本稿は、「反ESG」を読み解くと題したシリーズ連載です。

ESGやサステナビリティがさまざまな文脈で重要視され、企業活動においても各所でこれらの内容を意識した活動が当然のごとく推進されている一方で、足元の社会情勢等を見渡すとグローバル各所でこれらの内容に反対、もしくは疑問符の声も上がっています。このようなグローバルの状況を広く俯瞰するとともに、今後の日本企業に求められる姿勢について読み解いていきます。

1.はじめに

「反ESG」は日本企業が本来のサステナビリティを考え直す契機

サステナビリティまたはESG(環境・社会・ガバナンス)は、日本企業にとってすでに所与とも言える経営課題ですが、そのようななかで、この1~2年は「反ESG」の動きも世界的な広がりを見せています。特に第二次トランプ政権の誕生がこの動きを一気に加速させたようにも見えます。

これを一過性の政治的動きと捉えることもできますが、少なくともこの動きの背景には地政学や安全保障、エネルギー情勢、そして社会の構造的変化があり、日本企業もこれらを直視し、冷静に分析を深めることが重要です。反ESGの現象を1つのきっかけとし、自社のサステナビリティ戦略を改めて問い直し、自社にとっての真の持続可能な経営を再定義する必要があると言えるでしょう。

本稿では「反ESG」の各種断面を整理するとともに、日本企業の今後の道筋について一定の示唆を提示します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の個人的な見解であることをあらかじめお断りしておきます。

2.反ESG現象の実態~トランプ現象だけではない、その実像

反ESGの動きは、単なる一時的な政治現象ではなく、資本市場やエネルギー問題といった複数の要因が絡み合ったものです。その実態を、3つの側面から整理します。

(1)反ESG現象の3つの側面 i.政治/社会運動

反ESGの動きにおいてメディアなどを通じて特に顕著なものは反DEI(多様性、公平性、包括性)に代表されるような「価値観」を巡る争いでしょう。トランプ政権は連邦政府機関のDEIプログラムを廃止し、企業や大学に対しても圧力を強めています。その結果、複数の大手企業がDEI関連の言及や施策を縮小し、S&P500企業の約90%が年次報告書からDEI関連の記述を削除しました。DEIは今や米国では、支持か反発かで企業の姿勢が問われる象徴的な論点となりつつあります。

また欧州でもESG政策を巡る「分断」が顕在化しています。環境規制の強化により、農業従事者や中小企業が負担増に直面し、抗議運動が各地で拡大しました。さらに、人権尊重に基づく難民受け入れ政策も一部国民の反発を招き、これらに乗じた極右政党が躍進しています。

こうした反ESG運動は、「サステナビリティが取り残してきた人々」による反動、との見方があります。この「人々」とは、サステナビリティやESGの理想や政策の進展の陰で、十分に恩恵を受けられなかった、あるいはむしろ不利益を被った人々を指しています。極右政党の台頭や反エリート主義の広がりは、こうした「取り残された層」の不満を反映しており、サステナビリティが「従来型エリート主導の政策」と見做されることで、一層の反発が生じているとも言えます。サステナビリティ推進論者を「Woke」(“意識高い系”)と揶揄的に呼ぶことなどはその一例でしょう。

このような社会の分断を放置したまま、従来どおりのサステナビリティの推進を続けても、社会的合意を得ることは各国においてますます難しくなると思われます。

(2)反ESG現象の3つの側面 ii.資本市場対応(リターンと資金調達)

近年、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資のリターンに対する疑念が投資家の間で高まっていると言われます。特にエネルギー価格の高騰により、化石燃料関連企業の業績が向上する一方で、これらの企業を投資対象から除外するESGファンドは相対的にパフォーマンスが劣後しました。2022年以降、ESGファンドの多くがエネルギーセクターの上昇から取り残され、投資家の信頼が揺らいだとも言われます。

また、主要な金融機関がサステナビリティ関連の国際的な投資団体からの脱退を進めています。たとえば2025年1月、世界最大の資産運用会社であるブラックロックは、ネット・ゼロ・アセット・マネージャーズ・イニシアティブ(NZAM)からの脱退を発表しました。

こうした影響は資金流出という形で顕在化しています。米国の持続可能なファンドは2024年に196億ドルの資金流出を記録し、前年の133億ドルから増加しました。これは、Morningstarが追跡を開始して以来、最大の流出額となっています※1

また、米国におけるESG関連の株主提案への支持も低下しています。2024年の米国の株主総会シーズンでは、環境・社会(E&S)関連の提案への平均支持率が23%にとどまり、前年の26%からさらに減少しました※2。特に大手資産運用会社であるブラックロックやバンガードは、ESG提案への支持を大幅に削減しています。
今後、ESG投資の推進には、政治的な中立性の確保や透明性の向上がより一層求められるでしょう。

