1.はじめに
創造力とはどのような力を言うのでしょうか。
「新たに造ること。新しいものを造りはじめる力(広辞苑第七版)」「それまでになかったものを初めてつくりだす力(大辞林第四版)」と辞書は説明しています。
20世紀の創造性研究を牽引したE.P.トーランスは、創造力を「問題や知識の不足、不調和などを鋭敏に捉え、困難を特定し、解決策を探究して仮説を立て、それを検証・修正し、最終的に結果を伝える一連の過程」と定義しました※1。
日本では、文部科学省が学士力答申のなかで創造的思考力を「これまでに獲得した知識・技能・態度等を総合的に活用し、自らが立てた新たな課題に適用し、その課題を解決する能力」と整理しています。
これらに代表されるように、現代社会が求める創造力は、辞書的な意味での「新しいものを生み出す」ことにとどまりません。社会との関係性を踏まえて構想し、実現に結び付ける力、すなわち「構想力」と「実行力」をあわせもつことが求められています。言い換えれば、創造力には自由な発想だけでなく、それを形に落とし込む論理性も必要です。
今回は、そのような創造力はどうしたら育まれるのか、教育を取り巻く現状を手がかりに考えます。
2.創造力を育む社会とは
第二次世界大戦中のアメリカで、「どうすれば状況に応じて柔軟に対応できるか」を研究した心理学者J.P.ギルフォードは、できるだけ多くのアイデアを出す「発散的思考(Divergent Thinking)」が創造性の重要な要素であることを示しました。これをきっかけに創造性教育の研究が始まり、その後、E.P.トーランスが創造性テストや育成手法を体系化し、教育現場へと広がっていきます。
日本では、高度成長期を経た1980年代に臨時教育審議会が設置され、従来の画一的教育の反省を踏まえて「個性重視の原則」を打ち出しました※2。これは1990年代になると国際競争での日本企業の地位低下に危機感を抱いた財界の要望とも結び付き、経団連は提言等で「自由な発想と独創性を持つ人材育成」を強く求めるようになります※3。こうして政策も創造的人材育成へと舵を切ることになりました。
2000年代に入ると、米国発の「デザイン思考」が大学教育で普及し、さらに21世紀型スキル教育やSTEAM教育、探究型学習などが世界的潮流となります。OECDは「社会問題解決のためには研究においても協働においても創造力が不可欠」との認識を示し、2022年にはPISA学力調査の項目に「創造的思考力」を導入しました。創造力は今や国際的に評価・測定される教育の主要要素となり、イノベーションを加速する基盤としても重視されています。
日本社会における創造力の認識
創造力ニーズが高まるなか、日本における創造力育成の環境はどうなっているでしょうか。
教育でも企業においてもその育成に力を入れていますが、国際機関等の調査からは、組織的・文化的な課題が浮き彫りになっています。
(1)教育における創造力育成
小中学校の学習指導要領は「学力」に加えて「思考力・判断力・表現力」や「学びに向かう力」を重視し、学校を社会に開く教育を掲げています。現在の中央教育審議会では創造性を明示し、学校を創意工夫を引き出す場と位置付けて議論が進んでいます。また、探究型学習やSTEAM教育を強化する政策を受け、小学校から大学まで多様な実践が広がっています。
一方で、依然として知識定着志向が根強く、評価が学力テストや受験に偏りがちで、制度的に創造力を評価に組み込むことができていません。その結果、小中学生は学年が進むにつれて協調性や正解志向が優先され、独自の発想が抑制される傾向があります。この傾向は、トーランス創造性テスト(TTCT)を用いた日米の大学生比較研究※4などでも示唆されています。研究は対象や手法に制約があり断定はできませんが、創造性育成に関する共通の課題認識が存在することは確かです。
(2)社会・企業における創造力の位置付け
企業においても「デザイン思考」「イノベーション研修」といったプログラムが導入され、OJTや自己啓発支援を通じて創造力を伸ばす取組みが行われています。このような研修は個々の社員のスキル開発に一定の効果をもたらしています。
一方で、OECDは、日本の研究者や企業の国際共同研究への参加率が低いことをあげ※5、企業研修も研究部門や特定人材に限られるなど、内向きの人材開発にとどまる点を問題視しています。また、経営レベルでの創造性の取り入れ方は国際的にも保守的で、欧米やアジアの企業に比べて日本は短期的な成果偏重で、創造的挑戦への長期投資が難しい傾向を指摘されています※6。経済産業省の調査でも、国際比較では日本企業はR&Dから付加価値を創出する効率が低く、経営戦略との連携や投資の質に課題があることが示されています※7。
