連載特別対談第3弾。今回は、起業家として大学教育にも携わる佐藤大吾氏と、技術者の視点から人材育成に取り組む柳橋孝明氏のお2人に、「創造力」をテーマにお話を伺いました。
大学と企業、異なる現場で見えてきた“創造力が生まれる瞬間”とは―。
佐藤大吾氏 プロフィール
武蔵野大学アントレプレナーシップ学部教授。大学在学中に企業インターンシッププログラム開発で起業(現ドットジェイピー)。日本初の寄付サイト「JustGiving」誘致、多数のNPOや企業のアドバイザリーを歴任。現在は武蔵野大学、エンジニア養成機関42tokyoで教育に携わる。
柳橋孝明氏 プロフィール
トヨタ自動車株式会社先進プロジェクト推進部部長。技術開発、技術研究所等の海外事業体のマネージャー・アドバイザー、シリコンバレーでCVC(コーポレートベンチャーキャピタル)の立上げに関与し、現在はプロジェクト創造のための技術系人材育成にも力を入れる。
左から:武蔵野大学 佐藤氏、トヨタ自動車 柳橋氏
創造力は教えられるの?
―いきなりお聞きしますが、創造力は教えられるものですか?
佐藤氏:「創造力を教える」というより「やり方を鍛える」ということじゃないかな。
柳橋氏:環境が変わると人って変わる気がします。それは「創造力を教える」というのとも違うような…。
―そのあたり、今日はじっくり聞かせてください。まず、お2人にとって「創造力」とはどのようなものですか?
柳橋氏:今ない価値やアイデアを生み出す力だと考えています。
シリコンバレーに駐在していたとき、現地の研究者たちの雑談力に衝撃を受けたんです。彼らはAIや量子力学の専門家でありながら、文学や心理学、哲学も語れる。しかも話がうまい。技術を人や社会とどうつなげるかを自然に議論しているんです。それを見て、自分にはまだ知の幅が足りないな、と。創造力ってそうした知の交わりのなかで生まれるものだと感じました。
佐藤氏:僕は、しつこく考え抜いてやり続ける力だと思います。
学生時代、日本にインターンシップを普及させようとしていたんですが、そんなの無理と言われ続けて。それでも動いていたら応援してくれる人が出てきた。クラウドファンディングを立ち上げたときもそう。信じて動き続けていたら輪が広がって形になった。創造力って雷に打たれてアイデアが降ってくるようなものじゃなくて、好奇心をあきらめない力なんですよ。
創造力を育てる条件 - 人に見放されず、環境に放り出されて
―柳橋さんはインプットの幅、佐藤さんはやり抜く力が創造力。ではそういった創造力が育つきっかけは何だったでしょうか?
佐藤氏:僕の場合は「人」ですね。見放さずにかかわってくれる大人がいたこと。そして仲間の存在。
僕のいた大学では、ほとんどの学生が大手企業に就職して、起業なんて言葉はまったく聞こえなかった。でも、当時は日本もITバブルに入る頃で、震災支援で一緒に活動した仲間がネット会社を立ち上げたんですよ。その瞬間、「あ、自分もやりたい!」と常識が一枚パリンと割れた。就職だけが道じゃないって気づいたあの瞬間の感覚は、今も鮮明に覚えています。
柳橋氏:私の場合は「環境」です。
40歳を過ぎてシリコンバレーに出向した時、まるで酸素の違う場所に放り込まれた感じでした。受けた教育も文化も価値観も違うなかで、自分の限界を突きつけられた。そこで気づいたんです。自分1人で何かを生み出すより、多様な人の知や経験をつなぎ合わせることが自分なりの創造じゃないかって。安定した環境から一度外に出ると、不安もあるけど感受性が研ぎ澄まされます。それが創造の第1歩かもしれません。
武蔵野大学 佐藤氏
―佐藤さんは「人」、柳橋さんは「環境」。創造力はその両輪で育つということですね。
佐藤氏:僕の場合、環境にも追い込まれました。
大学を卒業できず、就職の道が閉ざされたとき、もう起業するしかなかったから。でもその逃げ場のない状況が、結果的に創造へのスイッチを押したんです。
―環境に背中を押されたわけですね
佐藤氏:そう。最初は休学しながら起業との両にらみで探っていたけど、大手企業も同じ分野で動き出していて、ここでやらなきゃ意味がないと思った。そのときの感覚は理屈じゃなくて、お腹の底から湧いてくる確信のようなものでした。ああいう感覚は現場に身を置かなきゃわからない。教えられて身につくものではないですね。
―なるほど。現場での実感ということ。今、学生や社員の創造力を育てるうえで、どんなことを大事にされていますか?