※1 「US Sustainable Funds Suffer Another Year of Outflows」(Morningstar)
※2 「ESG Shareholder Resolutions」(The Harvard Law School Forum on Corporate Governance)

(3)反ESG現象の3つの側面 iii.エネルギー問題

ロシアによるウクライナ侵攻(2022年2月)以降、脱炭素政策の急速な推進は、エネルギー供給の不安定化を招くリスクを一層顕在化させました。特に欧州連合(EU)では、ロシアからの天然ガス供給が急減し、代替調達が追いつかなかったことから、電力価格とガス価格が急騰し、一部のエネルギー多消費型産業(化学・製鉄・ガラス等)では生産縮小や工場閉鎖が相次ぎ、国際競争力の低下が問題化しました。

こうした状況も背景に、欧州各国ではESG(環境・社会・ガバナンス)重視政策の「コスト」や「副作用」への懐疑的な見方が広がり、特に産業界や一部の政治勢力からは、エネルギー現実主義を求める声が強まりました。欧州委員会は2022年にEUタクソノミー(持続可能な経済活動の分類)において、天然ガスおよび原子力発電を「移行的措置」として条件付きで持続可能な投資対象に含めるという決定を下しました。これにより、LNGを含むガス火力発電と再生可能エネルギーとの併用を前提とした「エネルギーミックスの柔軟化」が進められています。

このように、脱炭素とエネルギー安定供給のバランスを再考する動きは、欧州におけるESG政策の現実的な修正を促す契機ともなっています。

3.反ESGが日本企業に突き付けること

上記のような反ESGの実像を踏まえますと、日本企業は改めて自社の本当の意味での、より現実的な持続的成長策を考え直すタイミングに来ているのではないでしょうか。そのためには以下の点が検討のカギになると考えます。

(1)開示一辺倒のサステナビリティからの脱却を

第一に、日本企業はサステナビリティを、単なる開示規制対応や、なかば横並び的な企業の社会的責任への対応だけではなく、企業価値、特に“稼ぐ力”の向上につなげる戦略的な取組みとして捉え直す必要があります。

そもそも日本企業はESG開示規制や外部評価には積極的に取り組む一方で、必ずしもそれらは企業価値向上につながっていないケースが多いとされています。実際にCDPのAリストには多くの日本企業が名を連ねます※3。また、DJSIにおいても実に37社もの日本企業がWorldに選定されています※4

ただ、こうした日本企業の努力とは裏腹に、日本企業のPBR(株価純資産倍率)は欧米のそれと比べて依然として低く、サステナビリティ外部評価が高いにも関わらず、PBR1倍を割るケースも散見されます。これは、日本企業のサステナビリティの取組みが必ずしも十分なリターンを生むもの、すなわち「稼ぐ力」につながっていないケースが多いことを意味しているのではないでしょうか。

反ESGの動きの底流にある、サステナビリティに係るリターンへの懐疑についてより注視されればされるほど、日本企業はサステナビリティによる「稼ぐ力」により真剣に取り組むべきだと言えるでしょう。これは単にサステナビリティ経営と企業価値(株価)の因果関係の立証といったものではなく、GX(グリーントランスフォーメーション)をふくめたサステナビリティを新たな世界市場と捉え、そこでどう戦うか、という競争戦略そのものを意味します。

※3 「CDPスコアとAリスト」(CDP)
※4 「Dow Jones Best-in-Class World Index」(S&P Dow Jones Indices)

(2)サステナビリティを真の競争戦略とする

第二のポイントは、日本企業がサステナビリティを真の競争戦略として捉え、世界市場でのビジネス拡大を検討する起爆剤とすることです。そのためには特に以下の点が重要と考えます。

まず、国際的なルール形成力です。従来は欧州が主導するCSRDなどのサステナビリティ規制に対し、日本企業は従来「適応」に終始してきましたが、これではコストセンター化のリスクが高まります。日本発の技術基準や透明性基準を国際標準化で主導し、「ゲームのルールメーカー」側に立つ努力が必要です。経済産業省の「グリーン成長戦略」なども支援枠組みとして有効ですが、企業自身が業界横断での連携を通じて発信力を持つことがカギです。 

さらに中国企業との競争戦略です。言うまでもなく、中国はGX分野において、電気自動車(EV)や再生可能エネルギーの製造・導入で世界をリードしています。2023年には、世界のEV販売台数の約59%を中国市場が占め、約840万台が販売されました。また2024年には中国の新エネルギー車(NEV)の販売台数が約1,100万台に達し、国内の新車販売の47.9%を占めました※5

