宇宙開発が進展するなかで、人工衛星の燃料補給や修理、宇宙空間の監視、宇宙ゴミの除去などの「軌道上サービス」の重要性が高まり、民間企業による技術開発が進んでいます。一方で、各国の活動領域の広がりとともに、安全保障上の脅威や課題も顕在化しています。

本稿では、宇宙安全保障の専門家である片岡 晴彦氏(元航空自衛隊航空幕僚長、内閣府宇宙政策委員会委員)を迎え、軌道上サービスや宇宙安全保障の現状、今後のあるべき姿について意見を交わしました。

【インタビュイー】

元航空自衛隊航空幕僚長、内閣府宇宙政策委員会委員
片岡 晴彦 氏

KPMGコンサルティング
執行役員 パートナー 内山 公雄
アソシエイトパートナー 涌井 聡一郎

【聞き手】

KPMGコンサルティング
シニアコンサルタント 間野 晃充

宇宙安全保障と軌道上サービスの最前線_写真1

左から KPMG 涌井、片岡氏、KPMG 内山

人類到達に付随する安全保障の課題

―現在の宇宙安全保障の状況について、どのように捉えていますか?

内山:
宇宙空間は、国家に属さない「共有の領域」であるという意識が長年ありましたが、最近では他国による意図的な妨害行為や、国同士の衛星が追尾し合うなど、これまで考えられなかったリスクが顕在化しています。こうした背景から、宇宙空間における燃料補給、監視、デブリ(宇宙ゴミ)除去などを担う軌道上サービスへの注目が集まっています。

宇宙安全保障と軌道上サービスの最前線_写真2

片岡氏

片岡氏:宇宙空間での活動は今後、静止軌道(地球の周りを自転と同じ周期で回る軌道)から、シスルナ領域(地球と月の間の空間)、月、火星へと拡大していくでしょう。したがって、活動面でも、安全保障面でも、軌道上サービスの重要性が必然的に高まっていきます。

安全保障に目を向けると、宇宙には「主権」が存在しないという特性があり、特に日本では、宇宙は平和で安全であるという「宇宙例外主義」がまだ強く残っています。ただ、地球上で情報優位性を確保するには宇宙の利用が不可欠であり、将来的には宇宙で戦闘が起こる可能性も指摘されています。したがって、「宇宙例外主義」の認識を改めることが、軌道上サービスや宇宙安全保障について考える、本格的な出発点になるのではないでしょうか。

このような背景から、近年米国では、衛星の機動力向上や、GPS衛星の抗たん性(機能を維持・回復する能力)を高めることが重視されています。あわせて、燃料補給や監視などを通して、攻撃の抑止・回避につなげられる軌道上サービスに注目が集まっています。

涌井:中国は、RPO衛星(衛星同士が近接して操作を行う技術を有する衛星)の配置を通じて、軌道上の監視能力を獲得しているとみられています。それに対して欧州では、重要衛星を防護する「ボディーガード衛星」の構想が検討され始めているとも言われています。

片岡氏:RPOは燃料補給や補修などを行うための重要な技術ですが、懸念点として、攻撃を目的とした「キラー衛星」のような形でも利用できることが挙げられます。すでにRPO衛星による偵察行為なども確認されており、脅威となりつつあります。

―軌道上サービスに関する技術開発は、どこまで進んでいますか?

片岡氏:
技術実証は着実に進んでおり、商用化の兆しも見え始めています。たとえば、米国のある宇宙関連企業は通信衛星の寿命を延ばすための軌道上サービス技術を実用化しており、すでに商用契約が成立しています。また、米国の別の宇宙関連企業は「宇宙のガソリンスタンド」として燃料供給サービスを提供しており、日本の宇宙関連企業の衛星がその燃料を他の衛星に運んで、補給するという実証実験も予定されています。

内山:米国では「Space Mobility and Logistics(SML)」という概念が提唱されており、宇宙空間における移動と輸送の能力整備が重要視されています。重要な衛星の周囲に、燃料補給・修理・軌道上点検などを行う衛星を配備することが、宇宙作戦の一環として計画されています。それに伴い、衛星の機動性やマヌーバ能力(自ら軌道を変える能力)が、重要な技術として注目されています。

宇宙安全保障と軌道上サービスの最前線_写真3

KPMG 内山

燃料補給と再打ち上げの経済合理性

―こうした宇宙作戦を運用するにあたり、どのような課題がありますか?

