日本企業の子会社数は年々増加の一途をたどっていますが、これらを管理するグループ本社の人員・ノウハウは不足している状況です。ガバナンス強化への社会的要請が日々高まる中で、多くの日本企業が子会社ガバナンスに課題意識を持ち、実効性のあるガバナンスをいかにして構築すべきか模索しています。

そこで本稿では、日本企業における具体的な取り組み事例をご紹介することを目的として、株式会社クボタ様より、監査部長の田辺 真氏、同・監査第三課長の山根 恒平氏をお招きし、AIを活用した海外子会社のモニタリングの取り組みについてお話を伺います。

インタビュアー = 株式会社KPMG Forensic & Risk Advisory 執行役員パートナー 佐野 智康

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グループの概況と部門の役割

本日はクボタ様におけるDX・AIを活用した子会社ガバナンスの高度化事例についてお伺いさせていただければと思います。よろしくお願いします。まず、御社の事業内容についてお聞かせいただけますでしょうか。

田辺氏:
クボタの事業は、機械、水・環境、その他と3つの事業セグメントで構成されています。連結売上高は約3兆円ですが、そのうち約9割弱が農機・建機・エンジン部品などを手がける機械事業が占めています。水・環境事業は、鉄管や合成管などのパイプシステム、産業機材、環境プラントなどを手掛けています。その他事業は、物流などのサービス事業です。

近年、海外売上比率が増加しており、約8割が海外の売上となっています。グループ会社(関係会社)は国内外あわせて全213社あり、このうち海外子会社は168社です。海外販売網は北米、欧州、オセアニア、東アジア、アセアン、中南米、アフリカなど世界各国に広がっています。

グループ会社がグローバルに展開する中で、監査部門はどのような組織体制となっているのでしょうか

田辺氏:
監査部は3つの課で構成されています。国内監査を担う監査第一課、海外監査を担う監査第二課、そしてIT監査やDX推進を担う監査第三課で、私を含め総勢21名のメンバーがいます。また、主要な海外リージョンである北米・欧州・ASEAN(タイ)・中国・インドや、重要拠点については監査部門を順次設置してきています。

クボタ様のご状況を踏まえて、部門の課題はどのような点にあるとご認識でしょうか。

田辺氏:
3つの事業セグメントにわたって多種多様な製品サービスを世界中に提供していますので監査部としてはグローバル内部監査体制の構築、特に内部統制報告制度(いわゆるJ-SOX)の対象会社に関する整備・推進を重要なテーマと位置付けています。

Japanese alt text: 田辺 真氏

田辺 真  氏
株式会社クボタ 監査部長

仕訳データモニタリングへのチャレンジ

クボタ様にて仕訳データ分析を活用した海外子会社モニタリングに取り組んでこられました。その骨子についてお聞かせください。

山根氏:海外子会社の仕訳データを使って自社のリソースでシナリオベースの分析を行い、モニタリングする仕組みづくりを検討しました。具体的には、過去に発生した内部統制上の不備や誤謬、日本公認会計士協会の実務指針に記載されている不適切な仕訳の事例を参考にしてリスクシナリオを設定し、自前のプログラムを開発してシナリオに合致する仕訳を抽出するという取り組みです。

例えば、ほとんど使用されない勘定を利用した仕訳や、期末修正を含む勘定、通常はありえない組合せの仕訳などが該当します。自社開発プログラムで検出した結果をダッシュボードで可視化して、金額や発生時期、部門等の情報を人の目で見ながら精査対象の伝票をスクリーニングするといった流れで分析を行っていました。

Japanese alt text: 山根 恒平 氏

山根 恒平  氏
株式会社クボタ 監査第三課長

監査部門がモニタリングに取り組む背景

仕訳データを活用したモニタリングに取り組もうと考えたのは、どのような背景だったのでしょうか。

田辺氏:弊社では経営上の重要課題として安全、コンプライアンス、品質の徹底が掲げられています。特にコンプライアンスの点では、グループリスクマネジメント委員会を中心に、内部統制に係るリスクマネジメント活動を行っています。監査部門は、リスク管理の信頼性に関わる部分を担っていますので、しっかりと分析・評価していくことが重要だと考えています。また、一般的に不正のトライアングルというフレームワークがありますが、「動機」「機会」「正当性」のうち、同じ不正を繰り返させないという意味で、内部監査部門としては「機会」をしっかりと潰していかなければいけないという視点が重要だと考えています。

