1.はじめに

学生エンゲージメントとは

これまで本連載では、大学教育の実態や制度的な課題を見てきました。では、その主役である学生は、教育改革のなかでどのように位置付けられているのでしょうか。
欧州では法整備が進み、授業運営だけでなく大学経営や教育政策レベルにまで学生参画が広がっています。その影響を受けて、日本でも「学生エンゲージメント」が教育研究者の間で注目され、教育の質を高めるうえでの学生参加の必要性が語られるようになってきました。

しかし日本の大学の現場では、教育改革や組織改編といった主要なプロセスに学生がかかわる例はまだ少なく、計画段階から学生を巻き込む発想は浸透していません。政策レベルでも、中央教育審議会の答申形成プロセスで学生参加が打ち出され、全国でフォーラムが開かれたことがありましたが、形式的な試みにとどまりました。さらに、学生自身も社会慣習の影響から大学を就職のための通過点とみなしがちで、自らが教育運営にかかわる主体だという意識を持つきっかけもありません。
そこで、このような環境下において学生は大学教育をどのように受け止めているのか、その声に耳を傾けながら大学教育の姿を捉えてみたいと思います。

2.学生に聞く大学教育

学生は大学をどう見ているのか。彼らの声を聞いてみると、日々の授業の小さな不満から大学教育のあり方そのものに踏み込む問題提起まで、実にさまざまな視点が含まれています。ここでは、2024年度に筆者が実施した学科・学年混合のグループインタビューや複数大学のフォーラムでの発言から、その一端を紹介します(大学名、学科名等は匿名化)。

実践型授業について

  • 「フィールドワークやアントレプレナーシップ系の授業は団体で活動できることが楽しく、やらなきゃいけないというより楽しいから身につく」(1年男子)
  • 「フィールドワークは実際に現場を訪れて気づきを得られる」(1年女子)
  • 「パワポを作る、自分の頭で考える…グループワークで実行可能な力やチームワーク力がつく」(3年女子)
  • 「1年次のフィールドワークは課題発見で終わり。行政の人も来るが内容にはかかわらない。地域連携は、企画や解決策、事業化まで進めてこそ意味がある」(2年男子)
  • 「私の所属する学科は個人課題が多い。グループ活動の機会がもっと欲しかった」(4年女子)

学生はグループでの企画や協働にやりがいを感じ、現場体験の楽しさを重視しています。一方で、地域社会との関係性が浅く発表で終わりとなる点に物足りなさを感じており、より実効性のあるアウトプットを求めています。

座学・教養教育について

  • 「インプット型授業は役立つが、アウトプットしないと忘れてしまう」(1年女子)
  • 「基盤科目は座学が多いのでワークがあると良い。少人数のディスカッション授業は満足度が高い」(3年男子)
  • 「1年のときにしっかりインプットできないと次につながらないと思うため、座学はそれほど嫌ではない。実際に今、インプットが活かせることを実感している」(2年男子)
  • 「座学でフィードバックがなく、なぜ単位をもらえたかわからない。フィードバックしてもらったことが、2年、3年で役に立つと思う」(2年女子)
  • 「資格取得の授業はゴールが見えるからやる気が出る。基盤科目の授業は思い出しにくい」(4年女子)

学生の意見から、今の学生は成果として実感できる学びを求める傾向が強く見られます。そのため、インプット授業そのものを否定しているわけではなく、アウトプットの場やフィードバックの不足が不満の原因となっています。知識の必要性を理解する学生もいます。

カリキュラム体系について

  • 「先生方はそれぞれ自分の考えで話をするから全体としてつながらない。4年間で事業構想とは何かを理解せずに卒業する学生もいる」(1年女子)
  • 「とにかくまず実践してから知識を得る流れが身につきやすいと思う」(2年男子)
  • 「実践的な授業が3年から始まるのは遅い。3年生でプロジェクトにやりがいを感じてもっと進めたくても、4年生では就職活動をしなければならない。2年からPBL(Ploject based Learning)があれば3年生でもっと到達できるはず」(3年女子)
  • 「他学科の授業がとれるのは良い。自分が関心を持っていることに気づくことがある」(2年男子)
  • 「建築系を選んだとしても全員が建築に関心があるわけではない。人によってやりたいことが違うから、自分の学びたいことが選べるようになると良い」(4年男子)
  • 「地域を扱う学科では、軸や専門が何になるのか、何を学んだのか発信しにくい」(3年女子)
  • 「多角的・グローバルな視点は学べたが、専門性の点で他大学と比べて不足している。社会のリーダーになるにはまず専門性という現状があるのでは」(4年男子)

