本稿は、KPMGコンサルティングの「Automotive Intelligence」チームによるリレー連載です。
自動車は「走るコンピュータ」へと進化し、今やSDVという新たなステージに突入しています。そこで、「SDVの本質を考える」と題し、さまざまな切り口からSDVについての考察をしていきます。

第4回では、サービスドミナントロジックの5つの公理を考察しつつ、SDVの収益性と社会的信頼を同時に高める最短ルートを探ります。

SDVにおいてサービスドミナントロジックを本格的に活用するためには

Software-Defined-Network(SDN)やSoftware-Defined-Storage(SDS)は、ベンダーごとの違いはあるものの、取引の基本ルールや標準化が進んでおり、TCO(総所有コスト)の最適化や損益評価の手法も整備されています。

一方で、Software-Defined Vehicle(SDV)は、他のSD-Xと比べて、サービスドミナントロジック(SDL)の5つの公理への適合度が低く、その結果として利益創出力が弱い状況にあります。

【サービスドミナントロジックの5つの公理】

1.サービスは交換の基盤である
2.価値は共創される
3.すべてのアクターは資源統合者である
4.価値は使用時に決まる
5.価値共創は制度や制度配列によって調整される

要するに、SDVは依然としてハードウェア中心の価格設定に依存しており、出荷後の価値創出や契約設計が不十分であることが、根本的な課題です。機能単位での課金モデルが先行する一方で、ユーザーの利用状況に基づいた成果が曖昧なままでは、持続的な収益の積み上げは困難です。

【図表1】

SDVをサービスドミナントロジックで稼ぐ_図表1

出所:ページ末尾の公表資料を基にKPMG作成

SDVを活用してサービスを提供したいプレーヤーが立ち返るべき原則は、サービスドミナントロジックの5つの公理です。要点をまとめると、「価値は製品そのものに内在するのではなく、利用の文脈のなかで生まれる」ということです。

つまり、現場での利用状況に応じて、複数のアクターがそれぞれの資源を持ち寄ることでサービスが成立し、そのサービスの持続性は契約・標準化・ガバナンスといった制度によって支えられます。
この「利用時に生まれる価値」を可視化し、それを契約や運用に組み込むことこそが、SDVを真にサービスとして成立させる唯一の道だと考えられます。

現在のSDVの状況を踏まえると、サービスドミナントロジックに適合したアプローチを模索することが不可欠です。そこで、サービスドミナントロジックの5つの公理に基づいた「5つの処方箋」を一緒に考えていきましょう。

【図表2】

SDVをサービスドミナントロジックで稼ぐ_図表2

出所:ページ末尾の公表資料を基にKPMG作成

第1の処方は、ユーザーとの価値共創を「約束」レベルにとどめるのではなく、「運用」レベルにまで引き上げることです。具体的には、出荷後の運用を中心に、イベント対応・インシデント処理・改善活動を高速に回す体制へとシフトし、車両・クラウド・パートナー・ユーザーが一体となって参加する「ライブオペレーション」を常態化させる必要があります。

単に機能を提供して終わるのではなく、ユーザーの使用状況という文脈から得られる学びを、次回のリリースや運用パラメータに即座に反映する循環を構築することが重要です。これこそが、サービスドミナントロジックにおける「価値は共創される」という原則を、日々の業務に落とし込む最短の道筋となります。

第2の処方は、評価の軸を「機能」から「使用」に移すことです。たとえば、ブレーキ制御の新しいアルゴリズムやUIの刷新そのものではなく、急減速の頻度低下、稼働率の向上、エネルギー効率(エネルギーあたりの走行距離)、整備入庫の予防率、事故リスクの実効的な低減といった、「実際の利用状況から観測される価値KPI」を先に定義することが重要です。

そのうえで、ソフトウェアの更新や運用に関する意思決定を、これらのKPIに基づいて行うべきです。テスト結果やリリース数は社内管理には有用ですが、ユーザーにとっての価値を直接示すものではなく、あくまで代理指標にすぎません。使用に強く相関するKPIに評価軸を一本化することが、価格設定や契約設計の確かな土台となります。

第3の処方は、閉じたエコシステムから脱却し、安全性・相互運用性・認証機能を備えたデータ連携の標準へと移行することです。SDVが他のSD-Xに比べて立ち遅れている背景には、車両データの真正性や責任分界が不明確であり、ベンダーロックが常態化しやすい構造があります。

この課題を克服するためには、アイデンティティ管理、ユーザー同意、監査可能性、署名付きイベント、生存権限の最小化といった要素を満たす「認証済みデータポータビリティ」の制度化が不可欠です。これにより、サプライヤー、保険会社、金融機関、自治体、MaaS事業者などが、安全かつ柔軟に資源を統合できる環境を整えることが可能になります。
SD-Securityの成熟度が高いのは、まさにこの領域が契約と標準化によってしっかりと支えられているからです。

第4の処方は、経済性中心の考え方から成果重視へと軸を移し、契約を「アウトカム(成果)」に結び直すことです。サブスクリプションや従量課金は、サービスの入り口としては分かりやすいものの、サービスドミナントロジックの本質は「成果に応じて報いる」ことにあります。

たとえば、事故率の逓減、稼働率の向上、燃料・電力コストの削減、再販価値の維持といった、ユーザーと合意した成果に対して、成功報酬型、シェアードセービング型、最低成果保証付きのハイブリッド料金モデルなどを設計します。
提供者は、成果に対する責任の一部を担う代わりに、運用面で成果をコントロールする権限を持ち、ユーザーと同じ方向を向いて価値創出に取り組むことが可能になります。

第5の処方は、「共創」を単なるスローガンではなく、制度として組み込むことです。たとえば、共創委員会の設置、データガバナンス会の運営、変更審査と事故再発防止の合同レビュー、SLO(サービスレベル目標)の合意と違反時の救済手順、第三者による認定スキーム、アプリ審査と撤回ルール、アクター間の責任分解点を明示した参照契約群など、具体的な「制度配列」を整備することが求められます。

これらの制度を整えることで、組織や担当者が変わっても、共創の仕組みが継続的に機能する土台が築かれます。SDV領域における「ルール設計が供給者主導になりがち」という弱点は、こうした制度をユーザーやパートナーを交えた中立的な設計へと改めることで、根本から解消することが可能です。

結論として、SDVがサービスドミナントロジックを本格的に活用するためには、従来の「機能の売り切り型」から脱却し、「合意された成果を、相互に安全な制度のもとで、運用によって持続的に提供し続ける」体制へと、経営の基準点を移すことが不可欠です。

その実現には、これまで示した5つの処方箋を順に制度化していくことが、サービスドミナントロジックへの着実な接近につながります。すなわち、価値の定義を「使用」に置き直し、それを測定し、共有し、契約に落とし込み、運用によって成果を伸ばすという、この地道で本質的なプロセスを、車両という極めて複雑なサービスに適用する胆力こそが、SDVの収益性と社会的信頼を同時に高める最短ルートになるのではないでしょうか。

【図表3】

SDVをサービスドミナントロジックで稼ぐ_図表3

出所:KPMG作成

※本文内の図表の参考資料は以下のとおりです。
Institutions and axioms: an extension and update of service-dominant logic」(Journal of the Academy of Marketing Science)

執筆者

KPMGコンサルティング
プリンシパル 轟木 光

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