また、企業のガバナンスに関する重要な考え方として、「3ラインモデル」があります。海外子会社において監査部門は第3線にあたりますが、当社グループ全体で見たときは第2線に該当すると考えられますので、クボタ本社の監査部が、独立した機関として最後の砦としての役割を果たしていく必要があると考え、海外子会社のモニタリングを自分たちで実施することをポリシーとしています。

直面した課題

ご説明いただいた仕訳データモニタリングの取り組みを進めるにあたり、いくつか課題に直面したとお伺いしております。その内容についてお聞かせいただけませんでしょうか。

山根氏:具体的には以下の5つの課題に直面しました。

1. 条件に合致した取引しか抽出することができない
仕訳伝票を抽出するために、シナリオ条件を設定します。例えば100万円以上、特定の科目名や摘要のキーワード、科目の異常な組合せなどです。シナリオ分析の大きな課題として、条件に該当する仕訳は取り出せますが、それ以外の仕訳は抽出することができない点が挙げられます。例えば、異常な仕訳の組合せを抽出しようとしたとき、その組合せは数多くありますが、事前に設定した組合せしか抽出できません。1つ1つ細かくシナリオを設定する方法もありますが、会社ごとに勘定科目コードが異なる中、網羅的に対応するのは非常に煩雑で、限界を感じました。

2. 抽出結果の仕訳件数が多すぎて絞込みが大変
仕訳の元データが1ヶ月で数十~数百万件ある中で、シナリオにヒットする仕訳が何千件単位で抽出されるという点です。そこからさらに絞り込むためには多大な労力がかかるので、難しさを感じていました。

逆に、条件を組み合わせて抽出結果を限定しようとなると、今度は最適なシナリオの組み合わせが難しいですし、そのシナリオの組合せが本当によいものなのか判断しにくいという点にも難しさを感じていました。

3. 各社毎の金額的重要性の考慮が難しい
金額的重要性(金額の閾値)について、例えばA社では100万ドルなのに対し、B社では1万ドルといったように、会社の規模感によって設定するのが難しいと感じました。各社の税引前利益の何%に設定するなどやり方はあるでしょうが、会社別にそのような設定をすることも煩雑だと感じていました。

4. データボリュームが多く取り扱いが難しい
とにかくレコード数が多いため、データ処理に苦労しました。Excelやcsvでは到底不可能で、プログラミングが必須でした。我々はPythonを使っておりデータ圧縮のためにparquet形式のファイルに変換して処理する方法をとっていましたが、取扱いに難しさがありました。

5. 限られた人的リソース
自前で開発したプログラムはカスタマイズ可能であるというメリットがありますが、メンテナンスやエラーが発生したときの対応、新たなシナリオを作成する場合に、プログラミングできる人的リソースが限られている点についても課題となっていました。

「AI仕訳分析ツール」を導入した背景

そのような課題を受けて、現在KPMGが提供する「AI仕訳分析ツール」をご活用いただいています。その背景についてお聞かせください。

山根氏:2022年末にChatGPTが登場し、AIがより身近なものとなりました。前述した5つの課題を、AIを使って解決できないか検討するに至りました。先ほどご説明した課題感についてKPMGへ相談する機会があり、思い描いていた取り組みが実現できるという話を伺いました。

その後、KPMGが提供する「AI仕訳分析ツール」のPoC(概念実証)を行い、実際のデータを使って分析した結果、前述した5つの課題をクリアできると評価しました。例えば、1番目の「条件に合致した取引しか抽出することができない」という課題については、AIが複数条件を同時に考慮して分析しており、AIが抽出した仕訳を確認すると、リスクが高い仕訳が抽出されていました。

これらの仕訳を海外子会社に確認した結果、内部統制上の問題が実際に発見され、非常に効果のあるツールだと評価したのが導入の背景となります。

Japanese alt text: 佐野 智康

佐野 智康
株式会社 KPMG Forensic & Risk Advisory 執行役員パートナー

「AI仕訳分析ツール」の活用方法

「AI仕訳分析ツール」をどのようにご活用いただいているのでしょうか。

山根氏:まず、月に1回仕訳データをダウンロードし、数か月分のデータをKPMGが提供する「AI仕訳分析ツール」に投入します。

ツールのAIが、高リスク伝票のランキング上位100件を提示します。ランキング内の伝票には、1.手入力した際に発生する誤った入力、2.売上や費用に関する期間帰属のエラー(当期にいれるべきではない仕訳の抽出)、 3.会計処理の誤り、といったリスクが含まれています。

