本連載は、2025年4月より日刊自動車新聞に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。

1.モータリゼーションの経験則

経済発展に伴って自動車(四輪車)の普及拡大が進むことが、先進国の経験則として知られています。しかし、東南アジアではこの経験則が単純に当てはまらない可能性があります。主要市場であるタイとインドネシアの場合、1人当たり名目GDP(国内総生産)を踏まえると自動車普及期(モータリゼーション期)に入っていると考えられますが、四輪車の新車販売台数は伸びていません。この要因として二輪車の存在を考慮する必要があります。

2.東南アジアの自動車市場

東南アジア主要5カ国の四輪車市場は2024年に前年比8%減の306万台となりました。マレーシア、フィリピン、ベトナムで伸びた一方で、タイおよびインドネシアで減少。タイでは同26%減の57万台となり、2010年以降で初めて60万台を下回りました。インドネシアでは同14%減の87万台となり、3年ぶりの100万台割れとなりました。
 
長期トレンドを振り返ると、当該5カ国の四輪車市場は、2013年に約350万台に拡大した後、それを下回る状況が10年以上続いています。タイとインドネシアの市場停滞が原因です。タイでは、初めての自動車購入者を対象とする優遇措置により2012年に過去最高の144万台に増加した後、家計債務などを理由に停滞しています。また、インドネシアでは2013年の123万台に届かない状況が続いており、この背景には中間所得層が増えていない可能性が指摘されます(図表1)。

【図表1:東南アジアにおける自動車市場】

東南アジアにおけるモータリゼーションの考察_図表1

出所:各公表データを基にKPMG作成

3.東南アジアのモータリゼーション

東南アジア主要5カ国のいずれの国も2010年代までに1人当たり名目GDPが3千ドルを超えており、このことからすでにモータリゼーション期に入った可能性があります。バンコクやジャカルタ、マニラといった大都市では交通渋滞といったモータリゼーションの一面が見られます。一方で、2023年時点の乗用車普及率は、マレーシアが526台/千人と先進国並みで、タイが278台/千人となっています。インドネシア、フィリピン、ベトナムは100台/千人未満です。タイやインドネシア、フィリピン、ベトナムでは、統計上は乗用車普及拡大の余地があると考えられ、新車市場の成長性を期待させる一因となっています(図表2)。

【図表2:東南アジアにおける乗用車普及率・経済発展度】

東南アジアにおけるモータリゼーションの考察_図表2

出所:各公表データを基にKPMG作成

4.二輪車の影響

先進国の経験則では、経済成長に伴って二輪車から四輪車へ需要がシフトします。四輪車は、車体価格や保有コストが二輪車に比べて高い一方、快適性や安全性、輸送能力などに優れるためです。タイとインドネシアにおいて四輪車市場が伸びていない理由として、経済性と機動性に優れた二輪車に根強い需要があることが考えられます。温暖な気候、渋滞や駐車スペースなどの道路交通事情、消費者の購買力が影響していると考えられます。実際、2024年のタイとインドネシアの二輪車の新車販売台数はそれぞれ168万台、633万台となり、四輪車の2.9倍、7.3倍となっています。

5.自動車メーカーの東南アジア戦略

東南アジアは日系企業の牙城と呼ばれる地域です。しかし、四輪車市場の伸び悩みを受けて、日系自動車メーカーとサプライヤーには工場稼働率の向上による収益改善が短期課題となっています。また、二輪車への根強い需要が四輪車シフトを緩慢にさせているのであれば、四輪車市場の将来性を再評価する必要があり、中長期課題として生産体制や製品開発を含む事業戦略の再構築が不可欠です。

日刊自動車新聞 2025年5月19日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日刊自動車新聞社 の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。

執筆者

KPMGコンサルティング
マネジャー 中田 徹

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