本稿は、KPMGコンサルティングの「Automotive Intelligence」チームによるリレー連載です。
ここ数年、自動車業界では電気自動車(BEV)やハイブリッド車(HEV)の開発スピードが一気に上がっています。しかし、その裏でガソリンエンジンやディーゼルエンジンといった内燃機関を支える技術者の数が減りつつある、という声があちこちで聞かれるようになりました。このままだと、日本が長年育んできた内燃機関技術が受け継がれず、世界の競争から取り残されるのでは、そんな不安が高まっています。
本稿では、エンジン技術者不足の「今」を分析し、減少の原因や未来への展望を探るとともに、具体的な対策や提言をまとめてみたいと思います。
1.エンジン技術者不足の現状
【図表1:理工系人材需給状況に関する調査】
出典:経済産業省「理工系人材需給状況に関する調査結果概要」を基にKPMG作成
しかも、この不足はエンジン技術者にとどまりません。モーターや制御ユニット開発、リチウムイオン電池・全固体電池などを扱う電気・電子、化学分野のエンジニアも全体的に不足傾向にあるようです。この人手不足によって、BEVなどの開発が思うように進めないリスクが指摘されています。
結局のところ、機械工学全般にわたる技術者の不足、そして若い世代の自動車業界離れという問題が、エンジン技術者減少をさらに際立たせているようです。
(1)人材育成の停滞
エンジン開発には電子制御や排出ガス規制対応など、多岐にわたる専門知識が必要になっています。ところが、ベテラン技術者が忙しく、人材をじっくり育成する時間や余裕が足りないのが現状です。その結果、育成が追いつかないという悪循環に陥っています。
(2)キャリアパスの魅力不足
従来型エンジンの開発経験があっても、電動化や自動運転など新しい分野にスキルを応用できるのか。そこに不安を感じて、他業界にシフトする技術者もいるようです。業界自体の激しい技術変化に「将来が読みづらい」という声も聞かれます。
(3)待遇面の問題
エンジン自体に、排出ガスといったマイナスのイメージが一般的にあるようです。さらに技術者の給与面での評価が低く、労働に対する対価が良くないといった声も聞かれます。業界としてはこれまで「やりがい」に頼っていた部分が多く、給与といった待遇面での評価向上は今後も課題の1つとなるでしょう。
(4)大学を含めた教育体制
大学で学ぶ機械工学系の内容と、企業が実際に求める最新技術やスキルとの間にギャップがある現状があります。そのため、これまでは入社後に「一から学び直し」が必要となっていました。この過程も「育成」の1つとして企業では実施されてきましたが、前述のベテラン技術者の状況や経営が即戦力を求めるこの時代に、大学を含めた教育体制に課題があるのでは、という声が聞かれます。
(1)大学における人材育成
企業のニーズを反映した実践的なカリキュラムやインターンシップ・共同研究を通じた実務経験の提供は重要です。オンラインで基礎学習がある程度できる時代だからこそ、対面指導でしか得られない「生の感覚」や「実践応用」をどう教えるかがカギになります。企業の技術者を客員教授に招いたり、研究室で最新の技術に触れさせたりすることで、学生のモチベーションを上げる方法も検討の余地があるのではないでしょうか。
(2)企業における待遇改善
人材を呼び込み定着させるためには、給与面の改善はもとより、働き方の柔軟性やもっと働きたい方への対応も今後は重要となるでしょう。これまで、機械工学や電気工学を習得していた人材は日本では豊富でした。しかしながら、少子化が進み、そしてITなど働き手に対してさまざまな魅力的な分野の求人は増加するばかりです。
一方で、新製品や新材料等を発明したとしても、今、企業が抱えている問題は、その新製品や新材料を大量に作るシステム、すなわち工場のラインなどを設計、保守できる専門人材の不足です。自動車や素材産業のものづくりが輸出額の上位を占める日本において、この分野の人材の枯渇は、国全体の競争力にも影響を与えます。今、ものづくり企業の経営者が最も優先的に解かなければならない課題が、この機械・電気工学分野の人材の待遇改善でしょう。
(3)キャリアパスの魅力向上
内燃機関のさらなる進化、たとえば水素エンジンやカーボンニュートラル燃料など、エンジン技術として新しい技術開発へのチャレンジを後押しすることが重要です。技術にこれ以上の進化がないと理解されてしまえば、技術者自身のモチベーションや成長意欲を刺激できません。エンジン技術の解かなければならない課題と、その技術ロードマップを改めて定義しなおすことも必要ではないでしょうか。
(4)広報活動の重要性
自動車業界の面白さやエンジン技術者としてのやりがいを伝えることが大切です。若い世代に向けての発信も重要なのですが、若い世代に影響を与える人たち、たとえばその両親や小・中学の先生などにも、伝える必要があります。「クルマでどんな未来が作れるのか」「エンジン技術者として社会にどんな貢献ができるのか」といった問いかけを、大学だけでなく企業のエンジニア自身からも積極的に発信する活動が必要となってきています(図表2)。
【図表2:高校生・進路についての相談相手】
出典:左 ⼀般社団法⼈全国⾼等学校PTA連合会・株式会社リクルート合同調査「第11回 ⾼校⽣と保護者の進路に関する意識調査」(2023年 報告書)、右 エキスパートヒアリングを基にKPMG作成
4.まとめ:日本のエンジン技術者の未来に向けて
※図表内のデータについては下記のサイトを参考にしています。
- 経済産業省 産業技術環境局 大学連携推進室「理工系人材需給状況に関する調査結果概要」(平成30年4月20日)
- ⼀般社団法⼈全国⾼等学校PTA連合会・株式会社リクルート合同調査「第11回 ⾼校⽣と保護者の進路に関する意識調査」(2023年 報告書)
執筆者
KPMGコンサルティング
プリンシパル 轟木 光