再生可能エネルギー分野でも、中国は世界の太陽光パネル製造能力の80%以上を保有し、風力発電設備の導入でも他国を大きくリードしています。このような状況を踏まえると、日本企業がサステナビリティ領域でビジネスを拡大する際には、中国企業との競争や連携、中国企業のサプライチェーンに如何に入り込むかといった点が重要な課題となります。

そして最後に、社会課題解決と経済性を両立させた大胆な技術戦略です。省エネを含めた脱炭素、水素、CCUS(CO₂回収・利用・貯留)、合成燃料、次世代電池、ペロブスカイト太陽電池など、日本企業が技術的強みを持つ分野を市場実装前提で早期から事業化・商業化に結びつける戦略が求められます。元来の災害大国である日本の防災技術や公衆衛生の技術やサービスも、今後の気候変動への適応を大きな商機をもたらすはずです。

こうした取組みのためには従来の日本企業の強みである「モノづくり」に加えて、「デジタル化」「データ活用」「ファイナンス」と統合的な取組みが必要です。そしてなによりも、反ESGの潮流の陰に厳然として存在する社会課題、そしてエネルギー課題を冷静に見出す目利きの力が欠かせません。

※5 「Early data shows record-breaking 11 million NEVs were sold in China in 2024, penetration rate nearly 50%」(CarNewsChina.com)

(3)人権等の「普遍的価値観」といかに向き合うべきか?

第三に自社なりの「価値観」をしっかりと磨きこむことです。

これまでのサステナビリティ/ESGは、欧米を中心とした「普遍的な価値観」、すなわち個人の人権尊重、法の支配、透明性、説明責任といった欧米的リベラルデモクラシーの価値観が基盤として組み込まれていると考えられます。特にSDGs(持続可能な開発目標)や国連ビジネスと人権指導原則(UNGPs)、OECD多国籍企業ガイドラインなども、欧米諸国の政治的・倫理的枠組みが色濃く反映されています。

一方で、こうした政策は、しばしば「価値観の押し付け」として機能し、各国の文化や歴史的背景を十分に考慮しない形で適用されることがあるという批判が中国やいわゆるグローバルサウスの国々、またアフリカ諸国などの間には根強く存在します。たとえば欧米が主導する人権規制が政治的意図を伴う場合もあり、特定の国をターゲットにした制裁措置として機能することもしばしば指摘されています。また、何よりもこれまで人権などの「普遍的価値観」を国際的にリードしてきたはずの欧米においてさえも前述のように、そうした価値観が深刻な社会的な分断の種となっています。

日本企業は、今後の地政学的な力学の変化や非欧米の国々の政治・経済での影響力の拡大を踏まえ、国際的な世論形成の在り方や、欧米(特に欧州)による国際的規範の発信力の趨勢を慎重に見極める必要があります。いわゆる「グローバルスタンダード」を冷静に捉え直し、借り物としての価値観ではなく、腰の据わった自社なりの価値観とビジネス環境に即した対応を考えることが重要です。

4.終わりに

長期的視点での経営意思決定のために

直近の国際環境は、各国が足並みを揃えて共通のサステナビリティ目標を追求することを一層困難にしています。米国では政権交代に伴い、サステナビリティや多様性などの政策が政治的争点となり、外交姿勢にも揺らぎが見られます。欧州では、農業・産業界からの反発や経済競争力への懸念から、オムニバス法案に代表されるようなESG関連規制に対する見直しの動きが強まっています。ロシア・ウクライナ情勢や中東における緊張の長期化も、国際的な協調行動を難しくする要因です。

こうした「Gゼロ」的な世界においては、グローバルなルール形成よりも、各国・地域の経済安全保障や価値観が優先され、国際的規範の追求は後退しています。このような状況下、サステナビリティに係るハード・ソフトの制度設計や政策運用も、地域ごとにばらつきが生じ、多国籍企業はそれぞれの市場で異なる法的要請や文化的価値観に適応する必要があります。従来のようにサステナビリティをグローバル経営における「共通で普遍的な価値」として捉える前提は大きく変化しつつあります。

こうした文脈において企業に求められるのは、短期的な政策や市場トレンドへの迎合、ましてや借り物的な価値観ではなく、自社ならではのビジョンと長期的な競争力を見据えた戦略的視座からのサステナビリティの再定義です。それは、総花的なサステナビリティの取組みではなく、自社の勝ち筋に係る課題の見極めと「将来の価値創出への投資」としての発想に基づくものであるべきでしょう。サステナビリティを価値観として語るのではなく、個々別々の戦略イシューとして語る時代に至っているのではないでしょうか。

執筆者

KPMGコンサルティング
執行役員 パートナー 足立 桂輔