片岡氏:大きく2つあります。1つはコストをどう下げるかという点です。米国の宇宙関連企業によるヒドラジン(衛星の軌道変更や姿勢制御に使われる燃料)の燃料補給サービスでは、1回当たり最大100kgまでとして、2000万ドルの価格が提示されています。この価格帯であれば、燃料を補給するよりも新たに衛星を打ち上げた方が経済的ではないかという議論も出てくるでしょう。

涌井:燃料を補給して衛星を稼働させ続けるのが良いのか、それとも再度打ち上げた方が良いかという経済合理性の検討は非常に重要です。コストパフォーマンスをしっかり分析することが求められますね。

宇宙安全保障と軌道上サービスの最前線_写真4

KPMG 涌井

片岡氏:ただ、衛星の打ち上げコストが徐々に下がっているように、軌道上サービスも商業利用が広がることでコストが下がっていくはずです。軌道上サービスのコストが下がれば、宇宙作戦への活用はますます強化されるでしょう。

涌井:衛星の設計においても、軌道上での燃料補給を前提に補給口のインターフェースを統一するようなサービス対応設計が進んでいきそうです。

片岡氏:はい、おそらく補給口の規格は統一されていくと思います。衛星を製造する段階で統一インターフェースを組み込む必要があるため、宇宙業界ではなるべく早く規格化を進めることが求められます。

ルール作りに不可欠な民間企業と国との対話

片岡氏:もう1つ、“宇宙のガソリンスタンド”となる燃料タンク貯蔵衛星の脆弱性が高い点も非常に難しい問題です。燃料タンク貯蔵衛星は、航空機に給油する空中給油機と同じように、飛行体の活動範囲を大きく広げるのに効果的な存在ですが、他国のターゲットになりやすいのが難点です。同様に、GPS衛星なども攻撃対象となりやすく、これらにどう対応していくか、というのも大きな課題です。

内山:国として民間の事業者に補給や監視をどこまで任せるのか、民間企業からのサービス調達をどの範囲まで行うべきなのかも議論すべきポイントです。

片岡氏:まさに米国では、そうした議論が進められています。新しい技術が次々と登場するなかで、すべてを国が自前で行うことは現実的ではありません。あらかじめ役割分担を明確にしておかないと、場当たり的な調達になってしまう恐れがあります。米国ではその基本的な考え方を整理した「商業宇宙戦略」が策定されており、日本でも同様の戦略を定義しておく必要があると思います。

あわせて、宇宙の安全保障にかかわる民間衛星をどう守るのか、被害を受けた場合の補償はどうするのか、あるいは機微な宇宙サービスを提供する企業が海外企業に買収されたり、倒産したりした場合はどう対応するのか。そうしたことについても、しっかり考えておく必要があります。

内山:企業側には、安全保障に関わっているというある種の自覚が求められますし、国の方でもそれを受け止める契約や補償制度を整える必要があります。企業側と国とがディスカッションしながら進めることが重要になりそうですね。

涌井:たとえば、民間企業が高機動なSSA(宇宙状況把握)衛星やSDA衛星のようなものを提供し、他国の衛星を監視することになった場合、どこまで民間企業の衛星は踏み込んでいけるのか。そうした部分も、しっかりと話し合っていく必要があります。

宇宙安全保障と軌道上サービスの最前線_写真5

左から KPMG 内山、片岡氏、KPMG 涌井

将来のユースケースを見据えた技術開発への挑戦

―日本での近年の宇宙安全保障に関する動きや軌道上サービスの領域について、どのような点に注目していますか?

片岡氏:
日本の宇宙関連予算は、長らく年間3,500億円ほどの水準が続いていましたが、現在では補正予算も含めて9,365億円に達しています(2025年度概算要求)。これはまさに隔世の感があります。また、契約ベースでは6,000億円以上が安全保障・防衛関連に充てられている点や、多数の人工衛星を連携させる衛星コンステレーションに約3,000億円の予算がついた点にも注目したいです。これにより、宇宙安全保障の整備は加速していくと考えられます。

内山:日本政府は2023年に、「宇宙安全保障構想」を策定しました。近年では宇宙関連予算が急増しており、予算措置もスピーディに行われていると感じています。この流れは、政策決定として非常に意義深いものだと思います。

片岡氏:防衛省では2026年に静止軌道の監視能力向上を目的としたSDA衛星の打ち上げを予定しており、2号機の検討も進められています。SDA衛星において重要なのは、米国のGSSAP衛星との連携です。特に2号機については、コンパクトな設計で機動性を確保し、燃料補給の受け口を初期段階から備えることで、軌道上サービスのリーディングプロジェクトとして位置付けることが望ましいと考えます。

また、燃料補給にも早期に取り組むべきです。将来的には、監視衛星、燃料補給衛星、燃料タンク貯蔵衛星などを配備し、米国との連携を通じて安全保障機能を相互に高めていくことが可能になります。

涌井:関連する日本企業は技術開発を迅速に進めるために、ユーザーとなる方々との対話を通じて要件やニーズを的確に取り込んでいく姿勢が求められますね。

片岡:宇宙分野では破壊的な技術革新が起こり得ます。日本企業の皆様には5年、10年先のユースケースを見据えて、ぜひこうした技術開発に挑戦していただきたいです。

※所属や肩書は2025年6月の取材当時のものです。