佐藤氏:一言で言うと当事者意識です。自分が経営者だったらどうするか。
学生は「寮を作ってほしい」とか要望ばかりいろいろ出してくるんだけど、「自分でやってみたら?」と返すんですよ。だって、うちの学部はアントレプレナーシップ学部だから。他人任せにしないで自分で動く。それが起業家精神の根っこだと思います。
柳橋氏:企業でも同じです。
社員としても、会社のポートフォリオの枠のなかで発想するだけでは創造にはつながりません。自分のなかに“志”があるかどうかが問われます。「トヨタで何を実現したいのか」「どんな社会課題に挑みたいのか」その問いを自分の言葉で立てられる人が、立場に関係なく創造的なのだと思います。
創造力を発揮する条件 - 飛び越える瞬間をどう支えるか
―大学でも企業でもそのような“精神”を育てるのは簡単ではないですね。どうすればいいのでしょうか。
佐藤氏:それはもう教員や上司の役割ですよ。やりたいことを心に秘めていても行動に移せない人が多い。だから僕はやってみたらと背中を押します。学生もそう。小中高の段階では自分で考えて行動していいと教えられないじゃないですか。だから大学ではそれを解禁してあげたい。
たとえば学生が「近くの小学校にアンケートを取りに行きたい」と言ったら、僕は迷わず「いいよ」と言います。責任は取るよという意味だけど、起きそうなトラブルはだいたい想像できますからね。そうやって背中を押すと学生の表情がパッと変わるんですよ。その瞬間、彼らのなかで発想が転換するというのかな。
柳橋氏:それを聞くとハッとしますね。私はアドバイスをするだけだったかもしれません。でも、必要なのは、やっていいよという後押しと、責任は引き受けるという意思表示、そこに添える的確なアドバイスの両方なんですね。この2つが揃うとメンバーが安心して飛び出せる。
トヨタ自動車 柳橋氏
―創造力を発揮するには心理的安全性が大事ということですね。その環境づくりで難しいと感じるところはありますか。
柳橋氏:やっぱり創造性に対する理解や価値観の違いですね。やりたいことを否定される場合も結構あります。ただ、うちの会社には「ヒトを中心に考える」という哲学があります。ものづくりの姿勢としてだけでなく人を育てるマインドにも通じていて、どの立場でもズレがない。そこを活かしています。
たとえば、社内で「社会課題ディープダイブ」という取組みを進めていて、社員が社会課題に直接向き合う活動をしています。「会社にどんな還元ができるの?」「なぜトヨタで?」という声もありますが、東日本大震災の復興支援にかかわった若手が「自分の人生が変わりそうです」と涙ながらに語ると、反対していた上司も心を動かされる。論理じゃなくて、情理で共感を得る。人が変わることの価値は計画では伝えきれないんですよ。
佐藤氏:いいですね。僕もそこは共感します。結局、創造力って燃える瞬間がないと動かない。
柳橋氏:そうそう。理屈でなく熱量ですよね。
―情熱が共感を呼ぶということですね。学生の場合にはどんなやり方がありますか。
佐藤氏:すごく難しいですよね。先例もほとんどないし。僕の経験上、教科書の1章から7章までマスターしたら電子レンジでチンッと起業家誕生!なんてありえません。うちのアントレプレナーシップ学部は、教員27人全員が起業家や実務家。だから27通りのやり方がある。それが言ってみれば学びの型です。学生はそのなかでスキルを積み上げ、最後は「えいっ」と飛び越えるリープ(跳躍)が必要になる。
でも、その瞬間を教えることはできない。僕らができるのは場を整えて時々刺激を与えることくらい。あとは同世代の仲間の力ですね。誰が最初に登記するか、なんていう緩やかな競争が自然と生まれています。そうなるとスピードも上がるし、学生の顔つきもどんどん変わっていきます。結局、人を動かすのは仕組みでも理論でもなく、仲間と情熱ですね。
多様性をどう作るか - 創造性の形は1つではない
―創造力を発揮するには「多様性のある環境」が重要だと言われますが、実際の現場ではどう感じますか?
佐藤氏:学生の評価の仕方1つ取っても、多様性に影響しますね。
うちの学生たちの多くは、学内のテストよりも外部のビジネスコンテストの結果を気にしています。学校が出場してみようと言えば全力で挑戦する子もいるし、まったく出ないで自分の商売を淡々と続ける子もいる。
どちらが正しいとか間違っているとかではなく、何を自分の喜びとするかは人それぞれ。だから僕はそこを均質化しないようにしています。
柳橋氏:物差しを変えるって本当に大事ですよね。
企業でも同じで、日本の組織はどうしても同質性が高くなりがちです。せっかく優秀な若手が入ってきても、画一的な育て方をしてしまう。改善や効率化にはそれが強みになりますが、創造にはむしろ多様さが必要です。“変わり者”と呼ばれるような人がいてこそ新しい発想は生まれますし、異分子が生きづらいコミュニティでは挑戦は根付いていかないと思います。
最近は、トヨタでもWoven Cityのようにトヨタ文化の外に実験場を作っています。外部の異文化と一緒に試す場所ですね。ただ、外に機会をつくるだけでは足りません。大事なのは、いかに内部に異文化や新しいコミュニケーションを取り込むかだと感じています。
武蔵野大学 佐藤氏
佐藤氏:すごく共感します。
起業する時も、ユニコーンでもローカルビジネスでもいいのです。世界展開するテック企業もあればまちのパン屋もある。どちらも創造であり社会にとって必要な価値。僕らが見せるべきは1つの成功モデルではなく、多様な価値観と試行錯誤の方法です。
柳橋氏:本当にそうですね。多様性って「いろんな人がいる」だけじゃなく、「いろんな正解を認める」ことですよね。
佐藤氏:そう。多様性を掲げながら評価軸が1つだと結局みんな同じ方向を向いてしまう。創造力には違いが大事だと思います。
大学と企業の関係性 - そこに橋は架かるのか
―社会との接点という意味で、大学と企業の関係をどう見ていますか?
