これまで欧州主導でルール化が進められてきたGHG排出量の算定・開示は各企業で概ね一巡し、市場や投資家などのステークホルダーからは、脱炭素化の取組みは経済成長と関連して推進すべきという声が広がってきています。昨今の米国等のパリ協定離脱はこの動きを如実に表したものと言えます。各企業は“2050年カーボンニュートラル”をただ漠然と目指すだけでなく、環境と経済成長を両立させながら舵取りをしていくことが求められています。

このようななかで、日本企業はこれまでも環境・社会・経済の持続可能性への配慮により、事業の持続可能性を図るサステナビリティ経営に取り組みつつ、脱炭素化にも貢献してきました。市場や投資家も企業の成長とともに脱炭素社会を推進するイノベーションを期待しています。

このような期待に応える概念として近年注目を集める削減貢献量は、企業が事業を通じて気候変動という課題の解決にいかに寄与したかというソリューションの創造により評価されるものであり、経済成長とも関連する指標として国際的な価値軸となりつつあります。この価値軸をもとにこれまでの事業活動を捉え直すことで、イノベーションの創出と脱炭素化を加速させ、気候変動の解決に導くキードライバーとなり得ます。

本稿では、削減貢献量が注目されるようになった背景や評価側の動き、また削減貢献量を自社の企業価値向上の手段として活用していくポイントについて解説します。

Point1:削減貢献量は社会のGHG削減に貢献している企業を適正に評価するための新たな指標

これまで企業の脱炭素化の取組みはScope1,2,3の削減が重視され、社会全体の脱炭素化に資するイノベーティブな取組みは評価されてこなかったが、削減貢献量によってその貢献度を定量化し企業価値として客観的に評価することが可能となった。

Point2:削減貢献量は、非財務情報のなかでも財務情報に強く関連する指標として投資家も注目

削減貢献量の算定・開示は義務付けられていないが、企業の成長性を図るための信憑性の高い指標として投資家等からも注目されており、金融機関による投融資先の選定基準にも取り入れられるようになっている。

Point3:削減貢献量は算定に着手する前に、算定目的・活用方法の検討が重要

削減貢献量は数値を開示するだけではステークホルダーへの訴求効果が薄く、各企業のサステナビリティ戦略等に沿って取組み目的を定義し、活用方法を明確にしておくことが特に重要となる。

1.削減貢献量とは

(1)企業価値を表現する手段としての削減貢献量

2015年のCOP21において「パリ協定」が採択され、「世界の平均気温上昇を産業革命以前と比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃以内に抑える努力をする」という世界共通の長期目標が掲げられました。その後、2℃上昇では甚大な被害を免れないという意識が高まり、2021年のCOP26で「グラスゴー気候合意」が採択され、1.5℃目標に向かって世界が努力することが正式目標となりました。

ところが、1.5℃目標を達成するためには2020年から2030年までの間、毎年7.6%※1のGHG排出量を削減し続ける必要があるにもかかわらず、ほぼすべての経済活動が停滞したコロナ禍においても5.8%※2しか減少しなかった事実は世界中に衝撃を与えました。これまで以上に民間レベルの脱炭素の取組みを加速させる必要があるという危機感が高まるなか、昨今のステークホルダーから求められる経済成長との両立の原動力となり得る新しい指標として、注目を集めているのが「削減貢献量」です。

削減貢献量とは、製品やサービスの普及により企業が社会全体のGHG排出削減にどれだけ貢献したかを示す指標であり、環境にやさしい低炭素製品のGHG排出量と、従来製品のGHG排出量との差分から求めることができます(図表1参照)。

【図表1:削減貢献量とは】

削減貢献量_図表1

出典:KPMG作成

たとえば、企業努力により従来よりもGHG排出量を10tCO2/台から8tCO2/台に2割削減した低炭素製品を開発し、その結果として販売数が1万台から2万台と2倍に増えた場合、Scope1,2,3のGHG排出量では10万tCO2から16万tCO2に上がっており、6万tCO2増加していることがわかります。しかし、削減貢献量の指標を用いると、低炭素製品と従来製品の排出量の差分2tCO2に販売数の2万台を乗じた4万tCO2の低減に貢献したことになります(図表2参照)。

