本稿は、KPMGコンサルティングの「Automotive Intelligence」チームによるリレー連載です。
自動車は「走るコンピュータ」へと進化し、今やSDVという新たなステージに突入しています。そこで、「SDVの本質を考える」と題し、さまざまな切り口からSDVについての考察をしていきます。
第3回では、サービスドミナントロジックの視点から捉えたSDVの在り方について考察します。
サービスドミナントロジックの視点から捉えたSDVの在り方と経営への影響
かつてのマーケティングは、「製品」「価格」「流通」「プロモーション」という4Pを使って、モノの取引をどれだけ円滑にできたかで成果を測っていました。しかし、サービス研究が進むにつれて、「価値」は売買の瞬間に決まるものではなく、実際に使われる場面で顧客とともに生まれる、という考え方が重視されるようになりました。これが「サービスドミナントロジック」です。
サービスドミナントロジックでは、製品は単なる「価値の入れ物」ではなく、顧客が価値を生み出す活動に参加するための“手段”と捉えます。つまり、顧客は受け身の存在ではなく、利用のプロセスを通じて価値を一緒につくり出す主体なのです。
【図表1】
出所:ページ末尾の公表資料を基にKPMG作成
この観点からSDV(Software-Defined Vehicle)を捉え直すと、車両ハードウェアは「使うたびに価値を再計算できる場」を提供するプラットフォームへと変わります。機能は「搭載して終わり」ではなく、利用状況や環境、ドライバーの状態、周辺サービスとの相互作用によって、その都度価値が更新されていきます。OTA(Over-the-Air)は、単なる機能配布の手段ではなく、現場に価値を届け、フィードバックを基に再設計するための循環路となります。ログやテレメトリーも、不具合検知だけでなく、どの利用文脈で価値が高まるかを学び、次の設計や価値創造につなげる「価値の観測装置」として機能します。
【図表2】
出所:ページ末尾の公表資料を基にKPMG作成
グッズドミナントロジックの発想のままSDVを扱うと、スペック競争に逆戻りし、「販売時点での一括利益を最大化する」という考え方にとらわれがちです。その結果、顧客が実際に直面する道路状況や支払い方法、アップデートの受け入れやすさといった「利用の現実」が、開発や事業に反映されにくくなります。
一方、サービスドミナントロジックの視点を取り入れると、売上の重心は「売った瞬間」から「使い続けてもらう時間」へと移ります。自動車もSaaSのように、継続的な価値提供や顧客との関係維持の技術が成果を左右します。たとえば安全支援機能は、平均的な道路での精度よりも、ユーザーごとの移動パターンや天候・時間帯に最適化された「その瞬間の可用性」が体験価値を決めます。ナビゲーションや充電計画、エネルギーマネジメント、保険やメンテナンスの提案も、「利用時の成果」を軸に再構成することで、これまで分断されていたサービスが1つの価値ループとしてつながります。
サービスをサービスドミナントロジックの視点で捉え直すことは、経営にも大きな影響を与えます。以下に5つの具体例を紹介します。
1つ目は「継続収益化」への変化です。PCソフトウェアの箱売りからSaaSへの転換や、音楽・DVDの販売から定額配信への移行がその代表例です。取引は「売って終わり」ではなく、「使い続けてもらう」ことが出発点となり、KPIも一度きりの粗利からLTV(ライフタイムバリュー)や解約率へと変わります。
2つ目は「顧客関係の進化とスイッチングコストの上昇」です。スマートフォンのアプリや決済、ID連携のように、サポート窓口やコミュニティは単なる受け皿ではなく、アップデートやライフログ連携を通じて価値を共創する前線となります。こうした関係の深さが移行コストを生み、顧客は“製品”よりも“関係”にロックインされます。
3つ目は「イノベーションと新価値創造」です。動画配信やオンラインゲームの運営が示すように、機能の新しさそのものよりも「改善を回す速度」が競争力となります。仮説を立てて小さく配信し、実際の利用データから学び、再設計してまたリリースする、いわゆるLiveOps(サービスやゲームを継続的に改善・更新する運営手法)の能力が価値創造の主戦場となります。
4つ目は「リスク分散と市場拡大」です。航空機エンジンの利用分だけ支払う方式や、建設機械の稼働保証付きリースのように、モジュールを売り切るよりも「可用性・稼働・成果」に基づく契約の方が、顧客は結果に対してのみ支払い、供給側は需要変動や故障リスクをポートフォリオで平準化できます。
5つ目は「利益の質的変化」です。パッケージ販売による一時的な利益から、エコシステムを起点とした継続的な超過収益へと重心が移ります。つまり、「利益=販売マージン」から「利益=エコシステムの共創価値」への転換が起こるのです。
【図表3】
出所:KPMG作成
サービスドミナントロジックへの移行は、決して万能な解決策ではありません。責任分担や規制、サイバーセキュリティ、データ活用など、さまざまな制約を同時に考慮した設計が不可欠です。しかし、だからこそサービスドミナントロジックの強みが発揮されます。価値を「現場で共創する活動」と捉えることで、規制対応やセキュリティもユーザー体験の一部として組み込むことができます。たとえば、ユーザーに負担をかけずに安全なアップデートを日常的に提供する仕組みや、サービス障害時の代替輸送や補償の透明なルール、データの利用目的と見返りを明確に示すレシートのような仕組みは、いずれも利用時の価値を守るための重要な設計要素となります。
結局のところ、SDVの本質は、「車というモノを、価値を共創するサービスシステムへと変えること」にあります。車両は知識やアルゴリズムを運ぶ媒体となり、顧客はその知識を活用して成果を生み出す共同制作者となります。自動車産業が今取り組むべきは、スペック表の右側に「利用時の成果」「学習速度」「関係資産」「可用性のSLO(サービスが稼働していてユーザーが利用できる状態を維持するための具体的な目標値)」「収益の時間曲線」といった指標を並べることです。サービスドミナントロジックの視点を、今一度見直してみてはいかがでしょうか。
※本文内の図表の参考資料は以下のとおりです。
- 「SERVQUAL A Multiple-item Scale for Measuring Consumer Perceptions of Service Quality」(Journal of Retailing)
- 「サービス品質概念と品質評価尺度の開発」(J-STAGE 消費者行動研究)
- 「Evolving to a New Dominant Logic」(Journal of Marketing)
- 「Institutions and axioms: an extension and update of service-dominant logic」(Journal of the Academy of Marketing Science)
執筆者
KPMGコンサルティング
プリンシパル 轟木 光