RWAとは現実世界に存在する資産 (現実資産:Real World Asset)のことを指しており、昨今ではRWAの価値や権利を紐づけたトークンを発行する「RWAのトークン化」が注目を集めています。RWAの取引をブロックチェーン上で実施することで、商品の流動性向上やオペレーションの効率化、取引の間口拡大などが期待されており、さまざまな資産や権利のトークン化が進められています。最近では、大手金融機関が伝統的金融商品のトークン化を加速しており、Web3.0領域と既存金融の橋渡し役を担う動きも見られます。
本稿では、RWAとして語られるカテゴリーの整理とその潮流を解説するとともに、この先の展望について筆者の見解を述べます。
1.RWAとは
(1)RWAの概要
近年、現実世界の資産に基づく権利を付与したトークンを発行し、ブロックチェーン上で取引・流通することを目指す取組みが増加しています。この取組みは「RWAのトークン化」とカテゴライズされ、注目を集めています。
「RWAのトークン化」の起源は定かではありませんが、その先駆けとなる概念としては2018年頃に登場した「Asset-Backed Token」が挙げられます。Asset-Backed Tokenは、現実世界に存在する資産を裏付け資産とする形で発行されるトークンです。トークンは裏付け資産となる商品自体、もしくはその一部の所有権を表象するものとして扱われ、個人間で取引されます(なお、トークンがRWAの所有権を表象するというのは当事者間の契約上での取決めであり、現行の民法上、トークンに対してそのような権利は法定されておりません)。
裏付け資産は大きく2種類に分類されます。1つ目は株式や債券といった伝統的資産、2つ目が不動産やコモディティ、ワインやウイスキーなどを含む高額品等といった非伝統的資産です。そのなかでも不動産や高級品は、購入資金や管理費を複数人で負担することで1人当たりの負担を抑えながら商品へ投資できる点が特徴として挙げられます。さらに、現物の移転を伴わずに所有権の移転が可能であるため、トークン化との相性が良く、さまざまなプロジェクトが展開されました。
一方、伝統的資産においては、複数の国際組織・金融機関によって法規制における論点検証を目的とした実証実験が行われた後、金融機関を中心に債券発行やレポ取引の処理をブロックチェーン上で実施する動きが見られます。これらの取組みは主にプライベートブロックチェーン上で実施されており、従来はパブリックブロックチェーン上での発行・取引は限定的でした。しかし近年では、複数の大手金融機関がマネー・マーケット・ファンド(MMF)をパブリックブロックチェーン上で組成する動きを進めており、この技術を活用したRWAのトークン化の取組みも加速しています。
(2)ブロックチェーンを用いる意義
RWA領域においてブロックチェーンを活用する意義としては、以下の点が挙げられます。
a.スマートコントラクトの活用による取引の効率化・自動化
スマートコントラクトを活用することで、事前に定義したルールや条件を満たすことで、ブロックチェーン上でも自動的に取引を実行することができます。取引が自動化されることで、仲介者の業務負担の軽減や、24時間365日即時決済の実現が可能になります。たとえば、債券のトークン化であれば債券発行時に発行者、満期日、表面利率、発行価格、額面金額等をスマートコントラクトにコードとして書き込むことで、債券の発行、取引、償還、利子の支払いを自動化できます。
b.現実資産の制約に縛られない商品設計・取引の実現
RWAのトークン化により、トークンを介して権利の管理が可能となるため、現実資産の制約に縛られない商品設計が実現できます。たとえば、現実では分割が困難な商品であっても、トークン化することでRWAの入手権を分割し、個人間で取引することが可能になります。また、パブリックブロックチェーンを利用することで、世界中から誰でも自由にアクセスできる環境が整い、これまで以上に多様な人々が取引に参加できるようになります。各国の法規制による障壁はありますが、このように物理的な障壁にとらわれない、自由でボーダレスな取引や価値移転を実現できることは、ブロックチェーンの大きな特徴といえます。
