近年、企業のサプライチェーン全体における人権侵害や環境破壊を防止するための規制が、欧州を中心に急速に拡大しています。日本国内でも「責任あるサプライチェーン等における人権尊重ガイドライン」や公共調達契約への導入などが進められ、近い将来の国内法制化も示唆されています。
本稿では2024年12月に、「指令(Directive)」から「規則(Regulation)」へと格上げされた欧州の「強制労働製品禁止規則(REGULATION (EU) 2024/3015 of the European Parliament and of the Council on prohibiting products made with forced labour on the Union market and amending Directive)」(以下、「FLR」)に関して、主要なポイントを確認し、日本企業への影響および企業がいま取るべき具体的な方策を検討します。
1.EUの強制労働製品禁止規則(FLR)
適用対象となる主体 |
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適用対象となる客体 |
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禁止行為 |
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(2)FLRの適用開始時期とスケジュール
FLRの主要な義務規定は2027年12月14日から適用されることになっています。
また、欧州委員会は、2026年6月14日までに強制労働リスクについての地域・製品のデータベースを公開すること、FLRに関するガイドラインを作成することを予定しています。
(3)規則の主なポイント
FLRで規定されている内容のうち、主なポイントは以下のとおりです。
- 強制労働の定義
ILO条約第29号の定義に準拠し、「本人が自発的に提供していない労働を、罰則または脅威を背景に強要する」形態を広く包含する。児童労働や国家による強制労働(state-imposed forced labour)も対象となる。 - 当局による調査
当局によって強制労働製品の違反がないか調査が実施される。調査は予備調査と本調査の2種類があり、予備調査によって強制労働違反の実質的な懸念(substantiated concern)が認定された場合のみ、本調査が実施される。調査はリスクベースのアプローチに従うことが定められており、(1)強制労働の規模と深刻さ、(2)EU市場に供給された製品の数量、(3)最終製品に占める強制労働による部分の割合を踏まえて、優先順位を付けて製品や事業者の調査が行われる。
また、強制労働が発生している可能性のある場所への距離が近いこと、当該地域への影響力の強い事業者であること、事業者の規模・資力・サプライチェーンの複雑性などを考慮に入れて調査対象が決定される。 - 事業者の対応義務
予備調査において、当局から要請された場合、強制労働のリスクを特定、防止、緩和、終結または是正するために事業者が講じた措置について、30営業日以内に情報提供しなければならない。
本調査において、当局から要請された場合、以下のような調査に関連して必要な情報を、30〜60営業日以内の設定された期限内に情報提供しなければならない。
・調査対象の製品を特定する情報
・調査を限定すべき製品の部分を特定する情報
・それらの製品またはその部分のメーカー、生産者、製品供給者、輸入者または輸出者を特定する情報
(4)強制労働製品と決定された場合の処分・罰則
当局により製品が強制労働製品と認定されると、EU市場での供給および輸出が禁止され、既に流通した製品の回収や処分が命じられます。事業者には一定の遵守期間が与えられ、それに従わない場合は、当局が製品の引上げ等を行い、罰則が科される可能性があります。一方、決定が下された後であっても事業者が強制労働を排除すれば決定の撤回も可能です。
処分 |
(1)EU市場での供給・輸出の禁止 (2)既に供給された製品の引上げ (3)製品の処分(全部または一部)
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罰則 |
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決定の撤回・再審査 |
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(5)他のEU法令との関連
欧州では、人権・環境に対するデューデリジェンス(DD)を横断的に義務付ける枠組みとして、CSDDD、EUDR(欧州森林破壊防止規則)、バッテリー規則といった複数の法令が整備されています。
