欧州連合は世界規模の森林破壊の抑止を目的に、木材、牛肉、カカオ、コーヒー、パーム油、大豆、ゴム等の製品が森林破壊に該当せずかつ合法的に生産されたことの確認(デューデリジェンス、以下、DD)を義務付ける欧州森林破壊防止規則(EUDR)を2023年に公布しました。サプライチェーンが協力してデューデリジェンスを行う必要があることから、欧州の規制であるものの欧州に所在する企業に限らず、日本企業を含む世界中の多くの企業で対応が必要な規制となっています。

欧州委員会は、このEUDRについて、2025年10月21日、改正案を公表しました 。
本稿では、この改正案のポイントと、早ければ2025年の12月にも義務の履行が必要となるなかでの企業のベストプラクティスについて解説します。

1.EUDR改正案の概要

欧州委員会が公表した改正案は、概ね従前の規制フレームを維持するものですが、事業者からの遵守コストが高い、との要望を踏まえ、以下の負担軽減策が盛り込まれています。

  • 適用開始日を大企業・中堅企業は2025年12月30日(従前から変更なし)、零細・中小企業は2026年12月30日(従前から6ヵ月間の延期)とする
  • DD義務を「上流事業者」に限り、「取引事業者」や新設の「下流事業者」には「上流事業者」が行ったDDの結果(デューデリジェンス・ステートメント、以下、DDS)の引用を認める
  • 原産地が低リスク国であり、かつ、零細・中小企業(SME)には、簡易的な申告方式(一度きりの「簡易宣言書」の提出)を認める
  • 大企業等について、施行後6ヵ月間は当局による執行を猶予する

2.EUDR改正案の重要なポイント

2025年末の適用開始を目前に控え、一部加盟国や業界団体等からの強い延期要請を背景に、市場関係者の多くが「全面的な1年延期」を予測していましたが、公表された改正案に全面的な再延期は含まれませんでした。
この改正案の重要なポイントは以下のとおりです。

1つ目は、「全面延期の否定」です。
巷での延期観測を覆し、適用日を維持したことは、欧州連合のEUDR、および欧州グリーンディールを始めとした環境政策に対する「断固たる実行意志」の表明と考えられます。
環境保護の取組みを進め、EUDRの義務を履行すべく準備を重ねてきた企業の努力を無駄にせず、かつ、延期を期待していた企業に対する「これ以上の猶予はない」という示唆であると受け取れます。

2つ目は、「執行猶予期間」の新設です。
施行後6ヵ月間は当局による執行を猶予する、とする「執行猶予期間」の新設は、産業界への一定の配慮となります。
ただし、重要なのは、EUDRの遵守義務(コンプライアンス義務)は大企業においては変わらず2025年12月30日から法的に発生しており 、あくまでこの期間は当局による執行が猶予されるだけであるという点です。当局は違反を認識した場合、行政指導等を行うことが可能であり、事業者においては、猶予期間に甘んじることなく適用日までの義務の履行が望ましいと言えます。

3.EUDR適用日に向けたベストプラクティス例

今回の改正案の概要やその示唆を踏まえ、迫る適用日までに事業者が取り組むべきアプローチ例は以下のとおりです。

(1)自社が取扱う物品の該非判定

改正案は規制の対象となるスコープを変更しておらず、従前どおりCNコード/HSコードに基づいて自社が扱う物品(最終製品以外も含む)についてEUDRの対象となるか該非判定を行うことがすべての起点となります。

(2)上流事業者のDDSの活用可能性調査

自社がデューデリジェンスの実施とデューデリジェンス・ステートメント(DDS)提出義務を負う「上流事業者」なのか、はたまた、DDの実施が免除される「下流事業者」 なのか、法的位置付けを特定する必要があります。「下流事業者」に該当する場合、DDの実施義務は免除されますが、代わりに「上流事業者」が実施・提出したDDSの参照番号について、収集と伝達を行うことが新たな義務となります。

(3)ロードマップの策定

大企業等においては2025年末が適用日であり、残された時間は多くありません。改正案により、義務の緩和は図られたものの、適用すべき義務はなくなったわけではなく、新たな対応も一部必要になっていることから、大量のタスクを確実に実行するためのロードマップの策定が重要になります。

また、義務の履行には取引先からの情報提供等も必要となり、自社の努力だけによって適用日までに作業が完了しない可能性もあります。そうした場合に備え、次善策として、執行猶予期間を念頭に、義務の履行に向けた各タスクのリスク評価と優先順位付けが必要となります(執行猶予期間を準備期間と捉え、執行猶予期間後に初めてDDSを提出するようなスケジュールはコンプライアンス上のリスクとなり得ます)。

4.まとめ

ここまで、EUDR改正案の概要・示唆・ベストプラクティスをまとめました。他方で、この改正案は現状欧州委員会による「提案」に過ぎず、その発効には欧州議会と理事会の承認が必要となります。「簡素化が不十分」という意見や、改正案による「骨抜き反対」という意見も根強く、政治的合意が難航することも予想されます。

もし、2025年12月30日までに本改正案が承認されなければ、執行猶予期間や簡素化のない、従前のEUDRが発効されることとなります。企業は、こうしたケースに備えつつ、改正案による簡素化(上流事業者DDS活用や簡易宣言書等)にも対応できるように早急に準備を進めることが重要となります。

現在、EUでは、CSDDD(企業持続可能性デューデリジェンス指令)やEUBR(欧州バッテリー規則)など、複数の人権・環境デューデリジェンス関連規則の内容および適用時期について見直しが進められています。その中でも、フロントランナーとなるEUDRでは、サプライヤーとの連携を通じて多岐に渡る情報を収集・管理する必要があるなど、特有の対応ハードルが存在します。しかし、その対応過程で蓄積されるサプライヤー情報の収集ノウハウや、社内横断的なデューデリジェンス体制の構築経験は、他のデューデリジェンス規則への対応にも活用可能です。

したがって、EUDR対応は単なる法令対応にとどまらず、将来的なサプライヤー管理コストの削減や、企業全体のサステナビリティ対応力の強化にも寄与する取組みと位置付けられます。各企業においては、EUDR対応を「戦略的な投資」と捉え、早期に本格的な体制整備を進めることが有効と考えられます。

執筆者

KPMGコンサルティング
執行役員 パートナー 土谷 豪
シニアマネジャー 荒尾 宗明
マネジャー 外川 元太

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