1.はじめに
これまで本連載では、大学教育の実態や制度的な課題を見てきました。では、その主役である学生は、教育改革のなかでどのように位置付けられているのでしょうか。
欧州では法整備が進み、授業運営だけでなく大学経営や教育政策レベルにまで学生参画が広がっています。その影響を受けて、日本でも「学生エンゲージメント」が教育研究者の間で注目され、教育の質を高めるうえでの学生参加の必要性が語られるようになってきました。
しかし日本の大学の現場では、教育改革や組織改編といった主要なプロセスに学生がかかわる例はまだ少なく、計画段階から学生を巻き込む発想は浸透していません。政策レベルでも、中央教育審議会の答申形成プロセスで学生参加が打ち出され、全国でフォーラムが開かれたことがありましたが、形式的な試みにとどまりました。さらに、学生自身も社会慣習の影響から大学を就職のための通過点とみなしがちで、自らが教育運営にかかわる主体だという意識を持つきっかけもありません。
そこで、このような環境下において学生は大学教育をどのように受け止めているのか、その声に耳を傾けながら大学教育の姿を捉えてみたいと思います。
2.学生に聞く大学教育
実践型授業について
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学生はグループでの企画や協働にやりがいを感じ、現場体験の楽しさを重視しています。一方で、地域社会との関係性が浅く発表で終わりとなる点に物足りなさを感じており、より実効性のあるアウトプットを求めています。
座学・教養教育について
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学生の意見から、今の学生は成果として実感できる学びを求める傾向が強く見られます。そのため、インプット授業そのものを否定しているわけではなく、アウトプットの場やフィードバックの不足が不満の原因となっています。知識の必要性を理解する学生もいます。
カリキュラム体系について
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学生は直感的に「カリキュラムの一貫性の欠如」や「実践教育の体系とタイミング」を問題視しています。専門性を狭めすぎるリスク、逆に専門の見せ方に自信を持てない不安、就職活動における社会側の認識とのズレなど、大学が現在直面している制度的課題がそのまま学生の悩みに直結しています。
実践力と大学教育について
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これらのコメントからは、大学の横断型教育の限界や教員側の姿勢への疑問、そして学生間の意識の違いによる葛藤が率直に示されています。また、大学で培った力を社会が十分に受け止めきれていない現実が、学生の失望を生んでいることも見えてきます。
3.学生が教育運営にかかわる真の価値
今回紹介した学生の意見からは、学生が想像以上に大学教育の課題を鋭く見抜いていることがわかります。その視点は、授業手法やカリキュラム構造にとどまらず、教学運営や大学経営にまで及んでいます。こうした定性的な意見はしばしば参考程度に扱われがちですが、実際には改革の検討材料として十分に有効です。それを教育改革にどう結び付けるかは、大学執行部や計画担当者の洞察力と推進力にかかっていると言えるでしょう。
学生の意見を教育運営に取り入れる意義は大きく3つあります。
まず第1に、学生自身への効果です。学生が「自分にとって必要な学びとは何か」を考える契機となり、能力開発の一環として機能します。とりわけグループインタビューなどの交流の場は、他学科・他大学の状況を知って自分の環境を相対化し、行動を起こすきっかけになります。
第2に、大学経営への効果です。学生の声は、その大学の教育の質(すなわち学生の学びの質)を映し出す鏡であり、大学にとって課題を把握する有力な手掛かりとなります。大学は組織構造上、内部の合意形成が難しい場合もありますが、学生の参画を通じて議論が前進する可能性もあります。
そして第3に、社会的な効果です。学生はやがて社会に出る存在です。学生時代に大学教育を自分ごととして考えた経験を持てば、現在とは卒業後の大学へのまなざしが変わり社会人として大学にかかわる姿勢に違いが出てきます。そのような卒業生が増えることで大学と社会の関係性が変わり、より実を伴う産学連携が生まれることが期待できます。
今回取り上げた意見は一部の大学、そのなかでも主体性の高い学生の声であり、学生全体の意見を代表するものではありません。ですが、こうした学生の言葉は、大学教育の構造や運営を見直すうえで欠かせない示唆に満ちています。大学教育改革は社会や企業との共創が重視されていますが、そこに学生を加える視点を持つことで、より充実した改革につながっていくに違いありません。
執筆者
KPMGコンサルティング
スペシャリスト(リードスペシャリスト) 田中 智麻