日本企業の内部監査部門において、より効率的かつ効果的な内部監査を行っていくために、DX推進ならびにAI活用に取り組む企業が増加しています。一方で、多くの企業において検討は途上にあり、あるべき姿を模索している状況といえます。

そこで本稿では、日本企業における具体的な取り組み事例をご紹介することを目的として、経済産業省などが主催する「DXグランプリ企業2024」に選定された株式会社LIXIL様より、Corporate Audit統括部リーダー/統括部長の岩田 敏宏氏、同・IT部リーダーの飯島 郷氏をお招きし、内部監査部門が取り組むDX推進とAI活用についてお話を伺います。

インタビュアー = 株式会社KPMG FAS 執行役員パートナー 佐野 智康

お問合せ

グローバルの内部監査組織を統括するCA統括部の役割

本日は、御社の内部監査業務におけるDX推進およびAI活用についてお聞かせいただければと思います。よろしくお願いします。まず本論に入る前に、御社グループの概要をお聞かせください。

岩田氏:LIXILは、トステム、INAX、新日軽、サンウエーブ工業、東洋エクステリアという国内5社の統合によって2011年に誕生しました。基幹事業として、水回り製品を提供する「ウォーターテクノロジー事業」、窓・サッシ、玄関ドア、エクステリア製品、インテリア建材などを提供する「ハウジングテクノロジー事業」を展開している企業です。世界150ヵ国以上に約5万人の従業員を擁するグローバル企業で、本体を含めた連結子会社は137社、持分法適用会社を含めると175社(2024年9月時点)となります。統合後に積極的なグローバル戦略を推進し、2013年にアメリカのAmerican Standard、2014年にドイツのGROHEを買収して子会社化しています。

御社の内部監査では、非常に多岐にわたる事業や進出国をカバーする必要があると理解しました。内部監査の体制はどのような状況なのでしょうか。

岩田氏:まずLIXILは指名委員会設置会社で、監査委員の5名全員が独立社外取締役です。以前は監査委員自ら監査を実施していましたが、昨今のコーポレートガバナンス・コードの刷新の流れを受けて「組織的監査」を明確に打ち出し、Corporate Audit統括部(以下、「CA統括部」という)が内部監査を実施することになりました。

現在は、我々CA統括部が国内外のグローバルな内部監査組織を統括し、内部監査内の指揮命令系統を一元化することで、グループ全体として統一的かつ網羅的なグループ監査を実施しています。

CA統括部は、国内監査領域、海外監査領域、IT領域の3領域に分かれており、総勢64名が所属しています。事業や進出国が多岐にわたるため、各拠点の監査実施において求められる言語や知見が異なります。この問題を解決するために、グローバルで内部監査人のリソースを共有し、常に最適なチームを編成するように心がけています。

Japanese alt text: 岩田 敏宏 氏

岩田 敏宏 氏
株式会社LIXIL Corporate Audit統括部リーダー/統括部長

監査部門内にIT組織を発足させた組織変更

次にDX推進の体制についてお聞きします。2020年にCA統括部内にIT部を新設されたと伺っています。これはどのような経緯からだったのでしょうか。

岩田氏:
2019年11月に、私がCA統括部の責任者に就任しました。就任後間もなく実現したかった内部監査統括部門にIT部の新設を含む組織改編を打ち出し、経営から承認を得ました。

IT部を新設した狙いは2つあります。まず第1に、内部監査のDXを推進するためです。既にLIXIL全体の情報システム分野を担うデジタル部門にIT人材がいましたが、デジタル部門にはビジネスを伸長するという大きな役割がありますので、バックオフィス的な位置づけの、内部監査部門の要望はなかなか即時に聞いてもらえないのが実情でした。監査の高度化や効率化のために、デジタル化を活用した監査の仕組みは更に重要になってきていると感じています。それならば、自前で新たに内部監査部内に組織をつくってしまおうと思い、立ち上げに至りました。

第2に、ビジネスとITの両方を理解できる人材を育成したかったからです。そもそも製造業、特に内部監査部門にはそういう人材が少ないものです。そこで、単純にITの機能を提供するのではなく、ビジネスをきちんと理解し、ITの実装要件を考え、かつ実装もできるメンバーを育成していきたいと考えました。ITがビジネスで実際にどう使われているかを体感したり、ユーザーからのITツール等に関する要望を直接肌で感じたりと、自分自身が楽しみながら経験していくことが何よりも大切だと考えております。

社内公募で獲得した人材

IT部には何名いらっしゃるのでしょうか。

飯島氏:
トータルで6名です。2名はIT部の設立前から監査部にいたメンバーで、私を含めた4名は、Job Posting制度(社内公募)で加わったメンバーです。当初より監査部にいたメンバーがこれまでの監査業務等の知見を、新メンバーは異動前の業務知識等を共有し合う事で相互に良い作用があります。

Job Posting制度について、もう少し詳しく教えてください。

飯島氏:Job Posting制度とは、自薦で部門異動できるLIXILのシステムです。募集部門に応募し、採用されれば異動することができます。

新メンバーはIT部に所属し、デジタルスキルを伸ばしながら監査業務を学んでいきます。その後はCA統括部の他部署を兼務という形で、自分でつくったものを実際の監査現場で活用します。それによって監査業務とITスキルに磨きがかかりますし、業務目線でスマートなデータ分析ができるようになります。

