本稿は、KPMGコンサルティングの「Automotive Intelligence」チームによるリレー連載です。

自動運転の「眼」であるセンサーについて、カメラ中心のソフトウェアの面とLiDARなどによるハードウェアの面から考察し、自動運転の安全性の設計思想が変化しつつある状況を解説します。

自動運転の「眼」をめぐる対立と融合

自動運転の「眼」をめぐる対立は、単なるセンサー選択の議論を超えて、ソフトウェアとハードウェアのどちらに冗長性の主戦場を置くかという哲学的対立に発展しています。片やソフトウェア陣営は、カメラ中心の巨大データとニューラルネットワークを武器に「知的冗長性」を構築しようとしているようです。もう一方のハードウェア陣営は、LiDAR・ミリ波・カメラといった原理の異なるセンサーを物理的に重ねることで「構造的冗長性」を担保しようとしています。両者は似て非なる安全観に立脚し、同じ「完全自動運転」という頂を異なる登山道から目指しているようです。

黎明期の研究車両ではLiDARが不動の基盤でしたが、量産車への展開を意識すると、その高コストと筐体サイズの大きさが早くから壁になっていました。結果としてソフトウェア陣営は「人間が眼だけで運転できているのだから、AIも同様にカメラだけで運転できるはずだ」とする発想が生まれ、レーダーやLiDARを外してカメラオンリーへ舵を切りました。しかしこのアプローチは、豪雨や逆光といったカメラが苦手とする環境で、認知の物理的限界といった課題があります。最近では、ソフトウェア陣営が高分解能の4Dミリ波レーダーの追加搭載を検討し始めたこと自体が、その弱点をアルゴリズムだけでは埋めきれない可能性があると認めた証左ではないかといった声があがっています。

【図表1:各センサーの特性】

冗長性の二律背反~自動運転の「眼」を巡るソフトVSハードの攻防_図表1

出所:KPMG作成

一方のハードウェア陣営は、早期から「センサーは多いほど安全」とする古典的な機能安全思想を守ってきました。ですが量産を視野に入れればコストは無視できません。ここで決定打となったのがLiDARのソリッドステート化でした。小型化、低コスト化、信頼性向上、設置場所の自由度向上などそれまでの回転型のLiDARから様々な面で向上し、さらに中国を中心としたアジア市場での量産効果があり、コスト削減が進みました。LiDARは「高コストのために普及しない」という旧来の前提を覆し、ハードウェアによる冗長性モデルを一気に現実的な選択肢へと押し上げました。

技術そのものも、分水嶺をあいまいにしつつあります。4Dミリ波レーダーは高さ方向の分解能を加え、従来のレーダーよりもリッチな点群を生成できるため、LiDARに匹敵する空間認識力と全天候性能を両立し得ると期待されています。ソフトウェア陣営がこれを採用し、ハードウェア陣営がカメラの画像処理を強化する動きを見せる今、両極は“収斂”のフェーズに入りつつあるのではないでしょうか。

もっとも、最終的な基準は市場でも企業のイデオロギーでもなく、規制当局の安全要件で決まります。国連欧州経済委員会(UNECE)や米国のNHTSAは、どのセンサーを使うかを条文で指定せず、性能ベースで型式認証を与える「技術的中立性」を一貫して掲げています。つまりメーカーは、自社システムが定量的テストで安全性を証明できる限り、カメラ単独でも総合センサーシステムでも自由に選べることができます。競争の行方を決めるのは規制試験場と実走行データであり、決して局地的なPR合戦ではありません。

【図表2:規制当局の性能試験比較(一部抜粋)】

冗長性の二律背反~自動運転の「眼」を巡るソフトVSハードの攻防_図表2

出所:末尾の参考サイトを基にKPMG作成

現時点での趨勢を整理すると、量販の自動運転レベル2+車両ではコスト効率を重視した「カメラ主体+高性能レーダー」のハイブリットが有力視される一方で、自動運転レベル3以上の法規責任がドライバーからシステムに移る領域では、異種センサーによる冗長性を備えたマルチセンサーによるデータ融合が当面の標準となる可能性があります。もっとも、この線引きも固定化されているわけではありません。ソフトウェア陣営がデータ収集を重ねてAIモデルを進化させれば、物理センターの数を減らしても十分な安全を達成できる余地が広がります。逆にハードウェア陣営がLiDARの低価格化と4Dミリ波レーダーの統合を加速させれば、フル冗長システムのコスト高は縮小し、量産セグメントでの解決策になる可能性があります。

要するに「カメラかLiDARか」という二元論はすでに時代遅れであり、冗長性はハードウェア層とソフトウェア層をシームレスに行き来するスペクトラム上の最適点として再定義されつつあります。規制当局が技術的中立性を維持する限り、勝負を分けるのは「どのセンサーを何個積むか」ではなく、「限られたコストでいかに相互検証ループを設計し、実証データで安全性を証明するか」となります。ソフトウェアとハードウェア、2つの冗長性哲学は相互に刺激し合いながら、最終的には統合された知覚スタックを完成させるのではないでしょうか。この統合こそが、複雑な現実世界を完全に航行する次世代モビリティの「眼」となるのでしょう。

執筆者

KPMGコンサルティング
プリンシパル 轟木 光

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