ブルーエコノミーとは、海洋、沿岸、淡水域の生態系を包括的に活用し、経済的価値を最大化しつつ、生態系保護や持続可能な開発を目指す概念のことを指します。環境的・経済的・地政学的価値を両立させることで、持続可能な経済発展に重要な役割を果たします。

この概念が注目される背景には、気候変動や海洋資源の枯渇といった環境問題の深刻化、洋上風力発電など新産業の創出、および海洋資源を巡る地政学上の競争の激化が挙げられます。

こうした状況を踏まえ、世界各国が包括的な海洋計画を策定し、環境保全と経済成長を両立した施策を実施しています。日本でも、洋上風力発電やスマート養殖をはじめとする新たな市場領域への挑戦が始まっており、モノづくり大国としての技術的基盤を活かしてビジネスチャンスを捉える戦略が求められています。

本稿では、ブルーエコノミーの基本的な概念と、日本や諸外国の取組みについて説明します。

1.ブルーエコノミーとは

ブルーエコノミーとは、海洋、沿岸、および淡水系やそれらに付随する生態系に関連した経済活動全般を指す概念です。この概念は、従来は分断して管理されてきた、地表の約70%を占める海洋環境と、付随する沿岸部や淡水系を包括的に有効活用し、その経済的価値を最大限に引き出すことを目指しています。また、単なる経済的価値だけでなく、生態系の保護や水資源の保全、持続可能な開発を重視している点が従来の海洋・水資源開発と異なります。具体的には、以下のような多様な業種を含んでいます。

【ブルーエコノミーの包含する業種】

ブルーエコノミーの概要_図表1

出所:各公表データを基にKPMG作成

2.ブルーエコノミーの成長

ブルーエコノミーは今後も着実な成長を見込むことができる市場と考えられています。OECD(Organisation for Economic Co-operation and Development:経済協力開発機構)の統計によると、2030年までにこの領域の総付加価値額は3兆ドルに達するとの試算があり、2010年時点での総付加価値額の約2倍に相当すると予想されています。最も成長が期待される領域は洋上風力発電で、2010年から2030年にかけて総付加価値の合計が約80倍に拡大すると予想されています。また、AIやビッグデータ等、最新の技術を活用して海洋資源を効率的かつ持続可能に利用する養殖業と、水産加工業の総付加価値の合計がそれぞれ約3倍に増加するとの試算があります。

3.なぜ今、ブルーエコノミーが重要なのか

ブルーエコノミーは以下の3つの価値を両立させることで、持続可能な経済発展を実現していくために重要な役割を果たすと考えられています。

(1)環境的価値

水資源は、生物の生命維持や人類の経済活動に不可欠な存在であり、海洋面積が広大であることからも、持続可能な環境資源としての価値が大きいという認識が広がりつつあります。たとえば、企業活動は炭素循環機能等の海洋環境が大きく寄与する生態系サービスに依存しています。企業活動による影響が複合的に作用し生態系サービスが劣化すると、事業活動への支障が生じるリスクや、それを未然に防ぐための法規制や市場の変化等の移行リスクの発生が考えられます。

近年、自然関連財務情報開示タスクフォース(以下、TNFD)等により、企業が自然関連リスク・機会の情報を開示するための枠組みが公表され、海洋・淡水系においても、自然資本・生物多様性保全に向けた取組みの評価や推進を企業に求める流れが加速しています。このことから、ブルーエコノミーの発展を通じて、環境保全と経済成長を両立させることが期待されているといえます。

(2)経済的価値

海洋にはエネルギー、食品、医薬品、観光など多様な経済的価値があり、新たな産業の創出も期待されています。また、海洋エネルギーや海洋バイオテクノロジーなどに伴う、投資や研究開発が活発化してきています。

日本においては、新たな市場領域への挑戦として洋上風力発電や、AI/IoT技術を利用したスマート養殖などの取組みが進められています。このほかにも、ブルーエコノミーにおいてイノベーションの源泉となり得る技術的基盤があり、多様なビジネスシーズが存在していると考えられます。また、世界有数の海岸線と排他的経済水域(以下、EEZ)が存在することからも、潜在的な利用可能性が高いと考えられています。