Job Postingには「IT部」として募集をかけ、IT×内部監査をやりたい方に来てもらうようにしています。募集要項には、「ITが得意でなくても、嫌いでなければいい」と書いています。

Job Posting制度で異動されてきた方々は、どのようなバックグラウンドをお持ちなのでしょうか。

飯島氏:私はデジタル部門出身ですが、他の3名はIT未経験で、大学も理系ではありません。バックグラウンドは営業、経理、サプライチェーンであり、自然とデジタル以外の部門の人材が集まってきました。

販売系の監査では、営業部門出身メンバーがデータ分析ツールを作ると非常に面白いものができます。また、経理系出身のメンバーは、2線としての経験を踏まえて3線における分析ツールをつくることができます。購買部門出身メンバーは、購買業務における不正リスクを踏まえて分析するツールをつくっています。さらに当初より監査部にいたCA統括部 IT部メンバーからアドバイスをもらいながら、より良いものに仕上げていきます。

異動してきたメンバーは、内部監査では全社横断的な業務プロセスを理解できる点に関心があり、Job Postingに応募したそうです。たとえば、今まで営業の経験しかないのにいきなり生産に行くのはハードルが高いですが、監査ならば営業の経験が活かせるからです。

Japanese alt text: 飯島 郷氏

飯島 郷氏
株式会社LIXIL Corporate Audit統括部IT部リーダー

非デジタル人材のリスキリング

新たなチームをつくる際には、外部から経験者を採用するケースが多い中で、IT未経験の社内人材を育成して戦力化していくのは、多くの企業において参考になる取り組みだと思います。どのようにしてITスキルを習得しているのでしょうか。

飯島氏:
例えばプログラム作成については、最初は必要スキルのトレーニングを実施してもらいプログラム作成になれてきたところで、他者からのアドバイスを受けながら実際の監査業務で使うツールの作成をしてもらいます。その後は、社内の教育サイト、eラーニング、インターネット上のサンプルコード、生成AIなどを活用しながら、自分で書いては修正を繰り返すことで、徐々に上達していきます。

今ではメンバーも育ち、自分で要件定義してコードを作成し、私を含む他メンバーでレビューする体制となっています。最近は、チームメンバーからの自発的な提案が増えてきました。

また、IT部では心理的安全性が高く、仕事の基準も高い“学習する職場”を目指してコミュニケーションエクセレンス活動を推進しています。各人が業務でいいなと思ったことや、みんなで共有したいと思ったことをその場で意見交換したり、チャットに悩み事を書いたり、皆で助け合っています。チームメンバーの成長が実感できてとてもうれしいですね。

Job Postingで異動された方は、内部監査の業務知識について、どのように習得されているのでしょうか。

岩田氏:
Job Postingで異動された方は、 例えばIT部配属であっても、 DX推進業務だけに従事される方は少なく、他の監査部門の業務を兼務する事を推奨しています。兼務する方については、兼務割合をIT部活動は7割以上、後者は3割未満とした基準を設けております。以前は、プロジェクトという形で監査業務に関与していることもありましたが、明確に兼務としてアサインした場合はその部分も担当の上長がきちんと実績評価を行うことで、兼務されている方も張り合いがある様子です。

兼務部分については、実際に内部監査の現場に同行し、IT部でトライアル中の分析ツールを実地で活用して効果分析もしています。このような実践の繰り返しにより、どうやって分析が行われているのか、どうしたらより効果的なのか自分自身で確認することができます。また、被監査側の反応を直接見られることはとても重要だと思います。

Japanese alt text: 佐野 智康

佐野 智康
株式会社 KPMG FAS 執行役員パートナー

新卒採用へのチャレンジ

IT部のチームを拡大するうえで、社内公募以外の採用チャネルはご検討されているのでしょうか。

岩田氏:
2025年4月からCA統括部IT部に新卒社員が数名入社する予定です。応募時点からLIXILのCA統括部IT部枠として募集しました。新卒で事業会社の内部監査部門に入りたいという学生はあまりいないと思っていたのですが、結構な人数に応募していただき嬉しい悲鳴です。

飯島氏:募集しようと人事に相談したら、「内部監査部門での新卒採用はやったこともないし、世間的に内部監査で新卒社員を採用するのはおそらく事例がないから、応募があるかどうかはわからない」と言われました。しかし、実際には説明会へ100名程度参加応募があり、その中から本当に興味を持っていただいた学生が2次面接に進み、最終的に2名を採用しました。

最初に開催した採用説明会では、内部監査の業務について理解できた学生が少ないという結果が出て、正直成功したとはいえませんでしたが、改善を重ねていった結果、興味を持ってくれる学生が増えていきました。

グローバルで活躍するビジネスパーソンに必要な素養は、1. 会計+ビジネスの知識、2. IT知識やスキル、3. 語学の3つだと考えています。これらは、岩田がチームメンバーに対してよく語りかけている項目です。この3つの素養を持つ人材を新入社員から育成することで、LIXILのCA統括部IT部に入りたい、内部監査をやってみたいと思う人材が増えていけばと思っています。

後編「DXで進化する内部監査」に続く

LIXIL内部監査部門が取り組むDX推進

主要メンバー

関連ページ