本連載は、2025年4月より日刊自動車新聞に連載された記事の転載となります。以下の文章、ならびに文中における国際情勢は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。
トランプ2.0の取引外交と自動車産業への影響
トランプ第2次政権(以下、トランプ2.0)が始まり、急速に国際関係とビジネス環境が変化しています。就任初日から多くの大統領令が出されるなど、公約実現に向けた動きは早いです。トランプ2.0では「America First(アメリカ・ファースト)」の考えのもと、自国産業の保護を重視する保護主義的な傾向が強まっています。
自国の利益のために国際協調の後退や同盟国との緊張関係も厭わず、関税を交渉ツールに、各国に米国への投資促進や政策変更を要請していることは、ニュース等でご承知だと思います。ルールに基づく国際協調や多国間連携よりも、強い交渉力(経済力・軍事力)を背景に二国間交渉に基づく取引外交を強めており、すでに中国、欧州、カナダ、メキシコ等との緊張関係は高まっています。現在(2025年4月3日時点)、さまざまな分野で施策が進められていますが、以下、エネルギー・電気自動車(EV)政策、貿易政策を概観していきます。
“Drill, baby, Drill”(掘って掘って掘りまくれ)。トランプ氏が選挙戦を通じて繰り返し強調したキーワードですが、就任早々、パリ協定からの離脱、原油・天然ガスの増産に向けた規制緩和や、再生可能エネルギー普及に関する補助金の見直しを進めています。原油・天然ガスの大幅な増産を通じてエネルギー価格を引き下げることが狙いです。EV政策の転換も進められています。新車販売に占めるEV比率を2030年までに5割にするとした、前政権の大統領令を撤回しており、厳格な排ガス規制や、EVの購入補助などを定めたインフレ削減法(IRA)の見直しも進められる見通しです。
トランプ氏は自らを“Tariff Man”(タリフマン)と称するほど関税を政策ツールとして重視しています。関税政策は、企業の米国投資の促進や相手国の政策決定に影響を及ぼす手段に利用され得るのです。トランプ氏は、米国に輸入される自動車および主要な自動車部品(エンジン等)に対し、25%の追加関税を課すと発表し、米国向け輸出割合の高い日系自動車産業に多大な影響を及ぼす恐れがあります。米国に輸入される鉄鋼・アルミに対してもすでに25%の追加関税が課されており、半導体等も検討対象に上がっています。
また、各国・地域からの輸入品に対して相互関税を課すとも発表しています。原則、各国・地域に10%の関税を課したうえで、国・地域ごとに異なる税率を上乗せしており、対米貿易黒字額等が重視されています。日本には24%が課されますが、カンボジア49%、ベトナム46%、タイ36%、中国34%、台湾32%、インドネシア32%、インド26%、韓国25%、マレーシア24%が課されるなど、アジア諸国・地域への関税率は概して高い状況です。すでに25%の追加関税を課されているカナダ、メキシコは相互関税の対象から当面外し、USMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)適合品への猶予措置を継続するといいます。また、自動車・自動車部品など、分野別で追加関税を課す品目も相互関税の対象から外されます。
トランプ2.0の対中政策は一層強硬的と見られます。中国からの輸入品への追加関税は20%に引き上げられており、さらに上記の相互関税が課されます。今後、安全保障観点の規制強化も見込まれます。これらの施策は中国系企業を含め、中国から東南アジア等へのサプライチェーン多元化を促進します。近年、タイにおける中国系企業によるEVシェアの拡大など、自動車業界では東南アジアでの競争激化の兆候がすでに見られています。
不確実性が高い環境で必要となる経営インテリジェンス機能の整備・強化
米国による関税強化と相手国の対抗措置、安全保障関連政策やエネルギー・気候変動対策の転換など、状況の変化は目まぐるしい状況です。このように不確実性が高い環境下、経営インテリジェンス機能の整備・強化は必須といえます。情報を単に共有する・収集するだけではなく、情報を精選・分析し、意思決定者のニーズを捉えて意味のある情報にする必要があります。しかし、インテリジェンス機能を活用して施策立案するインテリジェンス・サイクルをプロセスとして確立できている企業は少ない状況です。
KPMGコンサルティングとトムソン・ロイター社が共同実施した調査「経済安全保障・地政学リスクサーベイ2025(速報版)」によると、インテリジェンス機能の目的・用途はさまざまですが、中長期の経営戦略やリスク調査への活用を重視する企業が30%程度見られ、インテリジェンス機能を担うチームは経営者の参謀としての役割が期待される傾向にあります。不確実性の高い状況だからこそ、複数の仮説シナリオと将来動向の変曲点を可及的に整理することや、有識者を含めた社外ネットワークやデータ解析による予測を活用することが肝要です。
【インテリジェンス活動で重視する取組み】
出所:KPMGコンサルティング、トムソン・ロイター「経済安全保障・地政学リスクサーベイ2025(速報版)」
日刊自動車新聞 2025年4月7日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日刊自動車新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。
執筆者
KPMGコンサルティング
アソシエイトパートナー 新堀 光城