日本企業の内部監査部門において、より効率的かつ効果的な内部監査を行っていくために、DX推進ならびにAI活用に取り組む企業が増加しています。一方で、多くの企業において検討は途上にあり、あるべき姿を模索している状況といえます。
そこで本稿では、日本企業における具体的な取り組み事例をご紹介することを目的として、経済産業省などが主催する「DXグランプリ企業2024」に選定された株式会社LIXIL様より、Corporate Audit統括部リーダー/統括部長の岩田 敏宏 氏、同・IT部リーダーの飯島 郷 氏をお招きし、内部監査部門が取り組むDX推進とAI活用についてお話を伺います。
インタビュアー = 株式会社 KPMG FAS 執行役員パートナー 佐野 智康
DX推進の目標設定
ここまでは、IT部の発足経緯や人材獲得といった体制面でのお話をお伺いしてきました。次いで、IT部で取り組んでいるDX推進の取り組み内容ついてお聞かせいただければと思います。まず最初に、IT部の発足以降、どのような目標を掲げてDX推進に取り組んでこられたのでしょうか。
飯島氏:IT部では、内部監査の高度化のために
「1. 監査業務のタイムリーな可視化」
「2. 監査データの集約化と一元化」
「3. データ分析による業務の効率化と強化」
を目標に掲げています。この目標を実現するために、以下の5つのStageを定めて、活動領域を拡大してきました。5つのStageとは、
「1.データ連携」
「2.データ集約」
「3.可視化」
「4.予測分析」
「5.AIによる高度な分析」
で構成されます。このうち、これまでは主に「1.データ連携」から「3.可視化」に取り組んできました。
岩田氏:「4.予測分析」、「5.AIによる高度な分析」については、まさにこれからの”挑戦領域”と考えており、最新の統合報告書にも記載させて頂いたテーマです。
飯島 郷氏
株式会社LIXIL Corporate Audit統括部IT部リーダー
これまでの取り組み
これまでに取り組んでこられた、「1.データ連携」、「2.データ集約」、「3.可視化」には、どのような施策があるのでしょうか。
岩田氏:各取り組みを進めるに当たり、まず最初に、各リージョンの内部監査がサイロ化しないように、グローバル共通でLIXIL内の内部監査人が運用可視化できる監査ツールを実装させました。これにより、グローバルの5つのリージョン間で密にコミュニケーションを取りながら、どのリージョンからでもオープンにデータを見ることができる仕組みを実現しました。
飯島氏:次いで、データ分析の環境を整えるために、データの収集に取り組みました。LIXILは5社が統合して誕生した企業のため、システムが数多く存在し、IT部が発足するまで、内部監査で使うデータが散在していました。そうなると、データの所在を知らない内部監査人はデータ分析が十分に出来ないことがあります。そこで、CA統括部のストレージをつくり、散在している監査対象データを1カ所に集め、様々なデータ分析に活用する環境を整えました。
データ分析のテーマは、会計、販売、購買、サプライチェーンなど多岐にわたります。データの形式は横持ち/縦持ちなど様々ですので、元データのまま提供するとメンバーは効率的に分析することができません。そこで、メンバーが分析しやいようなデータに加工をしたり、各人で自由にデータ分析が出来るようなBIツールの構築などを行ってから提供するようにしています。
分析ツールを活用する際には、特定のツールに絞っているわけではなく、適材適所で要件に合ったものを選んでいます。汎用的な分析ツールを使うこともありますし、自らSQLを書き独自ツールを構築したり、複数ツールを組合せて1つのモデルケースを開発する事もあります。また、KPMGが提供しているSaaS型の決算分析ツール「子会社分析ツール」も活用しています。
データ分析の内容ですが、主に数値データについてグラフ化し、トレンドや異常値の分析を行っています。昨年度より、言語データを分析するためのテキストマイニングのツールにも挑戦しています。たとえば、従来の勤怠データの分析では、打刻時刻から「残業している・していない」だけしか分かりませんでしたが、勤怠データに入力された補足コメントをテキストマイニングにかけることで、どういう部門の誰がどのような理由で残業しているかがわかり、業務改善につなげることができます。
KPMGが提供する「子会社分析ツール」の活用
御社には、KPMGの決算分析ツール「子会社分析ツール」を導入いただいています。御社が決算データの分析をしようと思われた背景をお聞かせください。