これらはいずれも国・地域を越えて適用され、サプライチェーンの上流(採掘・農業・製造工程)で発生し得る労働搾取や環境破壊を制御しようとする狙いを持ちます。これらDDに係る複数の法令は、一体として取り組むことで、有意な点が多くあります。もっとも、FLRを含めた各法令には多くの相違点があるため、企業は各法令の要件を体系的に整理し、統合的なアプローチを行うことによってサプライチェーン全体を包括的に点検する体制を整備することが重要です。法令の共通点や差異を踏まえた企業のアプローチの詳細については、別途紹介予定です。
また、欧州委員会は2025年2月に、CSRD(企業サステナビリティ報告指令)・CSDDD・CBAM(炭素国境調整メカニズム)等の人権・環境に対するDD実施義務や開示義務を簡素化するオムニバス法案を発表しました。
当該法案は一見すると規制緩和への動きと捉えられがちですが、手続重複の緩和と基準の明確化を通じた、適切かつ効率的なDDの推進が狙いであり、人権や環境に対する国際的な潮流が大きく変化したわけではありません。企業がここで対応を後回しにすれば、将来的に規制強化や市場からの信頼喪失といった深刻なリスクを招きかねません。今後もDD体制を含めたサプライチェーンマネジメントの高度化に取り組むことが必要となります。
2.日本国内の動向
日本国内においても企業の人権に対する取組みへの要請は一層高まっています。2022年9月に公表された経産省の「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」では、国連ビジネスと人権に関する指導原則(UNGP)やOECDガイダンスを踏まえ、日本企業が取り組むべき人権DDの基本的考え方を整理しています。
現時点では法的拘束力はありませんが、2023年4月には具体事例や実務ツールを示した「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」が追加公表され、さらに同時期に政府が公共調達契約書へ人権配慮義務を導入するなど、「準義務化」へ向けたステップが着実に進んでいると言えます。
与野党議員で構成される「人権外交を超党派で考える議員連盟」は、人権デュー・ディリジェンス法の制定を政府に求める提言を公表しており、経産省だけでなく厚生労働省や外務省なども協力のもと「ビジネスと人権」に関する法整備を検討しているとの見方が強まっています。もし日本版人権DD法が制定されれば、欧州と同様に企業が人権リスクについて調査・是正を義務づけられ、不履行には罰則や制裁が課される可能性があります。
3.企業に求められる取組み
FLRは2024年末に発効し、2027年12月から主要義務が適用されますが、それまでの3年間は単なる猶予期間ではなく、企業にとっては具体的な準備を進める極めて重要な期間です。強制労働の有無を把握し、改善措置を講じるには、サプライチェーン全体の可視化、リスク評価、ITシステムの整備、現地サプライヤーとの調整など、年単位の準備が必要です。
加えて、国内外の投資家・金融機関・消費者は企業の人権対応を厳しく見ており、強制労働の疑いが浮上すれば、レピュテーション損失や株価下落、取引停止などの重大リスクに直結します。また、EUでは先述したCSDDDなどの他の人権・環境関連規制も並行して進んでおり、包括的なDD体制の整備が重要です。日本でも人権DD法の制定が視野に入っており、今後は国内外の規制への同時対応が必要になることも予想されます。具体的に求められるのは、以下の4点です。
(1)人権方針・行動規範の整備 (2)ハイリスク地域や業態の特定とサプライチェーン監査 (3)サプライヤーと連携した改善 (4)開示体制の構築 |
また、問題が発覚しても即時に取引停止するのではなく、研修や是正措置による建設的なエンゲージメントが推奨されます。
4.まとめ
FLRの施行・適用や、日本国内の法制化の可能性は、企業にとって単なる「義務」だけでなく、サプライチェーン全体を見直す好機とも捉えることができます。強制労働をはじめとする人権侵害が疑われると、レピュテーションの失墜や取引停止など深刻なリスクに直結し、企業価値を大きく毀損する恐れがあります。
一方で、早期に人権DD体制を整え、リスクをコントロールしながら改善や是正に取り組む企業は、投資家や消費者からの評価を高められる可能性も大いにあります。
日本版人権DD法の議論もあるなか、国内外を問わず強化される規制を見据え、いまから人権リスクへの対応を進めることで、将来の法的リスクや取引機会の損失を未然に防ぐとともに、持続可能な事業体制を確立することができます。
執筆者
KPMGコンサルティング
シニアマネジャー 荒尾 宗明
マネジャー 吉田 愛子
シニアコンサルタント 中畑 良丞