(3)地政学的価値

歴史的に見ても、重要な取水源や海域での権益が争点となり、戦争や国際紛争に至った事例も多数存在しています。日本は、周囲360度が海に囲まれた島国であることから、海洋環境における安全保障面での安定が歴史的経緯からも常に重要な論点であり、今後もそうあり続けると考えられます。

【ブルーエコノミーを構成する3つの価値】

ブルーエコノミーの概要_図表2

出所:KPMG作成

4.諸外国のブルーエコノミーに関する取組み状況

各国では、総合的な海洋計画が策定されており、それに基づいた多様な施策が実施されています。

これらの取組みは、環境保全にとどまらず、経済成長や産業育成の推進、さらには地政学的な影響力の拡大を視野に入れたものとなっています。フランスやインドなど一部の国においては、自国のEEZ外での施策も実施されており、国際的な海洋戦略の一環としてブルーエコノミーを推進していることがうかがえます。

【各国の海洋計画と概要】

地域 国名 政策/戦略 概要/取組み
ヨーロッパ フランス 国家海洋沿岸戦略 (SNML)
  • 海洋および沿岸地域の持続可能な管理を目指す包括的な政策
  • 海上風力発電の拡大/生物保護区の設置 等
  • インドとのパートナーシップによりインド洋の開発にも着手
イギリス 英国海洋戦略
  • EUの海洋戦略枠組み指令に基づき策定した、英国としての海洋戦略
  • 領海およびEEZの安全/生産性/生物多様性がビジョンのターゲット
  • 生態系におけるマイクロプラスチックの削減など定量的な目標を設置
アジア 中国 第14次5カ年海洋生態環境保護規画
  • 中国の沿岸海域/河川流域を対象に経済発展と環境保護のバランスを取りながら、持続可能な海洋経済の発展を目指す
  • 海洋経済モデル地区建設/海洋環境モニタリングシステム導入・研究開発 等
インド Blue Economy Policy
  • ブルーエコノミーの概念を通して経済成長と環境保護を両立を目指す
  • 特に深海調査研究事業に力を入れており、インド地球科学省を中心に、異なる省が管轄する多様な科学の流れを統合する大きなステップとされている
北米 アメリカ CMSP (Coastal and Marine Spatial Planning:沿岸及び海洋空間計画)
  • 地域のさまざまな利害関係者を集めた団体が主体となって、沿岸からEEZまでの海洋空間を利用を推進
  • 従来の漁業などに加え、洋上風力発電等、新たな経済開発が始まっている

出所:各公表データを基にKPMG作成

5.日本のブルーエコノミー政策の現状

日本では第4期海洋基本計画に基づき、包括的な海洋政策の実施・管理が行われています。この計画においては、「海洋の安全保障の強化、海洋資源開発等新たな産業の育成や既存産業のさらなる発展、環境関連技術開発、持続可能な開発目標(SDGs) に係る国際的な取組に向けた積極的な貢献等によるオーシャントランスフォーメーション(OX)の実現」を主たるミッションとして位置付けています。本計画は、(1)総合的な海洋の安全保障、(2)持続可能な海洋の構築、という2つの柱を中心に据えて、(3)着実に推進すべき7つの主要施策を掲げています。このことから、経済的・環境的・地政学的価値の統合を図っていることがうかがえます。

【第4期海洋基本計画の概要】

ブルーエコノミーの概要_図表3

出所:ページ末尾記載の各公表データを基にKPMG作成

6.今後の展望

ブルーエコノミーに関する取組みは近年活発化しており、今後はこの領域に対する期待が高まるとともに、市場規模のさらなる拡大が見込まれます。その背景には、上述したとおり海洋や水資源を取り巻く環境に対する意識の高まりに加え、経済的・環境的・地政学的価値の世界的な注目度の上昇があります。日本は、ブルーエコノミー領域に適用可能性のある技術的基盤を有しており、この領域に関する注目度の高まりを積極的にビジネスチャンスとして捉えることが重要です。官民の連携強化を通じて、ブルーエコノミーの持続的発展に貢献することで、海洋分野における日本の国際的なプレゼンスを高めることにつながるのではないでしょうか。

本稿については、下記のウェブサイトを参考にしています。

・OECD 「The Ocean Economy in 2030
・内閣府「海洋基本計画

執筆者

KPMGコンサルティング
パートナー 足立 桂輔
マネジャー 三宅 恵満生
シニアコンサルタント 青木 佑太朗
コンサルタント 髙尾 昌平

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