近年、ネイチャーポジティブ経済への移行は、自然環境の保護と経済成長を両立させる新しいアプローチとして注目されています。2024年3月、日本の環境省を中心として「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」が発表されました。これは、ネイチャーポジティブに向けた取組みが企業にとって新たな成長機会であることを示し、実践を促すためのものです。
また2024年10月の生物多様性条約第16回締約国会議(COP16)の開催に伴い、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)から、自然移行計画策定を支援するガイダンス案が公表されています。これは、将来的な気候移行計画との統合も見据えて、企業が世界目標や日本の生物多様性国家戦略と整合した自然関連の移行計画を策定する際の枠組みを提供するものです。このように、企業に対して、具体的な計画策定や取組みの推進を求める動きが加速していると言えます。
本稿では、ネイチャーポジティブ経済移行に係る動向や、価値創造に向けて企業に求められる対応および実務上のポイントについて解説します。
目次
1.ネイチャーポジティブ経済移行戦略の概要・背景
2024年3月に、環境省、農林水産省、経済産業省、国土交通省の4省庁連名で「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」が発表されました。本戦略の狙いは、ネイチャーポジティブの取組みが、企業にとって単なるコストアップではなく、新たな価値創造やビジネス機会につながることを示し、実践を促すことです。
ネイチャーポジティブとは、「自然を回復軌道に乗せるため、生物多様性の損失を止め、反転させること」です。2022年12月に開催されたCOP15で2030年までの生物多様性に関する世界目標、いわゆるネイチャーポジティブが掲げられ、国際的な認知度が高まっています。
COP15では、「昆明・モントリオール生物多様性枠組」(GBF)が採択され、2050年のビジョンとして「自然と共生する世界」、2030 年ミッションとして「自然を回復軌道に乗せるために生物多様性の損失を止め反転させるための緊急行動をとる」ことが掲げられました。
国内では、この世界目標と整合する形で、2023年7月に生物多様性国家戦略が閣議決定されています。この生物多様性国家戦略では、短期目標として2030年までのネイチャーポジティブ実現が掲げられました。これを達成するための基本戦略の1つである「ネイチャーポジティブ経済の実現」を具体化したのが、ネイチャーポジティブ経済移行戦略となります。
【2022年GBF採択を受け、ネイチャーポジティブ経済移行に向けた動きが加速】
出典:環境省「ネイチャーポジティブ経済移行戦略について」「生物多様性国家戦略」を基にKPMG作成
2.企業にとって、なぜネイチャーポジティブ経済への移行が重要か
【ネイチャーポジティブ経済の移行に伴い生まれる市場】
出典:環境省「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」を基にKPMG作成
(2)企業の情報開示・計画策定を促し、投資家の資金の流れを呼び込む動きの加速
2023年9月に、TNFDによって自然資本・生物多様性に関する情報開示の枠組みが公表されました。企業に対して、ビジネスの自然への依存や自然に与える影響、そのリスクと機会を評価・管理・報告することが求められ、この情報開示の促進によって民間資金の流れの変革を目指す動きが生じ始めています。また2024年6月には追加のセクターガイダンス案が発行され、開示すべきセクター固有の指標などが示されました。さらに、同年10月に自然移行計画に関するディスカッションペーパーが公表され、企業に対して具体的な計画策定の枠組みの案が示されました。2025年中には自然移行計画のガイダンス最終版が公表される予定です。
(3)グローバルの重大なリスクとして、「生物多様性・自然資本の喪失」がランクイン
WEFは20年近くにわたって毎年グローバルリスク報告書を発表しており、世界中の政治家や経営者、また関係機関のトップ層が動向に注目をしていると言われています。本報告書は世界中の1,500名近くの専門家の洞察を基に作成されていますが、このグローバルリスクのランキングにおいて、生物多様性(および生物多様性に深く関連する天然資源危機)は2020年からトップ10にランクインし続けています。国際的なステークホルダーから注目されているリスクであることを認識し、情報開示など積極的にコミュニケーションを図りながら、計画の策定や対応に反映することが求められます。
【グローバルリスクとして「生物多様性・自然資本の喪失」がランクイン】
出典:WEF「グローバルリスク報告書」を基にKPMG作成
3.ネイチャーポジティブ経済移行と価値創造に向けた取組み
リスクへの対応 |
|
---|---|
新規事業開発 |
|
情報開示の促進 |
|
経営基盤強化 |
|
出典:環境省「ネイチャーポジティブ経済移行戦略」を基にKPMG作成
4.新しい事業で価値を創造するための実務上のポイント
(1)打ち手の設計/実行に際しては、統合的なアウトカムを想定
ネイチャーポジティブに向けた取組みの企画・設計にあたっては、カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミー実現につながる成果やアウトカムも同時に考慮に入れることが大切です。自然の保全や回復に係る活動は、カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーの実現にも寄与することが多くあります。
統合的なアウトカムを想定することで、カーボンニュートラルやサーキュラーエコノミーを担当している他部署との連携もしやすくなります。また社会に発揮するインパクトをより大きく見積もることもでき、円滑な取組みの推進や社内説得にも役立てることができるでしょう。
(2)セクターごとのパイオニアの取組から学び、ラストムーバーアドバンテージを発揮
自然資本・生物多様性領域の特徴として、セクターごとに自然との依存・影響度合いが大きく異なり、セクター特性が強いことが挙げられます。そこで、各セクターのパイオニア企業の実践や試行錯誤から学ぶことで、効率的に企画を進めることが可能です。
セクターごとの先進事例を特定するには、TNFDのアーリーアダプターを参照するのも有効です。グローバルトップ企業では、重要コモディティのサプライチェーンにおけるレジリエンス強化や、サステナブルファイナンスによる資金調達といった先進的な取組みも多く見られます。今後、ネイチャーポジティブの取組みを加速させようという日本企業各社にも参考になるのではないでしょうか。
(3)組織を動かすため、トップダウンとミドルアップのアプローチを組み合わせる
ネイチャーポジティブの取組みの意義が社内に浸透せず、進展が見られないという声をよく耳にします。そのような場合、トップダウンとミドルアップのアプローチを組み合わせることが効果的です。
- トップダウン(トップのコミットメントを引き出す)
- 外部専門家を交えた勉強会を実施することで、経営陣の視野を広げ
- 推進体制の承認を得て、プロジェクトの責任者としての役割を担ってもらう
- ミドルアップ
- 本業のバリューチェーン/言語/指標に変換し、現場のオペレーションに織り込む(そのためのコミュニケーションや関係構築が大切)
- 連携にあたっては、「なぜやるか」「何をやるか」「やるとどうなるか/やらないとどうなるか」を明確にしておく
5.まとめ
<参考資料>
- 「TNFD publishes draft guidance on nature transition planning at COP16」(TNFD)
- 「ネイチャーポジティブ経済移行戦略について」(環境省)
- 「生物多様性国家戦略」(環境省)
- 「グローバルリスク報告書2024年版」(WEF)
執筆者
KPMGサステナブルバリューサービス・ジャパン
KPMGコンサルティング
マネジャー 三宅 恵満生
シニアコンサルタント 青木 佑太朗