1.はじめに

欧州委員会は2025年5月、企業の持続可能性報告に関する規制を大幅に簡素化し、企業の競争力を強化することを目的とする「欧州オムニバス法案」の第4弾を提案しました。これには、欧州バッテリー規則(電池規則、Regulation(EU)2023/1542)のサプライチェーン・デューデリジェンス(DD)義務適用開始の2年延期(2027年8月以降適用)が含まれています。

ただし本法案には、企業に課される義務事項自体の緩和は含まれておらず、むしろ準備期間が延びたことに伴い、企業によるより質の高いデューデリジェンス実施への期待が高まっています。この2年という期間を無駄にすることなく、自社のサプライチェーンに潜む人権・環境リスクについて時間をかけて特定し、是正・救済に取り組むことで、サプライチェーンの透明性と質の向上を実現すれば、顧客企業から“選ばれるサプライヤー”となる1つの差別化要因となるでしょう。

2.欧州バッテリー規則とは

欧州バッテリー規則は環境目標と資源循環を両立させるための新しい規則で、主として以下の4つを事業者に義務付けるもので、EU市場で製品が流通している場合などは、日本企業でも義務の履行を求められることがあります。

(1)サプライチェーン・デューデリジェンス:コバルト・天然黒鉛・リチウム・ニッケルなどの高リスク原料のサプライチェーンにおける人権・環境リスクの特定および是正と、第三者検証の取得。デューデリジェンス方針制定や社内管理体制の構築、苦情処理メカニズムの構築。

(2)カーボンフットプリント(CFP)算定・申告:排出量の算定・公表と、閾値規制。

(3)デジタル登録:電池に記載されたQRコードに製品情報と環境指標を紐づけてデータベースに登録。

(4)リサイクル材料の利用促進:リサイクル材料の含有率目標を設定。

【図表1:欧州バッテリー規則の主要な要求事項】

欧州バッテリー規則の延期:ビジネスへの影響と対応策_図表1

出典:欧州バッテリー規則等を元にKPMGにて作成

3.欧州オムニバス法案概要

今回、欧州委員会より2025年5月に「欧州オムニバス法案」の第4弾が提出され、欧州バッテリー規則におけるデューデリジェンス義務の適用日は2027年8月へ2年延期となりました。ただし、デューデリジェンス義務を負う事業者が満たすべき中核要件(バッテリーデューデリジェンス方針の策定、責任者の任命、苦情処理メカニズムの構築リスク評価・是正・報告・第三者検証)に関する条項に変更はありませんでした。もちろんCFP や電池パスポートの期限にも修正はありません。

また今回、適用開始日の延期とともに、デューデリジェンスに関するガイドラインの公表時期を2026年7月へ後ろ倒すことが公表されました。ただ、ガイドライン自体は法的拘束力を持つ文書ではなく、あくまで規則本文を補完する役割にとどまることから、事業者が満たすべき要件に大きな影響を与えることは考えにくいです。

もちろん、「欧州オムニバス法案」の志向する企業の負担軽減・競争力強化の文脈において、今回、デューデリジェンスの公開報告の頻度を毎年から3年に1度に軽減することと、中堅企業(Small Mid-Cap Companies)に対して一部の要件を緩和することが公表されましたが、前者は要件の内容自体ではなく実施頻度の緩和であること、また後者はグループ連結売上高1.5億€以下という非常に限られた企業にしか適用されないことから、依然として多くの企業が欧州バッテリー規則への対応を余儀なくされるものと考えられます。

【図表2:欧州バッテリー規則をめぐる欧州委員会の動き】

欧州バッテリー規則の延期:ビジネスへの影響と対応策_図表2

出典:欧州バッテリー規則等を元にKPMGにて作成

【図表3:欧州委員会のオムニバス法案(IV)公表内容】

欧州バッテリー規則の延期:ビジネスへの影響と対応策_図表3

出典:欧州委員会の発表内容を元にKPMGにて作成

4.予見される動向

適用開始日の延期を受け、企業は「追加の時間は得たが、課題は増えた」状況に置かれています。準備期間が十分に与えられた分、顧客企業からのリスク管理に対する要求度合いや、第三者検証における検証項目の範囲・難易度も拡大されることが予想されます。

