2022年11月20日に閉幕したCOP27(第27回気候変動枠組条約締約国会議)は、温室効果ガス(以下、「GHG」という)排出削減に関する誓約を果たしていない先進国の責務を厳しく問いかけるものとなりました。先進国の企業は、もはや「宣言するだけ」では評価されない状況となっており、カーボンニュートラルの実現に向け行動力と実効力を具体的に示す必要があります。しかし、昨今のウクライナ情勢や原油価格高騰などによりエネルギーを取り巻く環境は大きく変化、企業が脱炭素化に取り組むには厳しい環境となりました。それでも、パリ協定が掲げる「1.5℃目標」の達成に向け、企業は気候変動対策および脱炭素化施策を緩めることはできません。

気候変動・脱炭素化に関する国際動向は刻々と変化し、開示規制や当局要請も厳格化の一途です。市場や投資家も、これらに積極的に取り組む企業を高く評価し、新たな企業価値の創造を求めています。このような情勢において、企業がカーボンニュートラルを実現するために必要なことは何でしょうか。KPMGは、企業が実効性をもって着実にカーボンニュートラルを実践するための考え方として「カーボンマネジメント」を提唱しています。
本稿では、多くの要素を多面的・多角的に捉えながらの舵取りが求められる企業が取り組むべきポイントについて解説します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

POINT 1:定量情報なくして気候変動の影響は分析できない

気候変動をリスクと機会の両面から分析し、経営戦略上の計画と連携していることを合理的に示すためには、データを活用した気候変動シミュレーションとそれが実際に起こったときの対応シナリオを複数持つ必要がある。また、それらシナリオが経営に与える財務インパクトを定量的に評価することも重要だ。

POINT 2:SX推進に不可欠なDX

DX(デジタルトランスフォーメーション)が成功している企業の特徴は、経営戦略上の明確な目標とDX戦略が結びついており、経営陣の強いコミットメントがある。また、進捗状況を効果的にモニタリングし、経営の意思決定に直接的に連携もしている。これは、SX(サステナビリティ・トランスフォーメーション)を推進する際も同様だ。SXはDXの価値をより高め、DXはSXの実行には不可欠な存在だからである。つまり、SXとDXは融合して推進する必要がある。

POINT 3:カーボンニュートラルの実践にはカーボンマネジメント構築が不可欠

GHG排出源・排出量を適切に把握・可視化し、実行した削減施策の効果を継続的にモニタリングし開示することに加え、データに基づいた戦略的な意思決定を行うためのオペレーションやガバナンスを構築する「カーボンマネジメント」は、企業がカーボンニュートラルを実践する際に不可欠である。

I 問われる先進国の責務

2021年開催のCOP26は「緩和」に焦点があてられ、パリ協定を実質的な行動に移すためのルールブックの確立を目的とした、2015年のCOP21におけるパリ協定採択以来、最も重要なCOPと言われました。過去数回のCOPで合意に達することができなかったいくつかの非常に合意の難しい論点を合意に導き、「グラスゴー気候合意」を形成した点において、歴史的評価に値するとされています。
一方、COP27は「適応」に焦点があてられ、先進国の責務を厳しく問いかけるものとなりました。これまでになされたすべての約束や誓約の「実施計画」が議論されたことで、“実施のCOP”と言われています。特に、先進国が議論を避けてきた「損失と損害」の問題について、支援の専用基金の設置に合意したことは、途上国の勝利と評されています。

ただし、地球温暖化は加速の一途です。COP26以降の1年間で目標を引き上げた国や地域は20ヵ国以上あったものの、1.5℃目標達成には遠く及ばないことが明らかになっています。COP26において、先進国は2025年に向けて目標達成のための努力を続けることを約束しましたが、COP27では多くの途上国が先進国に進捗の報告を強く求める結果となりました。先進国の企業は、もはや「宣言するだけ」では評価されません。実施に向けた行動力と実行力が問われています。

