本稿は、KPMGコンサルティングの「Automotive Intelligence」チームによるリレー連載です。
EUは2030年までに温室効果ガスを55%削減する目標のもと、排出量取引や国境炭素税に加え、サーキュラエコノミーを推進しています。電池規則やCFP導入が進む一方、ドラギレポートは過度な規制が競争力を損なうと警鐘を鳴らしています。
本稿では、こうした規制の揺らぎに対し、日本企業がとるべき対応について解説します。
目次
1.Fit for 55は「サーキュラエコノミー+カーボンプライシング」の二本柱
【図表1】
出所:EUの関係法令、およびページ末尾掲載の欧州委員会の公表資料を基にKPMG作成
2.ドラギ報告が鳴らした「競争力アラーム」
【図表2】
出所:「The Draghi report on EU competitiveness」(欧州委員会)を基にKPMG作成
3.議会政治の風向き:EPPと規制緩和モメンタム
【図表3】
出所:「EPP Group Position Paper: Securing the Competitiveness of the European Automotive Industry」(EPP)を基にKPMG作成
【図表4】
出所:「Commission boosts European automotive industry's global competitiveness」(欧州委員会)を基にKPMG作成
4.「揺り戻し」はどこまで:3つの考えられるシナリオ
(2)再目標設定シナリオ
2030年までの55%削減目標は維持しつつ、2040年90%削減案を85%もしくはそれ以下へ緩和。並行してEPSR・DPPの適用対象を「環境便益が大きい製品群」へ優先配分し、中小企業報告義務や二重の第三者検証を免除する。
政策メッセージを保ちつつ企業負担を抑える折衷案であると言えます。
(3)軟着陸シナリオ
規則条文は残すが執行指針で例外を拡大。「目標は高く掲げ行程は柔軟に」というEUでよく実施される実務運用で、加盟国ごとに異なる適用カレンダーを認める。
すでにCSDDDやCBAMで使われた手法であり、政治的コストが低いことが特徴です。
現時点では(2)と(3)の折衷が可能性として高いと考えられますが、2026年以降のEU人事と加盟国政府の各国選挙結果により方針が固まることが想定されます。
5.まとめ
グリーンディールは「規制による牽引」と「補助金による加速」を両輪としてきましたが、足元では「競争力の防衛」がドラギレポートにより主張されました。電池規則やCFPが撤回されるというよりも、技術中立を掲げた再設計と実施スケジュールの再調整が現実的な落としどころとなる可能性があります。言い換えれば、サーキュラエコノミーへの長期的コミットメントは現段階では揺らいでおらず、企業は「初動コストの上昇」ではなく「規制の揺らぎ」に備えて俊敏に動く必要があります。
政策の潮目を読むためにも、EUの政治的な動きと立法アジェンダを注視し、自社の足元でデータ整備と透明性向上を怠らないことが、このような状況下での持続的な競争優位の近道になるのではないでしょうか。
執筆者
KPMGコンサルティング
プリンシパル 轟木 光