欧州バッテリー規則は欧州市場に上市する電池製品を対象とした規則ではありますが、欧州企業に限らず、日本の大手自動車メーカーを筆頭にEUに製品を輸出する多くの日本企業が本規則への対応を粛々と進めています。今回の適用開始日の延期を受けても、一定の企業はサプライチェーン・デューデリジェンスの取組みを引き続き継続する傾向がみられることにも注目が必要です。自動車メーカーだけでなく、EUに輸出を行うあらゆる企業を顧客に持つ企業にとって、サプライチェーン・デューデリジェンスの履行レベルは、今後の取引関係や受注可否に直結する重要なファクターの1つとなり得ることを自覚する必要があります。

第三者検証においても、今回の適用開始日の延期は大きな意味を持ちます。欧州委員会は、適用開始日の2年延期の背景の1つに、第三者検証機関の任命と準備の時間を十分に確保する必要があることを挙げています。2年の準備期間が与えられたことにより、第三者検証機関は検証プロセスを慎重に精査し、検証担当者は十分なトレーニング期間を得ることとなります。

EU市場に電池を上市しようとする事業者は、2027年8月までに第三者検証機関の検証を受け、承認決定を得る必要があります。この検証と承認のハードルは、適用開始日の延期により、確実に上がったと言えるでしょう。

【企業側のベストプラクティス】

  1. 欧州バッテリー規則に対応した社内管理体制の構築(バッテリーデューデリジェンス方針の策定、責任者の任命、苦情処理メカニズムの構築)等、社内の広範な部署や関連会社との調整が必要な部分には早期に着手しておく
  2. 二次サプライヤー以降の事業者が明確でない場合は、一次サプライヤーへの聞き取りを通じて早期にサプライチェーンの可視化を行い、下流事業者の要求に応えられる準備をしておく
  3. サプライチェーン・デューデリジェンス(サプライチェーンにおける人権・環境リスク調査、リスク評価、是正措置)を実施し、第三者検証が開始された際に、迅速に申込・受検・是正対応ができるようにする
     

5.まとめ

欧州バッテリー規則は、対象鉱物の採掘から製錬、電池製造に至るまでのサプライチェーン全体を通じたリスク対応を企業に求めており、デューデリジェンス義務においては苦情処理メカニズムを含む社内管理体制の構築から第三者検証機関による検証・監査までも要求される、比較的厳しい規則です。適用開始日は2年延期されたものの、体制構築にかかる時間は企業によって大きな差があり、必ずしも十分な時間が残されているとは言えません。

今回「欧州オムニバス法案」が提出された背景からもわかるように、法令対応が企業にとって大きな負担であることは事実です。しかし一方で、欧州バッテリー規則はサプライチェーンを通じて児童労働や強制労働、森林減少、水質汚染、生物多様性の損失を最小化するための重要な規制の1つであり、これに適応することは、単に規制の遵守を超え、企業の社会的責任と人権・環境への配慮を示す機会ともなります。

さらには、今後適用が開始されるCSDDDなどの各種デューデリジェンス義務履行への足掛かりとして、欧州バッテリー規則対応は大きな役割を果たすと考えられます。企業にとって、欧州バッテリー規則への適切な対応を実施することは、グローバルで持続可能なビジネスモデルへと移行するための、未来に向けた投資と言えるでしょう。

欧州バッテリー規則対応に係るKPMGの支援

KPMGは、豊富な実績を通じて培ったノウハウや、グローバルネットワークを活用した対応方針の策定やリスクと機会の分析、戦略策定・目標の設定等、サステナブルサプライチェーンの実現に向けたさまざまな支援を行っています。お気軽にお問い合わせください。

欧州バッテリー規則の延期:ビジネスへの影響と対応策_図表4

執筆者

KPMGコンサルティング
シニアマネジャー 荒尾 宗明
シニアコンサルタント 白石 乃里子

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