II 日本企業の開示は投資家の期待に応えているか

1. 日本企業の統合報告は、“質”に対する評価が得られていない
企業開示は、その昔は財務報告が中心でした。非財務情報の重要性が高まったことで、現在はさまざまな報告書が発行されるようになりました。特に、長期的価値が重視されるようになってからは、サステナビリティ情報を開示する企業が増加しています。不確実性の高い世の中になり、開示報告書は企業の価値創造ストーリーを経営者自らが語り、その進捗状況を報告するためのコミュニケーションツールの意味合いが強くなっています。これはつまり、自社の価値創造を他の多くの企業と客観的に比較するためにあるとも言えます。

それでは、日本企業の開示は投資家の期待に応えることができているのでしょうか。TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)の賛同表明企業・機関の数は、日本は最多国であり、気候変動に関する理解は相対的に高いとされています(図表1参照)。しかし、企業の統合報告の“質”に対する評価は決して高くありません(図表2参照)。

【図表1:TCFD賛同上位8ヵ国・地域(2022年9月22日現在)】

カーボンニュートラル実現のカギ_図表1

出典:TCFD公式ホームページ の情報を基にKPMG作成

【図表2:統合報告書の総合スコア】

カーボンニュートラル実現のカギ_図表2

出典:論文「A Comparative Analysis of Integrated Reporting in Ten Countries」(著:Robert G. Eccles等、2019年)を基にKPMG作成

2. 気候変動の影響は定量情報なくして判断できない
企業の上場要件に統合報告の実施が義務付けられている南アフリカや上場企業に非財務情報の開示を義務付けている欧州のスコアが高いことは理解できます。一方、日本もプライム市場上場企業はTCFD提言に沿った開示が実質的に義務化されています。それでも、日本企業の統合報告のスコアが低いのはなぜなのでしょうか。
統合報告では、気候変動をリスクと機会の両面から分析し、経営戦略上の計画と連携していることを合理的に示すことが重要となります。そのためには、科学的根拠に基づくデータを活用した気候変動シミュレーションと、それが実際に起こったときの対応シナリオを複数持つ必要があります。また、それらのシナリオが経営に与える財務インパクトを定量的に評価することも重要です。
しかし、現在の日本企業の統合報告では、影響の度合いを「大」「中」「小」などの定性的な指標で示すにとどまっていることが多い状況です。定量的に分析しているケースでも、その範囲を限定したり、当座の分析となっています。今後は、中長期的、かつ継続的な定量分析を行い、経営戦略的思考をもって気候変動に対応するマネジメント能力があることを示していく必要があります。

III 脱炭素化推進のカギはDXの浸透

1. SXとDXの違い
世界中の企業が取組みを加速させているSX(サステナビリティ・トランスフォーメーション、以下「SX」という)とは、自社の強み・競争優位性・ビジネスモデルなどの「稼ぐ力」と「ESG対策」を両立する持続可能性を重視した経営方針のことを指します。一方、DX(デジタルトランスフォーメーション、以下「DX」という)とは、デジタル技術の活用を通じて、デジタル化が進む高度な将来市場においても新たな付加価値を生み出せるよう、従来のビジネスモデルや組織を変革することです。SXもDXも、企業が生き残っていくために経営の在り方を見直し、企業価値を高める点では同じです。
ただし、DXが現在の組織を変革し、比較的短期に成果を求めていくものであるのに対し、SXは環境変化にも負けない長期安定的なビジネスモデルを目指します。
つまり、両者は時間軸が異なるということです。

2. SXとDXの融合
自社とその他多くの企業の価値創造を客観的に比較するためには、前述のとおり、定量分析に基づく開示を行う必要があります。これからの企業は、「自社を取り巻く複雑なリスクを予見し対応するマネジメント能力」と「新たな価値創造を自社の事業戦略の文脈で定義するマネジメント能力」を示す必要がありますが、これらは定量的なデータ分析なくして示すことはできません。