まとめると、日本社会では政策で創造力育成を打ち出し、教育も企業も取り組んではいるものの、評価制度や経営構造といった社会慣習によって創造力が十分に発揮されない状況になっています。
ベースとなる論理的思考力の教育
創造的思考力と論理的思考力は一見異なる性質を持ちますが、実際には創造力を支える両輪です。OECDも2019年に『創造性と批判的思考を育む授業デザイン手引き』を公開し、両者を並行して育成する必要性を強調しています※8。そこでまず、日本では大学に入る前段階で論理的思考力はどのように育成されているのか、国際比較でよく取り上げられるアメリカ、フランス、日本の違いから見ていきます。
アメリカでは「自分の意見+理由+証拠」というレトリックを基本型に、説得的エッセイや分析的エッセイを通じて論理を組み立て、他者に伝える技術を体系的に習得します。
フランスでは高校段階までに哲学的エッセイ(dissertation)の訓練が徹底され、問いを立て、主張と反論を積み重ねる弁証法的思考を学びます。これは市民性教育の一環であり、公共性を論じる基盤になります。
一方、日本の小中学校での作文は感想文が中心で、学習指導要領にも明記されているように経験や感情を素直に表すことが重視されます。この感想文文化は、他者と感情を共有することで安定した社会規範を形づくる一面があります。しかしその反面、形式的な文章構成や論理展開の技術はほとんど指導されず、それが大学や社会人生活に影響を及ぼしています。
つまり、アメリカやフランスでは方法は違っても「体系的な論理的思考の技法」を早くから身につけるのに対し、日本は感情表現に比重を置き、論理構造を組み立てる習慣が育ちにくいと言えます。
現在、日本の大学は、学士力の柱の1つとして論理的思考力を掲げています。論理的思考力は初等・中等教育段階で十分に訓練されてこなかった課題であると同時に、国際的な学術やビジネスの場に接続するための不可欠な基盤でもあります。創造性と批判的思考の並行育成が求められる今、日本の大学はまさにその役割を負っているのです。
創造力教育への大学の挑戦、日本との対比
次に、創造力育成に対する大学教育の取組みの例と、日本の大学の状況を比べてみます。
(1)教育体系(ミネルバ大学)
2012年に開校したミネルバ大学は、キャンパスを持たずに学生が世界各都市を巡りながら学ぶことで知られています。2025年秋からは東京も拠点に加わりました。同大学は世界のリーダー育成を目的に、実践知の習得を重視した独自の教育手法を構築しています。
4つのコア・コンピテンシー(批判的思考、創造的思考、コミュニケーション、インタラクション)に必要なスキルを細分化し、基礎と応用を反復する科学的な教育設計です。創造的思考については、類推、反転思考、デザイン思考、ヒューリスティックなど多様な発想法を扱います。学生は世界8都市を舞台に現実課題に取り組み、授業で習得したスキルを定着させます。全教員で教育法を共有・改善する仕組みを徹底しており、マジョリティを作らない学生の多国籍性も特徴です。
ミネルバ大学の教育成果は、学生や卒業生のスタートアップや起業といった形でメディアなどに報告されていますが、まだ開学10余年の大学であり、正確な追跡調査は今後の検証が待たれます。
(2)デザイン思考教育
デザイン思考は、「共感(empathize)→問題定義(define)→発想(ideate)→試作(prototype)→検証(test)」というプロセスで課題解決を目指す方法です。米国のデザイン会社や有名大学がそのプロセスを教育課程として体系化し、世界的に広まりました。人間中心の設計や試行錯誤、多様な協働を重視しており、参加者の多様性を組み込む設計思想が世界的な拡張につながっています。現在では、北米・欧州・アジアの大学や大学院で導入され、学生向け授業にとどまらず、社会人研修や地域連携プログラムとして展開されています。日本でも東京大学や武蔵野美術大学などがその思想を取り入れています。
当初は工学設計やSTEAM教育の手段として活用されましたが、イノベーションとの関連で実証研究が進むにつれ、個人能力としてのデザイン思考がどのように組織的イノベーションに結び付くかといった、経営的視点での導入に関心が高まっています。
(3)日本との対比
これらの事例と日本の違いを「体系化」「組織性」「場づくり」「多様性」の観点で整理したものを下図に示します。
ミネルバ大学は、習得したスキルを世界各都市で実践する教育体系を持ち、デザイン思考教育は体系化したプロセスに基づき実社会の課題に取り組みます。どちらも個人の体験にとどまらず、組織的な仕組みとして社会に還元する点が特徴です。また、参加者の多様性を前提としています。
