1.スポーツ産業の拡大

筆者の幼少期と比較すると、現在は多種多様なスポーツに取り組める環境、スポーツに触れられる環境が整い、メディアやSNSでのアスリートの情報発信も相まって、「スポーツ」というものがより身近に感じられるようになったと感じています。

スポーツは、それ自体を行うことによって心身の健康を育むことができる活動である一方で、文化的な生活を営むうえでさまざまなかかわり方ができるものです。近年、B.LEAGUE、V.LEAGUEなどのプロスポーツリーグの成長に伴い、国内においてスタジアム・アリーナを整備する動きが加速化しており、スポーツを「する」にとどまらない、スポーツを「見る」側面における市場の拡大が見られます。また、そうしたリーグ運営の背景には、チームを「支える」ファンの方々、ボランティアの方々、スポンサー企業などのかかわりが必須であり、スポーツ産業は多くのステークホルダーのコミュニケーションを通じて成り立っています。

国としても、上述したさまざまな活動の総体としての市場拡大を目指し、スポーツ庁「スポーツの成長産業化(第3期スポーツ基本計画)」(令和4年策定)において「スポーツの成長産業化」を掲げ、2025年までにスポーツ市場規模5.5兆円を15兆円にまで拡大することを目指しています。

2.障がい者スポーツに対する施策

近年、「インクルーシブ」という概念が広がりを見せています。インクルーシブとは「包み込む」という意味であり、多様性よりも広い概念で、障がいの有無、性別、人種などを問わず、すべての人々が公平・平等に共生するための考え方です。

スポーツ分野においても、こうした「インクルーシブ」の考え方をもとに、障がいの有無によらずスポーツを通じた健康的・文化的活動が促進されることを目的として、さまざまな施策が実施されています。

上述した「スポーツの成長産業化」においても、「多様な主体によるスポーツの機会創出」が謳われ、障がいのある方のスポーツ実施率の向上、障がい者スポーツの理解啓発に関する目標数値の設定が行われています。また、スポーツ庁においては、令和2年度以降に「障害者スポーツ推進プロジェクト」として、さまざまなモデル事業、調査が実施されています。

こうした施策を背景に、教育活動やインフラ整備などあらゆる側面で障がい者スポーツの普及に資する取組みが今後拡大していくと考えられます。

3.障がい者スポーツ施設の現況

ここで、インフラ整備という側面で、国内の障がい者スポーツ施設の現況を見てみたいと思います。公益財団法人笹川スポーツ財団の「障害者専用・優先スポーツ施設に関する研究2021(抜粋版)」によると、障がい者専用または優先利用が可能な施設は2021年時点で全国に150存在し、2010年の調査から増加傾向にあるようです。

また、笹川スポーツ財団「2022年度調査報告書 東京都における障害者スポーツ施設運営に関する研究」では、この国内150の施設のうち公益財団法人日本パラスポーツ協会「障がい者スポーツセンター協議会」加盟の24施設を「障害者スポーツセンター」として定義したうえで、障がい者が身近な地域でスポーツに親しめる社会を実現する施設ネットワークを構築するため都道府県単位で障がい者スポーツの拠点(ハブ)として機能することが期待されています。

同研究によれば、ハブ施設は、「運動・スポーツ相談」「スポーツ教室」「クラブ・サークル活動支援」「大会・イベント・体験会」「講習会・研修会」の5つの事業を提供することが必須要件とされており、地域における他の類似施設と比較して、より高度な役割を持つことが期待されています。さらに、この24施設のうち5つの施設が障害者スポーツセンターのうち、障がい者のみが利用可能な施設として、「障害者専用スポーツ施設」として位置付けられています。

4.大阪市における障がい者スポーツセンター再整備の取組み

前述した5つの「障害者専用スポーツ施設」の1つである大阪市の「長居障がい者スポーツセンター(以下、長居障がい者SC)」は、障がい者専用のスポーツセンターとして、国内で初めて設立された施設です。同じ大阪市内の「舞洲障がい者スポーツセンター」とともに、障がい者スポーツ振興を通じた障がい者の自立と社会参加の促進に重要な役割を果たしています。

現在、施設の老朽化や利用者ニーズへの対応も踏まえ、長居障がい者SCは建て替え再整備されることが決定しています。大阪市は、これまでに新たな長居障がい者SCに関して「新たな長居障がい者スポーツセンター(仮称)整備基本構想」、「新たな長居障がい者スポーツセンター(仮称)整備基本計画(以下、基本計画)」と段階を踏んで新たな施設のコンセプトや導入機能などについて検討を具体化してきました。

新たな施設においては、「障がいのある人がいつ一人で来ても、安心してスポーツや文化活動を楽しむ事ができる」「スポーツや文化活動を通じて、障がいのある人とない人とが交流できる」「みんなでつくり、ささえあい、はぐくむことができる」「デジタル技術も活用し、質の高いサービスを提供する」「環境に配慮しながら、持続可能な施設マネジメントを推進する」が5つの基本コンセプトとして掲げられ※1、周辺施設をはじめとした多様な主体との連携による「ハブ」としての役割や、障がいのある人とない人の交流を促進する機能の追加など、これまで果たしてきた役割を継承・発展する拠点の形成が目指されています。

