はじめに:大企業における新規事業開発の現在地

近年、日本の大企業ではデジタル技術の進展や市場変化を背景に、新規事業開発が活発化しており、CVCや社内ベンチャー、スタートアップとの共創などの仕組みが広がっています。

しかし、こうした取組みにもかかわらず、多くの企業では「新規事業がスケールしない」という課題が顕在化しています。PoCや小規模実証は成功しても、事業化や収益化、さらには数十~数百億円規模の成長に至るケースは少なく、実際にKPMGには「(1)事業アイデアは多数あるが小粒でスケール感がない」「(2)PoCは成功するが、事業化・収益化に至らない」「(3)スケールに必要な投資(ヒト・モノ・カネ)が得られない」といった相談が数多く寄せられています。

【KPMGに寄せられる相談事例】

なぜ新規事業はスケールしないのか?_図表1

出所:KPMG作成

なぜ、大企業は豊富な資金やブランド力を持ちながら、スケールに苦戦するのでしょうか。
本稿では、事業スケールを阻む典型的な課題と、それに対する実践的な打ち手を整理、企業が新規事業を「立ち上げる」から「育てる」へと進化させるためのヒントを提示し、次の10年に向けた成長戦略の一助とします。

1.なぜスケールしないのか?大企業が直面する3つの仕組みの課題

新規事業がスケールに至らない背景には、企業内部の“仕組み”に起因する課題があります。スケールを実現するためには、アイデアの構想段階から評価基準・見極め、そしてローンチ後の体制に至るまで、一貫してスケールを前提とした設計が求められます。しかし、多くの企業ではこの仕組みづくりが十分に行われていません。

【スケールを阻む仕組みの課題】

なぜ新規事業はスケールしないのか?_図表2

出所:KPMG作成

課題(1)事業アイデアのスケーラビリティ不足
新規事業のアイデア自体が、そもそも将来的に十分な市場規模や成長性を持たない場合があります。市場が小さい、競争優位性を築けない、自社アセットとの親和性が低い、こうした要因は、初期段階で見過ごされがちです。

課題(2)事業アイデアの評価基準・見極めが不適切
事業アイデアの評価や投資判断が、スケールを前提としていないケースも多く見られます。

課題(3)ローンチ後の組織・制度支援が不十分
事業立ち上げ後、スケールに必要な知見や制度が不足している企業は少なくありません。専任組織がなく、マーケティング・営業・法務・人材などのリソースを横断的に動かせないため、事業の成長が難しくなります。

2.スケールを実現させる3つの仕組み

新規事業をスケールさせるには、単なるアイデア創出や小規模実験にとどまらず、「構想」「評価・投資」「体制」の3つを企業全体の仕組みとして再設計することが必要です。下図の3点をワンストップで整えることが、スケール実現の確度を高めます。

【スケールを実現させる3つの仕組み】

なぜ新規事業はスケールしないのか?_図表3

出所:KPMG作成

仕組み(1)構想段階でスケーラビリティを組み込む:未来洞察×アセット起点の発想+スケールシナリオの設計
新規事業は、短期的な市場や既存顧客の延長線上のみでは大きな成長が見込みにくいため、将来の成長市場を見据えた構想が不可欠です。そのため、2035年などのターゲット年から逆算し、売上規模の閾値や市場成長性を基準にアイデアをスクリーニングすることが重要です。

具体的には、全社横断ワークショップを実施し、役員を含むクロスファンクショナル・チームでスケール前提のアイデアを量産することも一案です。さらに、出てきたアイデアは初期段階で「どのように10倍・100倍にするか」を複数パターンで描き、スケールシナリオを評価軸に組み込むことで、スケール実現の確度を高めます

【実施イメージ】

なぜ新規事業はスケールしないのか?_図表4

出所:KPMG作成

仕組み(2)スケールを前提とした投資判断の実施:ステージゲートの再定義
ステージゲートは、単にアイデアをふるい落とす仕組みではなく、ゴール(規模×時間軸)から逆算して投資と学習を進めるためのプロセスです。各ゲートでは、必要な投資額や検証要件を明示し、評価基準を顧客・市場、競争優位、収益性、展開シナリオなど多面的に設定します。

そのうえで、資金使途(人件費、R&D、試作、量産設計、販促など)を事前に棚卸しし、スケールに必要な投資を十分に行えるようなルールを設計することが重要です。これにより、投資判断の透明性と継続性を確保できます。

【ステージゲートの設計イメージ】

なぜ新規事業はスケールしないのか?_図表5

出所:KPMG作成

【事業ステージ別のモニタリングすべきKPIイメージ】

なぜ新規事業はスケールしないのか?_図表6

出所:KPMG作成

仕組み(3)ローンチ後の支援体制の構築
新規事業をスケールさせるには、構想段階や投資判断の仕組みを整えるだけでは不十分であり、ローンチ後に急速な成長を実現するための「実行体制」をどう構築するかも、スケールの成否に大きく影響します。ここで重要なのは、既存組織の延長ではなく、スケールを目的とした専任体制と、外部・内部リソースを戦略的に組み合わせることです。

【ローンチ後の支援体制】

なぜ新規事業はスケールしないのか?_図表7

出所:KPMG作成

3.仕組みだけでは足りない:成果を阻む経営者の姿勢と2つの突破口

2章で述べた「仕組み」を整えることはスケール実現の前提条件です。しかし、実際の現場では、これらの仕組みを導入しても期待した成果が出ないケースが少なくありません。その最大の理由は、経営者の姿勢です。新規事業は、仕組みだけでなく、人の意思・行動・合意が伴って初めて成果に結びつきます。特に日本の大企業では、以下のような経営者の姿勢が、仕組みの実効性を阻害しています。

【経営者の姿勢に起因する課題】

なぜ新規事業はスケールしないのか?_図表8

出所:KPMG作成

こうした背景を踏まえると、どれほど優れた仕組みを整えても、経営トップが明確な方向性を示し、長期的な視点で意思決定を行わなければ、仕組みは形骸化し、現場の行動変容も起きません。重要なのは、経営者自らが新規事業を“企業の未来を左右する戦略課題”として位置付け、その意志を組織全体に浸透させることです。では、どこから着手すべきでしょうか。すべてを一度に変えることは現実的ではありません。まずは、経営層と現場の認識を揃え、リソースを引き出すための“起点”をつくることが求められます。そのためのポイントは、次の2つに集約されます。

【取り組むべき打ち手】

なぜ新規事業はスケールしないのか?_図表9

出所:KPMG作成

4.KPMGによる支援

ここまで述べた打ち手は、単独で導入しても効果は限定的です。新規事業をスケールさせるためには、「構想」「評価・投資」「体制」の仕組みを一気通貫で設計し、さらに経営者のコミットメント強化を並行して進めることが不可欠です。

KPMGでは、グローバルにおける知見や最先端の事例を踏まえたインサイトを活用し、戦略立案から運用定着まで伴走し、企業の「1→10→100」を実現するための仕組みと実行力を提供します。

【KPMGの支援事例】

なぜ新規事業はスケールしないのか?_図表10

出所:KPMG作成

最後に

新規事業の成功は「良い種」だけでは不十分です。“よく育つ畑(経営者のコミットメント)”と“育て方(仕組み・運用)”を設計し、投資と学習を確率的に積み上げることが、スケールの成否を分けます。仕組みを一気通貫で見直し、経営者のコミットメント強化と並走させる――それが、次の10年に効く勝ち筋です。

執筆者

KPMGコンサルティング
執行役員 パートナー 青木 聡明
シニアストラテジーアソシエイト 根来 和弘