【図表2:削減貢献量とGHGプロトコルに基づく排出量の違い】

削減貢献量_図表2

出典:KPMG作成

このように、これまで企業が削減に取り組んできたScope1,2,3のGHG排出量では企業努力の成果がステークホルダーから評価されず、かえって削減に対して前向きでないとネガティブに捉えられかねない恐れがあります。しかし、低炭素製品によって社会からのGHG排出が減少した分を削減貢献量として定量化することで、技術開発の成果や企業の環境技術の優位性をステークホルダーにアピールすることができます。つまり、削減貢献量は企業のリスク評価で使用されるScope1,2,3とは異なり、企業の課題解決力=イノベーション力を企業価値として表現できる指標と言えます。

(2)日本主導による削減貢献量の普及

これまでGHG排出量の算定・削減・開示の各種ルールは、環境問題への関心が高いステークホルダーからの要請に応じるかたちで欧米主導により定められ、日本企業もそれに則した対応を進めていくという流れでした。また、ステークホルダーは、「GHG排出量の削減にどれだけ取り組んでいるか、実際に削減しているか」という目線で企業を評価する傾向が見られます。しかし、GHG排出量削減の主要な手段の1つである再生可能エネルギーは、日本では地理・気候的な要因をはじめとしたさまざまな理由から導入が遅れており、GHG排出量の削減は欧米等と比較して不利になりやすいのが実態です。

このような逆境において、削減貢献量はステークホルダーにGHG排出量の大小とは異なる新たな価値軸を提供するとともに、環境性能の高い製品・サービスの創出を進めてきた日本企業にとっては、国際競争力を大いに発揮することができる新しい土俵となる可能性を秘めています(図表3参照)。

【図表3:削減貢献量の基となる日本企業の強み】

削減貢献量_図表3

出典:資源エネルギー庁の資料を基にKPMG作成

日本では削減貢献量の算定ルールづくりを以前から積極的に推進しており、古くは一般社団法人日本化学工業協会や日本LCA学会などの業界団体の他、滋賀県※3や川崎市※4など地方自治体においても算定ガイドラインを策定し、ものづくりの強みを評価できるような仕組みを整えてきました。

最近では日本政府主導でGHGプロトコルの策定に関与したWBCSD(World Business Council for Sustainable Development)とともに具体的な仕組みづくりに取り組み、気候変動に関するさまざまな国際会議の場で削減貢献量の概念や意義を提唱しています。

2023年3月にWBCSDが発行した削減貢献量に関するガイダンス「Guidance on Avoided Emissions」は、初のグローバルスタンダードと位置付けられており、大きな注目を集めました。2023年のCOP28、および2024年のCOP29では、経済産業省がWBCSDと削減貢献量に関するイベントを開催し、企業の脱炭素ソリューションによる貢献の可視化の重要性や金融機関における企業評価への削減貢献量の活用事例などを発信しており、日本発信のルールづくりの成果が実を結び始めています。

2.評価指標としての削減貢献量の重要性の高まり

削減貢献量という新しい考え方が広まっていくなかで、企業を評価する側の金融機関や投資家も以下の3つの観点からこの指標に注目するようになってきています(図表4参照)。

【図表4:機関投資家の削減貢献量に対する考え方】

削減貢献量_図表4

出典:GXリーグの資料を基にKPMG作成

(1)削減貢献量の必要性

削減貢献量はScope1,2,3のGHG排出量のように規制によって強制される開示項目ではないため、企業側からは算定・開示は不要ではないかという声も聞かれますが、投資家は削減貢献量が大きい企業はイノベーション力が高い=成長性が高い企業として考えるようになってきています。

前章で述べたように、Scope1,2,3のGHG排出量では気候関連リスクを評価することはできますが、企業の成長にかかわる機会の特定には適していません。そこで、企業の成長性を非財務情報の観点から評価できる指標の1つとして削減貢献量が使われています。また、金融機関自身が自社の削減貢献量の実績を開示する目的として投融資先に対して削減貢献量の開示を求める例もあり、削減貢献量の算定に取り組む必要性は高まっていると言えます。

(2)財務インパクトとの関係性

企業側の立場として、削減貢献量を算定・開示してもステークホルダーに対してどれだけ訴求できるかわからず、売上・株価等の財務インパクトにどれくらい影響が出るのかも不明であるという声も聞かれます。しかし、前述の図表2に示したように、削減貢献量の算定式には製品やサービスの販売台数が含まれており、削減貢献量は売上と正の相関がある指標ということがわかります。