上述したように、全国的なスポーツ産業の成長が見込まれている一方で、全国のスポーツ施設は老朽化、公共側の担い手の不足、人口減少による施設の統廃合など、他のインフラと同様の課題を抱えています。とりわけ、長居障がい者SCを含む障がい者スポーツ施設は、将来的な障がい者スポーツ普及促進の中核となる施設であり、厳しい財政状況のなかでも施設を適切に更新し、障がいのある人に向けた継続的なサービスを提供していく使命を負っています。

※1 「新たな長居障がい者スポーツセンター(仮称)整備基本計画」(令和6年3月、大阪市)

5.官民連携手法の検討

2024年度においては、基本計画を踏まえ、整備・運営の事業手法を決定するため、大阪市によりPFI導入可能性調査が実施されており、プロポーザルによる審査を経て同調査をあずさ監査法人が受託して実施しています。あずさ監査法人では、国や地方公共団体に対してスポーツ分野におけるさまざまなアドバイザリー業務を提供してきた知見を活かし、新たな長居障がい者SCを全国に先駆けた先導モデルとして事業化することを支援しています。

PFI導入可能性調査とは、PFIを初めとした官民連携手法の導入による整備・運営の定性的・定量的効果を確認し、新たな施設の整備・運営手法を決定する調査です。現在の施設に適用されている指定管理方式は、すでにある施設を民間が管理・運営する手法であり、笹川スポーツ財団の「2021年度調査報告書 障害者専用・優先スポーツ施設に関する研究2021」によると、現在、全国の障がい者スポーツ施設において最も多く用いられている官民連携手法です。PFI導入可能性調査では、指定管理方式から一歩踏み込んで、PFIを含めた複数の官民連携手法の導入可能性を比較検討します。

では、PFIを導入することでどのような効果が見込めるのでしょうか。「大阪市PFIガイドライン」では、PFIに期待される効果は、(1)低廉かつ良質な公共サービスの提供、(2)事業の安定性の確保、(3)財政負担の平準化、(4)新たな官民のパートナーシップの形成、(5)民間の事業機会の創出の5つに整理されていますが、このうち(1)は、障がい者スポーツ施設においては、特に重要な視点になります。

PFIは「施設整備と運営を一括で発注する方式」であること、「仕様で発注するのではなく、求める性能を規定して中身の提案は民間事業者に委ねる方式」であることから、さまざまな障がいのある方へ配慮した利用者動線の確保、利用者の障がいレベルに合わせたプログラムが行いやすい環境づくり等、運営者のノウハウを活かした施設整備の提案を受けることが期待できます。また、民間事業者のノウハウを活用し、デジタル技術の導入によるコスト削減や運営者の自主事業による収益向上なども期待できます。

PFI導入可能性調査においては、こうした公共側が期待する効果の発現が本当に見込めるかどうか、民間事業者と対話をしながら検討を深めていくことも目的の1つです。民間事業者の視点で、事業に参画しやすいスキームとなっているか、自社のノウハウが活かせるスキームとなっているか、リスクが過大なスキームとなっていないか等を「市場調査(サウンディング)」というプロセスで確認します。

こうして民間事業者から聴取した意見をもとに、民間の創意工夫やノウハウによるサービス水準の向上が図られる事業スキームを検討します。あわせて、VFM(Value for money)と呼ばれる官民連携手法を採用した場合の財政負担削減効果も検討し、定性・定量の両側面から事業スキームを絞り込んで手法を決定します。

2025年1月時点では、2024年10月に実施した民間事業者への市場調査を踏まえ、事業手法を決定する最終段階にあります。

6.最後に

障がい者スポーツ施設は、障がいのある人をサポートする高度な運営ノウハウが求められることから、運営業務に対応できる民間事業者がどれだけ存在するのかということを明らかにする必要があります。また、同時に、数多くの民間事業者に応募していただくために事業の競争性や透明性を確保することも重要です。こうした、一見両立が難しい論点を整理していくことが官民連携を検討していくうえでのポイントになると考えています。

長居障がい者SCは、24ある全国の「障害者スポーツセンター」において先駆けてPFI導入可能性調査を実施しており、本調査における結果は、他の「障害者スポーツセンター」に対する試金石にもなると考えています。官民のパートナーシップのもとに整備・運営される新たな長居障がい者SCが、全国の障がい者スポーツ施設のモデルとなり、ひいてはインクルーシブな共生社会の実現が加速化することを願ってやみません。

参考:KPMGの障がい者スポーツに関するその他の取組み

参考:KPMGの障がい者スポーツに関するその他の取組み
KPMGジャパンでは、障がい者スポーツ普及の根底にある理念に共感し、NPO法人日本ブラインドサッカー協会と2020年1月1日に男子日本代表スポンサー契約を締結しています。

(ニュースリリース)KPMG、ブラインドサッカー男子日本代表をスポンサー支援

KPMGジャパンでは、本契約により、各種大会への協賛などを通じたブラインドサッカーの普及発展への継続支援に加え、国際大会での活躍を目標に活動を続ける男子日本代表の強化も支援しています。

※本文中に記載されている団体名等は各法人の登録商標または商標です。

執筆者

あずさ監査法人
アドバイザリー統轄事業部
ディレクター 西村 留美
マネジャー  久野 恭平

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