本稿は、KPMGコンサルティングの「Automotive Intelligence」チームによるリレー連載です。
自動運転が本格導入されたとき、輸送ビジネスのコスト構造はどう塗り替えられるのでしょうか。KPMGで行った簡易シミュレーションの結果は、そのインパクトを直感的に示しています。前提は自動運転レベル4および5相当の「完全自動運転」、つまりタクシーでいうと乗務員を乗せない運行形態です。
本稿では、現在のタクシー、路線バス、輸送トラックそれぞれの総コストを100とおき、同じサービスを自動運転化した場合のコスト水準と内訳を説明します。
なお、本文の数値はKPMGで行った簡易シミュレーションの結果を基にしています。
【それぞれのサービスでの運送コスト比較(KPMGによる簡易シミュレーション)】
出所:KPMG作成
自動運転が再設計する輸送産業の収益構造
まずタクシーは劇的なコスト低減効果が見込まれます。人件費が総コストの7割強を占める現在のビジネスモデルにおいては、運転手をなくすだけで労務コストが73.1%から5.1%へほぼ一気に蒸発します。その一方で、LiDARや高精度センサー、冗長制御系を搭載した車両は高単価となり、車両減価償却費は1.9%から12.0%へ、予防整備も含む維持費は5.2%から11.4%へそれぞれ上昇します。それでも差し引きで総コストは51.7%低下し、ほぼ半減という結果になりました。労働集約型サービスほど自動運転のペイオフが大きい、というセオリーが数字で浮き彫りになった状況です。
バスは乗務員コストの占める割合が57.0%とタクシーほど高くはありませんが、それでも運転手を不要とするメリットは大きく、労務費はタクシーと同様に5.1%へ急減します。車両単価の上昇(減価償却費14.0%)、点検頻度増加による整備費10.5%などの増加要因を飲み込んだうえで、総コストは39.4%削減される可能性があります。都市部の公共交通事業者が自動運転への投資を検討する際、「初期導入費はかさむが回収は十分に見込める」と判断しやすい背景がここにあるのではないでしょうか。
輸送トラックでは人件費率が56.2%から10.3%へ下がるものの、長距離用車両の大型センサー冗長化が割高に響き、減価償却費は15.8%、維持費は13.1%に伸びます。結果として総コスト削減幅は32.0%にとどまり、タクシーやバスほどの数字とはなりませんでした。それでも3分の1のコストカットは物流業界にとって十分に魅力的であり、ドライバー不足と労働時間規制の課題を抱える現状を考えれば、自動運転に対する期待は高まる一方であると予想されます。
これらの簡易シミュレーションにはいくつか留意するポイントがあります。第一に、燃料費は「変化なし」との前提条件になっていますが、電動化や水素燃料電池・水素エンジンとの組み合わせ次第ではこの部分のコストは変動する可能性があります。第二に、遠隔監視オペレーターのコストや追加保険料などは織り込まれていない点です。第三に、車両価格は量産効果によって、また今後の技術発展によって下落する可能性が高く、減価償却費の上昇幅は中長期で縮小する余地があります。つまり、この簡易シミュレーションは「現在想定し得る保守的なコスト」であり、技術普及とスケールメリットが進捗すれば、さらに下方シナリオも描ける可能性があります。
その場合においても一貫して言えることは、労務費という最大の費用を取り除く威力です。タクシーは半額以下、バスは4割減、輸送トラックも3割減という規模感は、都市交通の運賃政策や物流料金体系を根底から揺さぶる可能性があります。ひいては市場参入障壁を下げ、多彩なオンデマンドモビリティやマイクロフルフィルメント物流が事業化しやすくなる可能性があります。
自動運転は単なる「運転手の置き換え」ではなく、輸送産業そのものの収益構造と価格弾性を再設計する起爆剤になるかもしれない、この簡易シミュレーションは、そのパラダイムシフトの輪郭を鮮明に描きだしているのではないでしょうか。
執筆者
KPMGコンサルティング
プリンシパル 轟木 光