学生は直感的に「カリキュラムの一貫性の欠如」や「実践教育の体系とタイミング」を問題視しています。専門性を狭めすぎるリスク、逆に専門の見せ方に自信を持てない不安、就職活動における社会側の認識とのズレなど、大学が現在直面している制度的課題がそのまま学生の悩みに直結しています。

実践力と大学教育について

  • 「横断型プロジェクトは先生達がそれぞれの専門からしか話さないため、どうやって融合させるのかが難しく、自分で考える必要があった」(大学フォーラム発言、4年男子)
  • 「他大学との合同プロジェクトに参加して実践力がついた。苦手だったコミュニケーションも克服できた。ただ、先生がプロジェクトを私物化しがちで広報もうまくなく、参加者が集まっていない」(2年女子)
  • 「主体性とは高校までに身につけるものではないのか。アクティブラーニングやPBLなどを大学に用意されること自体が受け身ではないか」(1年女子)
  • 「楽をして単位を取りたい学生が多いなかで、頑張ることを恥ずかしいと感じてしまう。意欲的になって引け目を感じるとはどういうことかと思う。個人の意識を育てる教育が基盤にあっても良いのではないか」(2年女子)
  • 「教育で思考力をつけた若者を受け入れる土壌が日本社会ではまだまだできていないのではないか。就職先でのガッカリ感が強く今もモヤモヤしている」(大学シンポジウムでの卒業生コメント)

これらのコメントからは、大学の横断型教育の限界や教員側の姿勢への疑問、そして学生間の意識の違いによる葛藤が率直に示されています。また、大学で培った力を社会が十分に受け止めきれていない現実が、学生の失望を生んでいることも見えてきます。

3.学生が教育運営にかかわる真の価値

今回紹介した学生の意見からは、学生が想像以上に大学教育の課題を鋭く見抜いていることがわかります。その視点は、授業手法やカリキュラム構造にとどまらず、教学運営や大学経営にまで及んでいます。こうした定性的な意見はしばしば参考程度に扱われがちですが、実際には改革の検討材料として十分に有効です。それを教育改革にどう結び付けるかは、大学執行部や計画担当者の洞察力と推進力にかかっていると言えるでしょう。

学生の意見を教育運営に取り入れる意義は大きく3つあります。

まず第1に、学生自身への効果です。学生が「自分にとって必要な学びとは何か」を考える契機となり、能力開発の一環として機能します。とりわけグループインタビューなどの交流の場は、他学科・他大学の状況を知って自分の環境を相対化し、行動を起こすきっかけになります。

第2に、大学経営への効果です。学生の声は、その大学の教育の質(すなわち学生の学びの質)を映し出す鏡であり、大学にとって課題を把握する有力な手掛かりとなります。大学は組織構造上、内部の合意形成が難しい場合もありますが、学生の参画を通じて議論が前進する可能性もあります。

そして第3に、社会的な効果です。学生はやがて社会に出る存在です。学生時代に大学教育を自分ごととして考えた経験を持てば、現在とは卒業後の大学へのまなざしが変わり社会人として大学にかかわる姿勢に違いが出てきます。そのような卒業生が増えることで大学と社会の関係性が変わり、より実を伴う産学連携が生まれることが期待できます。

今回取り上げた意見は一部の大学、そのなかでも主体性の高い学生の声であり、学生全体の意見を代表するものではありません。ですが、こうした学生の言葉は、大学教育の構造や運営を見直すうえで欠かせない示唆に満ちています。大学教育改革は社会や企業との共創が重視されていますが、そこに学生を加える視点を持つことで、より充実した改革につながっていくに違いありません。

執筆者

KPMGコンサルティング
スペシャリスト(リードスペシャリスト) 田中 智麻

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