ところで、多くの企業はSXとDXを別のものとして推進する傾向にありますが、これには留意が必要です。日本企業のDX推進は、世界から見るとスピード感が出ているとは言えません。DXが成功している企業の特徴は、経営戦略上の明確な目標とDX戦略が結びついており、経営陣の強いコミットメントがあります。また、進捗状況を効果的にモニタリングし、経営の意思決定に直接的に連携している点も挙げられます。これは、SXを推進する際も同様に重要と考えられます。

SXの取組みは、中長期的な視点で、今後数十年にわたり継続させていく必要があります。その間、規制や開示要求は刻々と変化することが予想され、エネルギー環境も予測不可能な面があります。このようななかでも、DXが浸透している企業は、透明性と信頼性が確保されたデータをSXの推進に利活用することができるため、不確実な環境においても、経営判断の合理性を示すことができます。その結果、機敏かつ柔軟に戦略的なシナリオを作ることにつながり、企業としてのレジリエンスを発揮することができるようになります。

SXはDXの価値を高め、DXはSXの実行には不可欠なのです。したがって、SXとDXは別々にではなく、融合して推進する必要があります。
特に、カーボンニュートラルの実現にはDXがカギとなります。商品やサービスのライフライクル全般(原材料調達から廃棄・リサイクルまで)で排出されたGHGの量を可視化するカーボンフットプリントは、多くの企業で取り組まれていますが、これはデータ管理がポイントとなるためにツールの活用も重要です。しかし、カーボンニュートラルに向けてより重要なのは、その先にある削減施策の実行とその効果のモニタリング、そしてそれらを経営戦略の文脈のなかで意思決定できるようにすることです。KPMGは、これら一連のサイクルを管理するデータフレームワークとして「Climate Accounting Infrastructure」を考案しました(図表3参照)。

【図表3:Climate Accounting Infrastructure】

カーボンニュートラル実現のカギ_図表3

出典:KPMG作成

Ⅳ カーボンマネジメント構築の重要性

KPMGが考案したClimate Accounting Infrastructureは、GHG排出源・排出量を適切に把握・可視化するとともに、実行した削減施策の効果を定常的・継続的にモニタリングし、経営戦略の文脈で意思決定した内容を開示する一連のマネジメントサイクルを管理するためのフレームワークです。KPMGでは、このClimate Accounting Infrastructureの活用に加え、規制や開示要求が刻々と変化する状況においても、データに基づいた戦略的な意思決定を行うためのオペレーションやガバナンスを構築することを総合して、「カーボンマネジメント」と定義しています。

企業がカーボンニュートラルに向けて取り組む内容は多岐にわたりますが、これまではブランディング戦略の一環の様相があったことは否めません。また、脱炭素化の目標達成のために、実際に変革を起こしていくトランスフォーメーション領域には明確な方法論がないことから、企業の取組みも散発的になりがちです。なかには、施策実行と経営戦略が連携していないケースも多く見受けられます。

現在、トップランナーとして脱炭素化を推進している企業は、強力なリーダーシップが発揮されていたり、トップダウン経営が浸透しているなどの特徴的な企業文化が見られます。トップダウン方式とボトムアップ方式のメリットやデメリット、日本企業のカルチャー論はここでは触れませんが、いずれの経営スタイルであっても、実効性をもって着実にカーボンニュートラルを実践することが、これからはより強く求められます。KPMGが提唱する「カーボンマネジメント」は、企業のカーボンニュートラル実践を強力に支援するものになると考えています。

Ⅴ 企業がいま意識すべき3つのこと

企業が「カーボンマネジメント」を構築し、脱炭素化に向けて取組みを加速するにあたり、意識すべきポイントは次の3つです(図表4参照)。

【図表4:企業が意識すべき3つのポイント】

カーボンニュートラル実現のカギ_図表4

出典:KPMG作成

1. 削減目標の信頼性確保
現在、多くの日本企業が、2030年度または2050年度に向けたCO2 排出量の削減目標を掲げていますが、目標設定を行うこと自体はそれほど難しいことではありません。重要なのは、その信頼性の確保です。なぜなら、業界平均や同業他社比での設定は説得力に欠けるだけでなく、達成に向けたロードマップが見えないからです。
信頼性を確保するには、SBT(Science Based Targets:科学的根拠に基づいた目標設定)などのグローバルスタンダードを参照するほか、自社のエネルギー排出の現状分析、実行中の削減施策の効果、今後のエネルギー調達事情などの分析を踏まえ、目標設定の根拠を合理的に説明できる必要があります。

