といった技術的な果実を享受することができ、財務の予見可能性を高めることが可能です。製品売り切り方・高度化ADASモデルに踏みとどまり、その質を高める選択は、一定の市場では合理的です。
出所:KPMG作成
結論として、4象限は固定的なラベルではなく、企業が進むべき道筋を示すロードマップです。自動車メーカーはまず、自らの現在地であるC「製品売り切り・高度化ADASモデル」を正しく認識することが重要です。そのうえで、運用の基盤を整えるA「価値共創・高度化ADASモデル」へと着実に歩を進め、選んだ用途に特化してB「価値共創・自動運転サービス基盤モデル」へ展開することで、SDVの本質である「運用を製品化する」姿勢に近づくことができます。
同時に、市場特性やブランド戦略に応じて、現在地であるCを磨き続ける選択も十分に成立します。スタートアップにとっては、まずD「技術先行・無収益自動運転モデル」からの脱出が最優先課題となります。運用基盤を内製化するか、信頼できるパートナーで補完し、用途特化型のBか、売り切り型のCへと舵を切る必要があります。
いずれの道を選ぶにしても重要なのは、どこまで進めるかと同じくらい、どこで止めるかを設計することです。すべての自動車メーカーが完全自動運転を目指す必要はありません。規制、責任、資本、人材といった制約は企業ごとに異なり、サービスドミナントロジックを選ばない従来型のビジネスモデルであっても、品質、修理性、安全性、残存価値、サプライチェーンを強みに据えることで、十分な競争力を維持できます。
SDVの本質は、技術の多寡ではなく、価値とコストの時間軸をどう設計し、選んだ場所で勝ち切るかという意思決定にこそあります。
執筆者
KPMGコンサルティング
プリンシパル 轟木 光