c.情報の透明化・信頼性の向上
パブリックブロックチェーンで実施された全取引はブロックチェーン上に記録され、ネットワーク参加者全員に公開されます。したがって、利用者や投資家はトークンの発行総額や発行履歴、取引履歴を自らの目で確認・分析できるようになります。商品の中身や取引実態が透明化されることで、取引する商品の詳細や、過去に相場操縦などの不審な取引が存在していないかといった評価を参加者全員が行えるようになります。その結果、トークン発行者や格付け会社が提供する情報に対する裏付けが可能となり、情報に対する信頼性の向上が期待できます。
2.RWAの事例
(1)Courtyard:非伝統的資産のトークン化
Courtyardとは、Courtyard Inc.が運営する、現実世界の収集品をトークン化し、収集品の個人間取引を効率化するサービスです。トークン化される資産は主にトレーディングカードであり、鑑定業者によって真贋判定・グレーディングされ、価値が認められたもののみトークン化(NFT発行)されます。ユーザーはマーケットプレイスにてNFTを売買することができ、保有しているNFTを利用できない状態にすることでNFTに紐づくRWAを入手することも可能です。RWAは鑑定後に、貴重品の保管・管理・輸送を手掛けるBrink's Inc.が運営する倉庫にて厳重に保管されます。現実に存在する資産自体は厳重に保管しつつ、その商品を表象するNFTのみを取引することで、移動・保管過程での破損等の価値棄損リスクの低減、資産の移動に伴う輸送コストの削減を実現しています。
(2)BUIDL:伝統的資産のトークン化
BUIDLとは、世界最大級の資産運用会社であるBlackRock Inc.が2024年3月に立ち上げたオンチェーントークンファンド「BlackRock USD Institutional Digital Liquidity Fund」のトークンです。本ファンドは、現金や米国財務省短期証券、債券等に投資されており、主に機関投資家を対象とした商品です。トークン化された資産は上記ファンドのファンド持分に基づいており、1BUIDLが1ドルに相当するように設計されています。発行、償還、配当はスマートコントラクトによって自動化され24時間365日実行可能です。また、発行、流通にかかわるトランザクションは誰でも確認可能であるなど、オンチェーン化の特徴である効率性や透明性を活かした商品となっています。
さらにBUIDLは、Ondo FinanceなどのDeFiプロトコルでの準備資産やトレジャリーの投資先として採用されるケースが増えています。裏付け資産としてBUIDLを保有することでBlackRockの信用に依拠することが可能であり、DeFiプロトコル自らのカウンターパーティリスクの低減、商品の信用向上に役立てることができます。今後もDeFiプロトコルを中心にこのような動きが拡大していくと考えられます。
3.RWAがもたらす変化
(1)有体物を動かさないデジタル完結取引の一般化
有体物、特に収集品をトークン化する場合、収集品とトークンを1対1対応させるために、トークンをNFTとして発行するケースが多く見られます。NFTには固有のIDが付与されており、エコシステム内で一意に識別できるため、NFTは“非代替性(Non-Fungible)”を有するトークンとして扱われます。したがって、RWAをNFTでトークン化することで、デジタル上でも自身の所有物のように扱うことが可能になります。
現在物理的に存在する収集品を取引する場合、価値棄損防止のために厳重な梱包や輸送時の丁寧な取扱いが必要となり、膨大な輸送コストが発生します。物理的な物自体でなく、その価値を維持しつつ取引を行いたい人にとって、トークン化した収集品を取引することは、所有感を得ながらも取引コストの低減に貢献します。このような取引手法を可能にする仕組みは、物理的な距離にとらわれないボーダレスな取引を実現させるものであり、魅力的な選択肢だと言えます。したがって、RWAトークンを用いた取引は、所有感や収集品の資産性に注目する人々のニーズを満たすことができ、取引手法として今後浸透していくことが期待されます。将来的には、多くの収集品取引がブロックチェーン上で完結し、ユーザーの要望に応じて有体物が郵送され手元に届く、といった商流が一般化していく可能性があります。
