1.概要
欧州では、グリーンディールのもとで「持続可能な化学物質戦略」が策定され、近年、REACH規則(Regulation (EC) No 1907/2006)の改正が進められています。
REACH規則は、EUで製造・輸入される化学物質に登録・評価・認可・制限を義務付ける制度であり、その基本原則は 「no data, no market(必要な安全性データがなければ市場投入できない)」 です。未登録物質は市場投入できず、日本企業もEUに製品を輸出する際には遵守が必須となります。
REACH規則の改正により、企業は安全性データの提出や代替物質の開発が求められ、サプライチェーン全体への影響が想定されます。実際に、自動車部品に使用される炭素繊維では、残留性や毒性の観点から使用規制の検討が行われ日本企業の主力製品への影響が懸念されましたが、産業界の強い反発を受けて規制は見送られるなど、企業活動に直結する事例も現れ始めています。
また、REACH規則単体の枠組みではありませんが、循環経済政策の一環として、製品に含まれる化学物質の情報を一元的に管理・開示する仕組みであるデジタル製品パスポート(DPP)の導入が検討されています。DPPは、製品の設計段階からトレーサビリティと透明性を確保する仕組みとして位置付けられており、特に製品事業者や流通事業者にとっては、複数の規制動向をにらんだ対応が不可欠です。
次章では、グリーンディールとREACH改正の関係、および直近の改正内容と今後予定される改正動向を整理し、日本企業への具体的影響と求められるアクションを考察します。
2.グリーンディールに基づく「持続可能な化学物質戦略」とREACH規則改正
「持続可能な化学物質戦略」は、EUグリーンディールの一環として「毒性ゼロ環境」の実現を目指す包括的政策です。
「持続可能な化学物質戦略」は、化学物質規制の中核であるREACH規則やCLP(Classification, Labelling and Packaging/分類・表示・包装規則)規則の改正を通じ、従来の有害物質管理を強化しつつ、より予防的で持続可能な仕組みへ移行することを狙いとしています。具体的には、特定有害物質の原則禁止やグループ規制の導入、安全かつ持続可能な設計の普及、PFASをはじめとする懸念物質の段階的な排除などが柱となります。
これにより企業は、製品設計段階から代替物質の活用や環境配慮設計を組み込み、サプライチェーン全体で透明性と安全性を確保することが求められます。欧州市場での規制適合が事実上の参入条件となるため、日本企業にとっても競争力維持の観点から早期かつ戦略的な対応が不可欠です。
(2)2025年10月時点で実施された主なREACH規則の改正
EUでは、環境・人の健康保護を目的として、REACH規則の改正が進められています。特に「残留性が高く、広範な曝露が懸念される物質」を早期に市場から排除する方向が鮮明です。主な改正内容は以下のとおりです。
(3)今後想定されている改正(REACH改正提案と検討中の規制)
2025年末までにREACH規則の包括的改正案を提出する方針が示されています。現在、正式な改正提案は未公表ですが、「持続可能な化学物質戦略」に明記された改正検討項目や、その後の影響評価・公開協議で浮上した論点から、以下のような主要変更が提案される見込みです。
そのほか、企業に大きな影響を与えると考えられる改正は、包括的PFAS規制です。ドイツ・オランダなど5ヵ国当局による全PFAS物質の製造・使用を包括禁止する制限提案が2023年に欧州化学品庁(ECHA)へ提出されています。本提案が採択されれば、きわめて広範なPFAS使用禁止が新設され、一部の例外を除き、数千種に及ぶPFASの段階的使用禁止が実現する見通しです。これはREACH改正とは別のプロセスの個別制限措置ですが、グリーンディールのもとでPFASを一掃する象徴的規制と位置付けられており、日本企業にも大きな影響を与え得るため留意が必要です。
以上のように、今後数年でREACH規則の基本枠組みにかかわる改正が予定されています。提案段階のものは法的確定情報ではないものの、日本企業の事業計画にも影響を及ぼし得る重要事項であり、最新情報を追跡する必要があります。
3.日本企業への影響ととるべきアクション
4.まとめ
執筆者
KPMGコンサルティング
シニアマネジャー 荒尾 宗明
マネジャー 吉田 愛子
シニアコンサルタント 中畑 良丞