本稿は、KPMGコンサルティングの「Automotive Intelligence」チームによるリレー連載です。

自動運転レベル3の研究・実装が世界で進んでおり、国際規格UNR157の拡張や各国の法整備により、技術だけでなく保険・責任の枠組みも変化しています。
本稿では、日本・欧州・米中の対応の違いや、企業に求められる戦略について解説します。

1.自動運転レベル3

自動車の自動運転レベルは国際規格SAE J3016で定義されています。そのなかで「レベル3(条件付き自動運転)」は運転主体が一時的に車両側へ移る点で、技術だけでなく法務や保険の仕組みまで書き換える力を持ちます。

運転者はあらかじめ定義された運用環境(たとえば車線境界が明瞭な高速道路)に入れば前方を注視する義務を免れますが、自動運転システムが「引き継いでください」と要請したら数秒以内に運転操作に戻る必要があります。この「条件付き」という性格が、どこまでを機械に任せ、どこから人に責任を戻るのかという境界線をめぐる国際ルール競争を呼び込んでいます(図表1参照)。

【図表1:自動運転レベル3における責任の流れ(概念図)】

条件付き自動運転の時代へ:技術よりルールがビジネスを決める_図表1

出所:KPMG作成

現在、その競争の中心にあるのが国連欧州経済委員会(UNECE)の規則第157号(以下、UNR157)です。UNR157は2021年に発効し、当初は60km/h・渋滞時のみ作動する自動運転(低速ALKS)を対象としていましたが、2023年の改正で上限速度が130km/hになり、自動車線変更も認められました※1。対象車種も乗用車だけでなく大型商用車にまで拡大し、レベル3はもはや「渋滞専用の高価な付属機能」から「高速道路の日常装備」へと機能拡大したことになります。

UNR157がユニークなのは、ハードウェアの性能だけでなくサイバーセキュリティ管理(UNR155)とソフトウェア更新管理(UNR156)への同時適合を型式認証の条件にしている点です。走行中も常時ネットにつながり、無線(OTA)でソフトウェアの更新や機能が書き換わるSDVを前提に「走るITプラットフォーム」を審査するのです。この三位一体の仕組みにより、開発段階からサイバー攻撃の耐性、更新後の安全性、データ記録装置による事故時の説明責任がパッケージとして要求されることになりました。

2.各国の対応

国連欧州経済委員会(UNECE)には2つの協定があります。1つは1958年協定で、車両および部品の安全・環境基準を国際的に統一し、その型式認定を相互に承認するための枠組みです。これにより加盟国間での自動車関連製品の流通が円滑になり、重複する試験や認証が不要となります。

もう1つが1998年協定で、車両および部品に関する技術規則を策定する枠組みです。これは各国規制当局が自国の法規に導入できる国際的な性能基準を提供し、基準の国際的な調和を促進することを目的としています。

英国を含む欧州各国と日本は1958年協定および1998年協定の加盟国ですが、米国と中国は1998年協定のみの加盟です。このためUNR157は欧州および日本では相互認証法規として活用されますが、米国・中国では使われません。

たとえば日本では道路運送車両法を改正し、データ記録装置やリスク最小化制御(システムが限界を迎えた際に安全に停止する動き)を制度化しました※2。また英国は2024年に「自動運転車両法」を制定し、レベル3・4で事故が起きた場合の責任主体を明確にしたうえで、UNR157を国内法に落とし込みました※3。保険や賠償のフレームワークが整い、2027年の大量導入を見据えた移行プログラムが走り始めています※4

対照的に米国は連邦レベルの包括法がなく、NHTSAが性能ベースの自主ガイドラインを示すにとどまり、州ごとに法規が分断された「パッチワーク」状態が続いています※5※6。この結果、各社は私有車向けに監視義務を残したレベル2+の延長線に投資を集中させ、都市限定のロボタクシー(レベル4)や商用車向け自動運転に投資を振り分ける傾向が出ています。

さらに中国は2025年4月、中国工業情報部(MIIT)が広告表現からベータテスト、遠隔呼び出し機能、OTAまでを厳格に統制する新規制を打ち出しました。運転者不在の機能は原則禁止とされ、「自動運転」「スマート運転」など誤解を招く表現も封じられ、安全最優先へと舵を切った格好です。

こうして世界を眺めると、欧州・日本・英国など「UNR157収斂圏」は、ほぼ同じ仕様で量産車を展開できる反面、米国と中国という「発散圏」では追加試験や機能制限が避けられず、開発コストと導入時期がばらつく可能性を否定できません。そこで企業側には3つの課題が浮かび上がります。

1つは開発・検証段階にて、リアルワールドで何百万キロを走行して機能や安全性を証明する従来手法から、仮想環境と実車試験を往復するデジタルツイン型プロセスへ移行する必要があるのではないかという点です。この場合、認証含めたデジタルの使い方が鍵となります。

次に部品サプライチェーンにおいて、冗長制御用電子ユニット、車内イーサネット、ドライバーモニタリングカメラなど「規制適合済み」部品の需要が急伸し、市場ごとに機能のオン・オフが可能なモジュラー設計力が重要となってくる可能性があります。市場ごとの対応がここでは鍵となります。

最後に責任と財務の面では、システム稼働中の事故賠償を自動車OEMが負う可能性が高まるため、保険会社と共同でリスクファンドを組成し、走行データを用いて保険料を動的に算出するモデルが不可欠になる可能性があります。機械に100%安全はありません。また自動運転と人による運転が共存する時代が続きます。事故は減少する傾向にありますが、「0」にすることができないことを前提とした枠組み作りが必要となります。

3.自動運転ビジネスに求められる戦略

このように条件付き自動運転の時代、即ち技術よりルールがビジネスを決める時代において、自動車産業のプレーヤーはどのような戦略で対応すべきなのでしょうか。現段階で考えられる戦略について、以下に考察します。

規制が整った地域で早期投入しデータを蓄積する市場先行投入戦略は、規制が未整備あるは独自色の強い市場で当局と交渉する際の有力な交渉カードになる可能性があります。積極的に自動運転ビジネスにより競争優位を獲得したいプレーヤーにとっては最も有効な戦略です。また法規制環境が複雑化する市場で事業機会を逃さないためには、SDVの設計思想を採り入れ、規制が整った地域で投入したハードウェアをベースに地域ごとの機能要件をOTAで有効化・無効化できる柔軟性を持たせることが重要となります。

最終的に自動運転ビジネスでの鍵を握るのは「技術の高さ」よりも「社会がどこまで責任委譲を受け入れ、システムに信頼を寄せられるか」という点になるでしょう。事故原因を追跡できるデータ記録装置、透明なリコール対応とOTA含めたアップデートの手続き、これらはすでにUNR157などに明記されていて、企業はその条文とビジネスの成立性から意思決定する段階ではないでしょうか。

自動運転レベル3は、設定当初からその役割が拡大して、運転の負担を軽減する技術から、社会契約そのものを書き換えるインフラに見えてくる可能性があります。その先の完全自動運転までを見渡して、ルール設計を先読みし、技術・法務・保険などを同時に設計できる企業が、将来の自動運転ビジネスの主導権を握るのではないでしょうか(図表2参照)。

【図表2:自動運転レベル3成功の鍵】

条件付き自動運転の時代へ:技術よりルールがビジネスを決める_図表2

出所:KPMG作成

執筆者

KPMGコンサルティング
プリンシパル 轟木 光

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