本稿は、KPMGコンサルティングの「Automotive Intelligence」チームによるリレー連載です。
タイ市場の状況を四輪・二輪別に整理し、BEVの普及政策にも目配りしながら、タイ市場攻略の戦略を考察します。
1.タイの四輪自動車市場
タイの2024年の四輪自動車市場は、2023年の78万台から57万台へと減少しました。この減少の主な理由は、家計債務の増加や自動車ローンの審査が厳格化されたことです。各パワートレインのシェアに関しては、HEV(ハイブリッド車)が2023年の10.9%から2024年には22.1%に増加し、BEV(バッテリー電気自動車)は2023年の9.4%から2024年には12.6%に増加しました。
日系ブランドの乗用車のシェアは2023年の67.0%から2024年には64.8%に減少しましたが、同時期に中国系ブランドは17.1%から18.1%に増加しました。この増加は主に中国系ブランドのBEVの増加が原因です。結果として、タイの四輪自動車市場においてBEVの比率は2023年の9.4%から2024年には12.6%まで増加しています(図表1、2参照)。
【図表1】
出所:タイ工業連盟、タイ電気自動車協会の各資料を基にKPMG作成
【図表2】
出所: Thai Automotive Industry Association、タイ電気自動車協会の各資料、トヨタ モーター タイランドのプレスリリースを基にKPMG作成
2.タイのBEV普及政策
タイ政府は、2030年までに国内自動車生産の30%をBEVにする「30/30政策」の達成を目指し、EV3.0およびEV3.5という段階的な優遇政策を導入しています。EV3.0は2022~2023年に実施され、BEV購入に対する補助金や関税・物品税の減免を通じて市場の初期拡大を図りました。
これに続くEV3.5は2024~2027年を対象とし、補助金額を段階的に縮小しつつ、より厳格な現地生産義務を課しています。たとえば、2024~2025年に輸入されたBEVは、2026年までにその1~1.5倍、2027年までには2~3倍の台数を国内で生産する必要があります。
また、バッテリーのセルやモジュールの国内生産も義務付けられ、サプライチェーンの強化が図られています。EV3.5では新興メーカーの参入も促進されており、補助金の対象車種や条件も多様化しています。これらの政策は、タイを東南アジアのBEV生産拠点とする戦略の一環です(図表3参照)。
【図表3】
出所:インドネシア政府、タイ政府発表を基にKPMG作成
3.タイの二輪自動車市場
【図表4】
出所:Thai Automotive Industry Association、ASEAN Automotive Federation、タイ陸運局の各資料を基にKPMG作成
タイの四輪自動車市場のBEV化はEV3.0およびEV3.5政策により順調に進んでいるように見えます。しかしながら、完成車輸入に対して2026年までに最大1.5倍、2027年までに最大3倍までタイ国内生産に切り替えるオフセット義務があり、完成車輸出を行う中国系ブランドを苦しめています。
中国系ブランドは相次いでタイ国内にBEV組立工場とバッテリー工場を建造しましたが、各社のBEV値引き競争が行われたにもかかわらず、タイ国内でのBEV需要が低迷しているからです。このため政府は上記オフセット義務の延期を決定しました。
4.今後の見通し
タイの四輪自動車市場では政策によりBEV市場そして中国系ブランドが成長しています。一方で日系ブランドは特に乗用車市場でシェアが減少しています。今後、タイの四輪自動車市場全体での台数増加が予想できないなか、日系ブランドは何をすべきなのでしょうか。
ヒントは過去にあります。
1998年当時のベトナム二輪自動車市場はほぼ日系ブランドの独壇場で、販売シェアは99.7%、販売台数は37.9万台でした。翌1999年、中国系ブランドが日本ブランドのコピー製品を3分の1の価格で投入、中国で生産しベトナムに輸入しました。2000年には中国系ブランドの販売が117.7万台、2001年には151.2万台まで増加し、シェアは77.1%となりました。日系ブランドは49.3万台から44.8万台まで減少しました。
しかしながら中国系ブランドの急成長は長続きしませんでした。製品品質と故障問題が起こり、さらにはアフターサービス網が弱くと、安さの裏側に隠れていたものが次々と表面化したからです。加えてベトナム政府は、国内二輪車産業を育成するために完成車および部品への輸入関税を引き上げたため、中国系ブランドのコスト優位性がなくなってしまいました。これと同時期に日系ブランドは「ベトナム専用ローコストモデル」を投入。品質および信頼性を維持しつつ、価格を抑える戦略を実行し、かつ販売店ネットワークをさらに強靭なものにしました。
結果、2002年に日系ブランドのシェアは36.1%に反転上昇。2003年には66.1%、2004年には76.0%と中国系ブランドを再び突き放します。台数でも2004年には日系ブランド109.5万台、中国系ブランド34.6万台、市場全体144.1万台と品質とサービスを軸に「安かろう・悪かろう」の波を押し返しました(図表5参照)。
【図表5】
出所:「ベトナムにおけるホンダ二輪車事業の現地化戦略に関する研 : 外資系・地場系企業との現地市場適応の能力構築の比較分析を踏まえて」(Phan Thi Thuy Trang著)、「中国地場オートバイ企業の勃興、海外進出と日本企業の対応」(大原盛樹著)を基にKPMG作成
ここから学べることは、価格は確かに強力な武器ですが、品質・信頼性・アフターサービスという“見えにくい価値”をないがしろにすれば、結局は市場に背を向けられるということです。逆に言えば、成熟ブランドでも顧客層ごとの最適価格帯を探り、現地化とブランド価値維持を両立できれば、激しい価格競争の中でも巻き返しは可能です。
タイの四輪自動車市場においても中国系ブランドの躍進が進んでいます。一方で、中国系ブランドはタイ国内で工場を設立する際に、そして部品サプライヤーを選ぶ際に中国系を選び、現地サプライヤーに参入のチャンスがないといった声も聞かれます。未来を予測することは非常に難しいことですが、過去のケーススタディを活用しながら、現在のファクトを抑え、今後のタイ市場攻略戦略を構築することが重要です。
※本文および図表は下記資料を参考にしています。
- タイ工業連盟
- タイ電気自動車協会
- Thai Automotive Industry Association
- トヨタ モーター タイランドプレスリリース
- ASEAN Automotive Federation
- タイ陸運局
- 「ベトナムにおけるホンダ二輪車事業の現地化戦略に関する研 : 外資系・地場系企業との現地市場適応の能力構築の比較分析を踏まえて 」(Phan Thi Thuy Trang著)
- 「中国地場オートバイ企業の勃興、海外進出と日本企業の対応 」(大原盛樹著)
執筆者
KPMGコンサルティング
プリンシパル 轟木 光