一方、日本ではPBL型授業が全国的に広がっていますが、多くは教員ごとの単発授業にとどまり、目的も「学生の体験」や「能力開発」が中心です。そのため成果が社会に十分に共有されず、教育体系としての持続性や発展性に限界があることが浮かび上がってきます。
【教育体系と育成環境】
出所:KPMG作成
社会ニーズと社会環境のパラドックス
ここまでの整理から、日本の創造力教育と社会環境の課題が見えてきます。
第一に、大学前段階の「思考技術20年の差」が大学教育の難しさにつながっています。
大学は高校までの教育と社会との間にあって、その接続が重要な役割です。学生の多くはビジネス社会へ、研究志向の学生は学術界へ進みますが、知識を十分に備えていてもそれを使いこなす技術がなければ社会的インパクトにはつながりません。国際社会で市民権を得ている思考技術を理解し、活用することは、世界に向き合うための必須条件です。
学士課程で初めて感想文的な表現から離れ、思考技術を習得するのは容易ではありませんが、大学にはその育成が求められています。しかし第5回で見たように、日本の大学は個人ベースの研究業績重視であり、そのような教育体系を作る組織構造になっていません。
第二に、評価制度や組織の同質性が創造力の発揮を難しくしています。
教育成果の指標が依然として受験を中心とした学力テストに偏るなかで、子どもの独創性は徐々に抑制され、大学に入ると再び創造力を取り戻すことを求められる…これは矛盾した教育課程と言えます。
また、大学教育は自学の学生を前提に構成されるため、日本の大学の同質性の高さから多様性の欠如を招いています。企業研修の場合も、その主対象は社員であり、異分野・異業種の視点に触れる機会は限られます。このような多様性の低さは、教育内容を工夫しても広がりを欠き、発想を多様な文脈につなげにくくしています。
つまり、創造力が真に社会ニーズであるならば、論理的思考と創造的思考を両輪で育成すること、そして組織構造を転換し、創造力が生まれやすい多様性のある「場」を意図的に設計することが不可欠です。
そのためにこそ大学教育改革が必要です。社会に開かれ、制度として育む創造力教育。それは大学に閉じた取組みではなく、産業界・地域社会・教育機関を結ぶ「社会全体の創造力エコシステム」として築かれてこそ、社会に還元され、発揮される力となるでしょう。
※1 Creativity (Ellis. Paul. Torrance, 1994) 以下原文(本文中の引用は筆者訳)
“A process of becoming sensitive to problems, deficiencies, gaps in knowledge, missing elements, disharmonies, and so on; identifying the difficulty; searching for solutions, making guesses, or formulating hypotheses about the deficiencies; testing and retesting these hypotheses and possibly modifying and retesting them; and finally communicating the results.”
※2 「臨時教育審議会第四次答申」(文部科学省)
※3 「創造的な人材の開発に向けて~求められる教育改革と企業の行動~」(経済団体連合会, 1996)
※4 「A Comparative Study of Creative Thinking of American and Japanese College Students」The Journal of Creative Behavior 35 (1), 2001
※5 「Japan’s design imperative」(McKinsey & Company, 2018)
※6 「Enhancing Dynamism and Innovation in Japan's Business Sector」(OECD, 2015)
※7 「イノベーション循環をめぐる現状と課題」(経済産業省)
※8 「Fostering Students' Creativity and Critical Thinking」(OECD, 2019)
執筆者
KPMGコンサルティング
スペシャリスト(リードスペシャリスト) 田中 智麻