(2)オンチェーンでの資産運用の加速・長期保有資産の流動性向上
RWAのトークン化が進み、金融商品が次々とオンチェーン上で組成され流動性が提供された場合、ブロックチェーン上で24時間365日即時取引が現実的に可能になります。特に、BUIDLのように比較的リスクを抑えながら運用できるうえ、即時償還・換金可能な商品が増えることで、普段は運用に回しておいて必要な時に換金をする、といった柔軟な動きが可能となります。消費者の生活防衛資金や預貯金がすぐにオンチェーン上に移行することは考えにくいですが、企業の保有資産を一部オンチェーン上に移動し、アセットの効率化を図るといった検討は今後進められていくと思われます。
一方、オンチェーン上のトークンと裏付け資産では満期や流動性の観点で相違があり、発行体に対する信用リスクは依然として残ります。さらに、RWAトークンではオンチェーン上での即時償還・換金が可能なため、裏付け資産の資産価値や発行体の財務健全性への疑念が生じた場合、取引者は自身の資産を守るために即時換金を要求し、結果として取付け騒ぎが発生する恐れがあります。過去には一部のMMFが元本割れを起こした事例もあり、その影響で取引が緊張状態に陥ったことがあります。システミックリスクを抑えるためにも、裏付け資産となるRWAに対する信用や発行体の財務健全性は今後ますます重要視されるでしょう。
このような課題に対応するため、規制当局を含むさまざまなプレーヤーによって本領域は慎重に検討される必要があります。こういった信用への依存を低減させるには、検証済のコントラクトアドレスを用いてブロックチェーン上に債券を発行するなど、オンチェーン上に資産が直接記録され、資産健全性や流動性をオンチェーン上で検証できる環境の整備が求められます。この仕組みによって、取引者はより安全で効率的な資産運用を実現でき、Web3.0が目指す誰もが検証可能な経済基盤の実現に近づくことができるのではないでしょうか。
4.今後の展望
RWAトークンは現実資産・権利が関係する以上、トークンの移転と現実資産の権利移転を一致させる必要があります。権利移転に関しては、現実資産の法的位置づけによって必要な手続きが異なるうえ、トークンをブロックチェーン上で移転させれば、実世界の権利も必ず移転できるとは限りません。したがって、トークンの移転と現実資産の権利移転の紐づけを保証するプレーヤーが必要となります。特に、社債や不動産においては、現行法上、金融機関が裏付け資産や原簿の管理を行い、権利移転の整合性を担保する必要があります。つまり、金融機関がトラストポイントとなりオンチェーンと現実資産を紐づける役割を担うことが期待されます。
一方、P2P取引など、仲介者を介さない形で取引を行う場合、そのトークンの移転がユーザーの意図した取引なのか、事業者側では判断が難しい場合があります。RWAトークンをより広範な領域で活用していくためには、事業者側で管理するホワイトリスト間でのみ取引を可能とするなど、ブロックチェーンの特徴と利用者保護の観点を両立するようなサービス設計が求められていくと考えられます。
また、RWAのトークン化が進むほど、現実世界からオンチェーン上に資金が流入・滞留され、溜まっていく資金に注目したさらなる商品組成が進む、といった正の循環が発生し、エコシステムが急激に成長する可能性があります。オンチェーン上での金融取引の拡大は、通常時は仲介する金融機関の業務負担軽減や、24時間365日即時決済の実現による恩恵を市場参加者全員が受けられるというメリットがある一方で、ストレス時においては資金流動性が高まることによる取付け騒ぎの発生やシステミックリスクの増大といった懸念事項もあります。市場参加者によるモラルハザードを防止するためにも、各国の規制当局や業界団体が積極的にルールメイクを行い、健全な市場を形成していくことが今後求められていくのではないでしょうか。
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執筆者
KPMGコンサルティング
コンサルタント 松久 裕志