本連載は、2025年4月より日刊自動車新聞に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。
2024年のタイ四輪自動車市場は、2023年の78万台から57万台へと大幅に減少しました。この背景には、家計債務の増加や自動車ローン審査の厳格化があり、消費者の購買力が低下したことが主な要因です。
一方で、パワートレイン別の構成比には大きな変化が見られました。ハイブリッド車(HV)は2023年の10.9%から2024年には22.1%へと倍増し、電気自動車(EV)も9.4%から12.6%へと増加しています。これは、タイ政府が推進するEV政策の影響が大きく、特に中国系ブランドのEV投入が市場を牽引しています。
ブランド別では、日系ブランドの乗用車シェアが2023年の67.0%から2024年には64.8%に減少した一方、中国系ブランドは17.1%から18.1%へと微増しました。中国系の成長は主にEVの販売拡大によるものであり、タイ市場におけるEVの存在感が高まっています(図表1)。
【図表1:タイにおける四輪自動車市場】
出所:公表資料を基にKPMG作成
※1 1tonPU:ラダーフレーム構造で荷台露出している1t積みトラック
※2 PurePU:1tonPUのうち、荷台がそのまま残る商用車志向のトラック
タイ政府は2030年までに国内自動車生産の30%をEVにする「30/30政策」を掲げ、「EV3.0」および「EV3.5」という段階的な優遇政策を導入しています。
EV3.0は2022~2023年に実施され、補助金や関税・物品税の減免を通じてEV市場の初期拡大を図りました。続くEV3.5(2024~2027年)では、補助金額を段階的に縮小する一方で、より厳格な現地生産義務が課されています。たとえば、2024~2025年に輸入されたEVは、2026年までにその1~1.5倍、2027年までには2~3倍の台数を国内で生産する必要があります。
また、バッテリーのセルやモジュールの現地生産も義務付けられ、サプライチェーンの強化が進められています。EV3.5では新興メーカーの参入も促進され、補助金対象車種や条件の多様化が進んでいます。これらの政策は、タイを東南アジアのEV生産拠点とする国家戦略の一環と見受けられます。
一方、二輪車市場も2023年の186万台から2024年には168万台へと減少しています。EVのシェアは1.1%から1.3%と微増にとどまっており、四輪車市場ほどの成長は見られません。これは、航続距離やバッテリー耐久性への不安、充電インフラの未整備などが原因です。二輪車市場にもEV3.0およびEV3.5政策は存在しますが、実効性には課題が残ります。
四輪市場においては、EV政策によりEVと中国系ブランドが成長していますが、完成車輸入に対するオフセット義務(2026年までに最大1.5倍、2027年までに最大3倍の現地生産)が中国系ブランドにとって大きな負担となっています。中国系ブランドはタイ国内にEV組立工場やバッテリー工場を建設しましたが、値引き競争にもかかわらず需要が伸び悩み、政府はオフセット義務の延期を決定しています。
このような状況下で、日系ブランドは特に乗用車市場でシェアを落としています。今後、タイ市場全体の台数増加が見込めないなかで、日系ブランドはどのような戦略を取るべきでしょうか。
たとえば、過去のベトナムでの事例がヒントになります。1998年のベトナム二輪車市場では、日系ブランドが99.7%のシェアを誇っていました。しかし1999年、中国系ブランドが日系ブランドの3分の1の価格で類似製品を投入し、2001年にはシェア77.1%にまで急成長しました。
日系ブランドは販売台数を減らしましたが、中国系ブランドの品質問題やアフターサービスの弱さが露呈するとともに、ベトナム政府が自国生産・組み立てを強化するために、輸入製品・部品に高い関税を課すなど環境が変化しました。
そのようななか、日系ブランドは「ベトナム専用ローコストモデル」を投入。品質と信頼性を維持しつつ価格を抑え、販売網を強化することで巻き返しに成功しました。2004年には日系ブランドが再び市場を制し、シェア76.0%、販売台数109万5千台を記録しました。
この事例から学べることは、価格競争においても品質・信頼性・アフターサービスという〝見えにくい価値〟の重要性です。成熟ブランドであっても、顧客層ごとの最適価格帯を見極め、現地化とブランド価値の両立ができれば、競争のなかでも再浮上は可能です。
現在のタイ市場でも、中国系ブランドが現地工場や部品サプライヤーに中国系企業を優先する傾向があり、現地企業の参入機会が限られているという声も聞こえます。未来を予測することは困難ですが、過去のケーススタディを活用し、現在の市場動向を正確に把握することで、勝ち筋を見出すことはできるでしょう。今まさに日系ブランドにはタイ市場における新たな戦略を構築することが求められています(図表2)。
【図表2:ベトナムにおける二輪車市場】
出所:公表資料を基にKPMG作成
日刊自動車新聞 2025年8月4日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日刊自動車新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。
執筆者
KPMGコンサルティング
プリンシパル 轟木 光