岩田氏:LIXILには子会社が175社もありますから、全子会社を毎年監査できませんので、大所高所から異常点の懸念がある法人をリスクアプローチで押さえることを狙って決算分析を実施しようと考えました。具体的には、データ分析の準備やリスク判定については自動化したエンジンを準備することで、不正の兆候を効率的に重みづけしながら把握したいと考えていました。決算数値を元にした指標分析による傾向分析などは経理・財務部門などの他部門でも四半期単位で実施していましたが、より粒度が細かい月次単位の粒度で、かつ監査目線での仮説ギャップ分析などを実施したいと考えました。
岩田 敏宏 氏
株式会社LIXIL Corporate Audit統括部リーダー/統括部長
おっしゃっていただいた目的がある中で、KPMGの「子会社分析ツール」を活用するに至った理由を教えてください。
岩田氏:いくつかありますが、最も重視したのは、グローバルの会計系ファームとしてKPMGに内部監査や会計に関する知見や実績があることです。当初はAIの開発会社とタイアップしようと考えたのですが、内部監査や会計などの経験がないので断念した経緯があります。
実際にKPMGツールをご活用いただいたうえでの感想をお聞かせください。
岩田氏:評価ポイントがいくつかあります。1つ目に、ユーザー目線で要望に柔軟に対応してもらえる点です。実際に、回転期間の計算方法や画面遷移などについて、弊社から改善要望を出した際にも柔軟に対応していただけました。開発スピードが非常に早いと考えています。
2つ目は、ツールが常に進化し続けている点です。様々なクライアント企業からの要望に合わせて、バージョンアップがなされています。
3つ目はフォローアップが充実している点です。分析に関するワークショップや研修を個別に実施いただくなど、単純にツールを売るだけではないところに好感を持っています。
飯島氏:各子会社を横並びでリスク評価できる点もよいと考えています。
導入後は、KPMGツールをどのように活用されているのでしょうか。
岩田氏:主に2つです。まず最初に、子会社の定点チェックです。四半期分析を実施したうえで、急激にトレンドが変わった点について、月次分析で深掘りしています。なお、定点チェックで発見事項があった際には、別途フォローを実施しています。
次いで、往査先に対する事前準備・分析です。この活用方法は非常に有効だと考えています。往査の前にSAPデータを使って取引データの分析を実施しているのですが、その前に大所高所から子会社分析ツールを使って決算分析を実施し、注視すべきポイントをスクリーニングしています。監査通知を出す時に、あらかじめ重点監査項目を伝えることができます。これは大きな強みだと考えています。
逆に、ツールの活用においてご苦労された点はありますでしょうか。
飯島氏:ツール導入前に、分析対象とする抽出元の月次データを選定するのが大変でした。海外にも子会社や関連会社がありますし、会社によっては必要なデータがないこともあったからです。
導入後は、LIXILの事業領域が多岐にわたることが要因でもあるのですが、ツールが出力する評価結果について、事業の特徴を理解したうえで解釈する必要がありますが、コツを掴むまでに時間がかかりました。
AI等を活用した高度化・効率化へのチャレンジ
今後は「4.予測分析」、「5.AIによる高度な分析」に取り組まれるとのことですが、どのような構想をお持ちなのでしょうか。
飯島氏:今チャレンジしているのは、社内に蓄積されている規程類や業務連絡の中から自身が担当する監査プロセスに関連する文書をAIに自動抽出させるツールの開発です。たとえば、固定資産の棚卸に関する規程類や業務連絡を探し出すにはものすごく時間がかかりますが、AIにより自動抽出できれば、労力をかなり減らせます。
また、各リージョンにおける内部監査の指摘事項に関する評価(High/Middle/Low)のばらつきをAIで是正したいと考えています。AIに過去の内部監査レポートを読み込ませて、今回の発見事項がどれになるのかを判定させることで、ばらつきを低減できないかと考えています。
これら以外に、KPMGが提供している「AI仕訳分析ツール」についても現在導入を検討しています。仕訳データ分析のボトルネックであるデータクレンジングの必要がなく、AIが異常仕訳を自動検知してくれる等、異常点監査を行ううえで効率的な運用が可能だと考えています。
AIが監査報告書のドラフトを自動的に作成する事も検討しています。AI活用のすべてに共通していますが、人間の判断は重要と思いますのでAIの力を借りながら各内部監査人が確認や判断をして最終化する必要があると思っています。
本日は、日本企業の内部監査部門がDXを推進するうえで、示唆に富んだお話がお伺いできたと考えています。改めまして、貴重なお話をいただきありがとうございました。
佐野 智康
株式会社 KPMG FAS 執行役員パートナー