また、従来の製品やサービスと新しい製品やサービスのGHG排出量の差は、企業の脱炭素技術力の高さ=企業価値を示していると言えます。これらの理由から、金融機関・投資家は、削減貢献量を企業の成長につながる指標であり、経済的な価値との結び付きが強い指標と考えるようになってきています。

(3)算定内容の適正さ

削減貢献量の算定における業界ごとの詳細なルールは未整備のため、開示しても数値の信憑性からステークホルダーへの訴求効果が薄いのではと考える企業もあります。その一方、投資家からは、指標としての重要性と算定上の課題は分けて考えるべきとの意見があり、算定ルールは発展途上ではあるものの企業評価に活用しない理由はないと捉えられています。そのため、算定ルールの整備状況を理解したうえで活用を進めることが重要です。グリーンウォッシュを回避するには、算定シナリオと設定変数の根拠を開示することもポイントとなります。

なお、2024年のCOP29のジャパンパビリオンで開催されたセミナーでは、WBSCDの副代表より削減貢献量をGHGプロトコルに取り込む検討を始めたとの言及がありました。GHGプロトコルはGHG排出量を算定する際の事実上の国際スタンダードになっているため、これが実現すれば海外を含む幅広い企業へ普及していくとともに、削減貢献量に対する信憑性が高まるものと想定されます。

3.削減貢献量の活用~削減貢献量を企業価値向上に結び付けるには

これまで述べてきたように、削減貢献量は企業の環境技術の高さや競争力を示す指標として注目され始めていますが、算定時のシナリオの設定自由度が高く、ステークホルダーが企業間の削減貢献量を比較しづらいことから、ただ数字を開示するだけでは期待した効果は得られにくいと考えられます。そのため、KPMGでは、削減貢献量によるポジティブインパクトを最大化するためには、削減貢献量を算定・開示する目的やその活用方法の検討が重要と考えています。

図表5に示すように、削減貢献量は内部活用と外部活用に分類され、それぞれ期待できる効果が異なります。これまでの企業の取組みの多くは、自社の脱炭素の取組み貢献を外部に対してアピールし、製品・サービスを差別化したり、ステークホルダーからの投資の呼び込みを期待したりするものがほとんどでした。

【図表5:削減貢献量の活用】

削減貢献量_図表5

出典:KPMG作成

しかしながら、削減貢献量の活用はそれだけにとどまらず、内部における経営の意思決定や投資判断、従業員のモチベーション向上などにも活用していくことが可能です。つまり、削減貢献量に取り組む前に、まずはそれによって自社のサステナビリティ戦略上、どの事業プロセスにドライブをかけたいのか、ということを明確にしておく必要があります。

また、内部・外部いずれの活用目的としても、削減貢献量の算定・開示に取り組む際に最も留意すべき点としては、「算定結果についてストーリーを作成し、語れるようにしておくこと」です。前述したように、削減貢献量は算定の自由度が非常に高いためグリーンウォッシュのリスクが付きまといます。そこで、算定の前に「なぜそれを対象としたのか」「なぜその範囲なのか」「なぜそのシナリオなのか」「その算定によって何を伝えたいのか」について、一貫性をもって語れるようにしておかなければなりません。

それぞれの項目が曖昧であると、根拠のないひとりよがりの数値として受け取られてしまい、期待した効果が出ないばかりか、外部へ開示した場合には批判を受けるリスクが高まってしまいます。逆に、一貫性のあるストーリーに裏付けられた削減貢献量は数値に意味を持たせることができるため、経営層や外部ステークホルダーからの理解を得られやすくなり、企業価値の向上に結び付けられるものとして期待できます。

4.まとめ

カーボンニュートラル社会の実現や1.5℃目標の達成に向けて企業は努力を進めていますが、GHGプロトコルに基づくScope1,2,3排出量の削減だけでは達成が困難であることが見えてきました。企業はGHG排出量の排出源であると同時に、社会の排出削減に寄与する革新的な製品やサービスを創出できる存在であるため、そのネガティブインパクトのみでなくポジティブインパクトを評価可能な削減貢献量が注目を集めています。

日本が普及に努めてきた削減貢献量がようやく国際的に認められ、算定・開示のルールが策定されつつある昨今において、多くの日本企業が削減貢献量を活用して企業価値向上や収益拡大・資金獲得につなげることで、カーボンニュートラル社会の実現や1.5℃目標の達成に向けた取組みが加速していくことが望まれます。

執筆者

KPMGコンサルティング
パートナー 麻生 多恵
マネジャー 江原 正和
シニアコンサルタント 西村 隼

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