柳橋氏:お互いがあまり理解しようとしていないですよね。
正直に言うと、大学の先生方って、もう少し社会と交わると学生にもいい刺激になるんじゃないかと思うことがあります。一方で企業側も、大学を見る目が限定的になりがちです。自分たちが社会にソリューションを創り出す立場だという自負があって、大学の変化にあまり目を向けていない――まさに私自身がそうだったんですけどね。
アメリカだと、昨日まで大学教授だった人が、翌日には企業のプログラムマネジャーになっていたりしますよね。そうやって人が行き来するから、教育と社会が自然につながって、共にソリューションを生み出せる。大きな違いを感じます。
佐藤氏:大学のなかも、まさに同じことが起きています。
僕がいるアントレプレナーシップ学部は、武蔵野大学という伝統校のなかでは型破りな存在で、教員は全員実務家。カルチャーが全然違います。メディアに出る機会も多く、知名度には貢献していますが、型にはまらないがゆえに警戒もされます。
それでも、僕らは大学のフィールドに企業がかかわることで生まれる面白さを知っています。だから提案も次々出しますが、跳ね返されることもありますよ。ここでつむじを曲げず、どう大学を巻き込むかを考えるのが腕の見せどころだと思っています。
―人材育成は、まさに大学と企業の共通課題ですよね。そこに協働の可能性はありますか?
柳橋氏:もちろん期待しています。
企業と大学って、ある意味、前工程と後工程の関係ですよね。もし一緒に取り組めたら、学ぶ側も教える側も、教育というプロセス全体を一気通貫で見通せるようになります。
たとえば自動車づくりでも、鍛造だけを30年やってきた職人は確かに匠だけど、全体を知らないとクルマ全体の改善はできない。人材育成も同じ構造じゃないでしょうか。
佐藤氏:うん、よくわかります。
企業は学生を就活の一瞬でしか見られないけど、大学は4年間ずっと見ていますよね。最初はひよっこでも歯を食いしばってここまで来た、という成長のストーリーを大学は知っている。
そのプロセスを企業と共有できたら信頼関係もできるし、採用のミスマッチも減るはずです。
柳橋氏:そうなると、先生方もティーチングだけじゃなく、コーチングの視点が求められますね。
佐藤氏:そうそう。教育って教えるだけじゃなく伴走するものですから。それは必須の要素ですよね。
トヨタ自動車 柳橋氏
公共財としての教育 - 大学と社会がつながる場
―ただ、先生個人の努力だけでは限界もあります。大学教育を社会の公共財として認識してもらうには、どうすればいいでしょう。
柳橋氏:企業だ、大学だと線を引いていること自体が、もう時代に合っていないかもしれませんね。それぞれの強みを生かして、社会全体で若者を育てる仕組みをつくることが理想だと思います。
そのためには企業側のマインドセットも変わらなければ。
どうしても財務価値や短期的な成果に目が行きがちですが、大学教育のように成果がすぐに見えない取組みこそ、将来の競争力の源泉です。経営の視点を変えないと、どれだけ大学が熱を込めても一瞬の花火で終わってしまう。
―目線や価値観を変えるのは、とても難しいことですが…。
柳橋氏:そうですね。でも、ある方に「日本企業だからこそできる」と言われたことがあります。アメリカ企業のように新陳代謝を繰り返すのではなく、日本には何百年も続く企業がある。それを「古い」と見るか、「長期的視点を持てる強み」と見るか。
後者として捉えるなら、教育も日本独自の形が生まれるはずです。企業が長期視点で人づくりにかかわることができれば、それ自体が社会的な資産になると思います。
佐藤氏:僕はまず、大学と企業が仲良くなる場づくりから始めたいですね。
大学は、少子化で再編を迫られ、存在意義を問い直す時期に来ています。企業との連携はその中核になる。そのためには、大学側も企業に協力してもらうスタンスではなく、自分たちが仕掛ける側という意識に変えないといけない。ただ、そういうことには不慣れな先生も多いから、まずは緩やかに接点を持ち関係性を育てることからじゃないかと思っています。
―お2人の話を聞いて、大学と社会の関係が変わる希望が見えてきました。
佐藤氏:アントレプレナーシップ学部も設立から5年がたって、教育を見直そうとしています。これからアントレプレナーシップを掲げる大学は増えていくだろうから、大学と企業との新しい接続のモデルになれるように実践していきたい――トヨタさんとも何かご一緒できたら嬉しいです。