2. 実効的かつ有効な削減施策
企業がCO2 削減を検討する方向性は大きく以下の3つに分類されます。

・ 排出量の物理的削減
・ グリーン電力の導入
・ オフセット

CO2 が排出される要素・要因は、事業内容やビジネスモデルによって異なります。
そのため、自社の状況に応じて、より有効な施策を識別し、複数の施策を組み合わせて削減の実効性を確保していく必要があります。
なかでも、削減効果が大きく発揮されるグリーン電力の導入は、多くの企業が取り組んでいます。グリーン電力の導入は、これまではグリーン電力証書の購入が主流でしたが、最近ではコーポレートPPA(企業が発電事業者から自然エネルギーに由来する電力を長期購入する契約)にシフトする傾向が強くなっています。この背景には、証書価格の引上げやPPA(電力販売契約)に関する規制の緩和、エネルギー調達のグローバル動向などが挙げられますが、企業の意識変化もあるようです。企業価値を高めるにあたっては、より本質的に環境負荷を軽減する施策を重要視する企業が増えた結果、コーポレートPPAへの注目が高まっているものと考えられます。
 

3. デジタルソリューションの活用
企業は、今後数十年にわたり長期的に継続してカーボンニュートラルに取り組む必要があります。そのためには、一連のプロセスを属人化させず、データに基づき客観性をもって意思決定できるようにする必要があります。しかし、現状では、人海戦術でGHG排出データを収集するケースも多く、削減施策を個別に散発的に実施していることで状況把握に時間を要する傾向にあります。また、サステナビリティ推進部などの旗振り役の部門が新設され、通常業務とは離れたところで実施するケースも多く見られます。これでは、情報の一元管理、適時モニタリング、内外環境変化への柔軟対応が難しく、リスク管理や財務インパクト分析にもつなげることができません。
「カーボンマネジメント」を効果的に導入するには、基盤となる統合データベースや予測・分析を行うデジタルソリューションの導入が不可欠なのです。

Ⅵ さいごに

繰り返しになりますが、世界中の企業が気候変動・脱炭素化の取組みを本格化させ、事業戦略を転換するなか、日本企業は遅れを取っていると言わざるを得ません。
デジタル化の分野も同様です。さまざまな分野で日本企業が世界から遅れてしまう原因として、日本企業はスピード感に欠け、変化することが苦手であることが挙げられます。競争力は他社との比較で決まります。

努力して成長したとしても、他社がそれ以上に成長すれば後塵を拝することになります。日本企業が、今こそ変化とスピードが必要であることを認識していながら、実行できていないのはなぜでしょうか。長期的、かつ不確実性の高い課題に対し、組織が戦略的に取り組むための決断をするには、合理的で定量的な根拠に基づき分析されたシナリオを複数持つことが不可欠です。過去の経験則に基づき、現在を起点に将来を定性的に予測する方法では決断することはできません。
新型コロナウイルス感染症のパンデミックは、日本企業が一歩を踏み出せないジレンマを打破するきっかけになったと言えます。

変化することを考えもしなかった慣習、仕事のやり方、ライフスタイルに対する価値観など、さまざまなことが一斉に変わり、それが社会課題の解決につながったことを多くの人が共通体験しました。これは、横並びの牽制文化では起き得なかった変化です。
新しい価値観が企業を変え、新しい付加価値を生み出すことを実感した日本企業が、「カーボンマネジメント」を構築することでスピーディーかつしなやかな意思決定と実践力を確保し、これからの脱炭素化に向けた大競争時代を勝ち抜いていくと信じます。

執筆者

KPMGコンサルティング
パートナー 麻生 多恵

お問合せ