当ランキングの伝票について、海外監査担当者がツールの時系列分析の機能や、関連する伝票を検索する機能などを活用して精査を行い、海外子会社に質問するサンプル仕訳の絞り込みを行っています。

抽出したサンプル仕訳について、海外子会社にヒアリングし、取引の証拠資料を入手します。その後、監査のコメントを付した報告書を作成し、現地から改善のアクションプランについて回答を得ています。

ツール活用により得られる効果・メリット

この取り組みを通じて、子会社のどのような課題や改善点が発見されていますでしょうか。

山根氏:特徴的なケースとしては主に2つあります。1つは経理業務としての課題改善で、それまで手入力だった仕訳を自動仕訳にするよう仕組み化に繋げることができました。もう1つは内部統制上の課題改善で、システムでエラーを防止できる仕組みの導入に繋がっています。

子会社に対してそのような仕訳を提示した際に、どのような反応が見られますか。

山根氏:
会社によって異なりますが、例えば日本人の駐在者からはこのような処理は知らなかったという反応が多いです。また、課題改善につながるという意味でポジティブな意見も得られています。

この取り組みを開始したことによって、子会社 ガバナンスにどのような影響を与えることができたとお考えでしょうか。

山根氏:
このツールでは、現地の経理部門が修正のために入力している仕訳がよく見つかります。我々としては修正そのものがダメという事ではなく、なぜその修正が入ったのか、そもそもどういう取引なのか、どのようにエラーを発見したのかということを理解することで、 内部統制上の不備やコントロールが効いていないポイントを評価していきます。その上で必要に応じて子会社側に改善アクションを取ってもらいます。こうしたアプローチはガバナンスへの影響という観点でも非常によい方法だと考えています。

このモニタリングの取り組みと、通常の内部監査の違いや役割分担については、どのようにお考えでしょうか。

山根氏:
いわゆる内部統制監査では、例えば販売プロセス・購買プロセスといったそれぞれの業務プロセスに着眼し、売上や購買のデータからサンプリングして検証を行っています。一方で、仕訳データからのアプローチでは特定のプロセスに限らず、包括的に分析することになりますので、様々なリスクをダイレクトに見つけに行くことができると考えています。

Japanese alt text: クボタ監査部が取り組むAIを活用した海外子会社モニタリング

KPMGの支援体制

KPMGのツールおよび担当チームへのご評価についてお伺いできればと思います。

山根氏:まずツールについては、高リスク仕訳が抽出できており、非常に有効なツールだと評価しています。複数の拠点に対して、しかも短時間でこの精度での高リスクの仕訳を見つけるのは、このツールの優れている点だと考えています。

KPMGの担当チームとは、定例MTGを開催しており、非常によくフォローアップをしていただいていると思います。当ツールを使用する中で、機能追加に関する要望を出させて頂くことがあるのですが、適時に修正を対応いただいており非常に助かっています。

今後の展望

当ツールの活用について、今後の展望があればお聞かせください。

田辺氏:まずは分析対象会社の拡大です。今年度、 J-SOX対象の欧州1社、インド1社、北米2社を追加し、28社まで拡大する予定です。来年度以降も海外子会社の拡大について検討していきたいと考えています。

次に海外リージョンの内部監査人による活用です。2025年3月下旬、北米・欧州・インドなどの海外リージョンの   内部監査人との意思統一、情報の共有化、現地での高度化を狙いとして、Group Auditors MTGを3日間開催しました。その中で、グローバルの取り組みについて説明したうえで、彼らに対して、この取り組みを説明したところ、大変好評を得ており、更なる活用に結び付けていきたいと思っています。海外の監査人からも、実際にツールを使ってみたいという意見もありました。

将来的には各リージョンでもツールを直接使って監査品質の向上を推進しながら、クボタ本社での確認も行うことで、グループ全体でのモニタリングを実施していきたいと考えています。特に仕訳そのものの理解については、現地の監査人の方が優れていますので、彼らが自身で分析することは大きなメリットであると考えています。

最後に

本日は、DX・AIを活用した子会社ガバナンスの強化に向けた取り組みについて、示唆に富んだお話がお伺いできました。改めまして、貴重なお話をいただきありがとうございました。

Japanese alt text: クボタ監査部が取り組むAIを活用した海外子会社モニタリング

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