連載「トレンドレーダー」は、身近になりつつある高度な技術と関連するビジネスユースケース、果敢に挑戦する企業の取り組みなどをご紹介し、多くの企業にとって新しい打ち手の参考となるインサイトをお届けします。

1.デジタルツインの基本概念と進化

デジタルツインとは、現実の物理的な対象をデジタル空間上に再現する技術である。この技術は近年めざましい進化を遂げており、IoTセンサーの発展により、各部品の稼働データまでもが取り込まれ、現場での動きを精密に再現できるようになった。

さらに、部品データがない場合でも、照射したレーザーの反射光をもとに対象物を計測するLidar(Light Detection and Ranging)や動画から3次元空間を読み取り、デジタル空間に再現することも可能だ。IoT機器からのデータを高速の5G通信で取り込むことにより、リアルタイムでの変更すら反映できるようになっている。

2. 製造現場での活用メリット

従来の製造現場では、生産ラインの変更や保守に多大な時間とコストを要してきた。しかし、デジタルツインの導入により、これらの作業を仮想空間内で実施できるようになり、大幅な効率化が実現している。

たとえば、生産ラインの構成変更が必要な場合、実際の現場に手を加える前に、仮想空間上で綿密なシミュレーションを行うことが可能だ。また、設計や製造のプロセスを仮想空間上で検証することで、生産におけるボトルネックを特定でき、迅速な改善につなげることができる。

設備保守の計画にいたっても、従来の定期検査ではなく、IoTセンサーから取得した稼働データをもとに、故障の予兆を事前に予測することで、生産ラインのダウンタイムを大幅に削減することが可能となっている。

3. デジタルツインを進化させるデータ連携と課題

デジタルツインの、さらなる効果的な運用を可能にするのがデータ連携だ。製造業において各製品の設計から生産、保守などさまざまな段階において、異なる企業のデータを多数連携することにより、より迅速で正確な意思決定が可能になる。たとえば、生産ラインを構築する場合では、いかに高い精度でシミュレーションが行えるかは、どれだけ多くの部品のデータを組み合わせられるかが肝となってくる。また、カーボンフットプリント算出など持続可能性の観点では一貫した算出基準でのシミュレーションできるかが大事であるために、共通した基準でのデータ連携が重要となってくる。

欧州ではGaia-Xというデータ連携プラットフォームの構想が進められている。製造業における相互運用性を重視したエコシステムの構築を目指しており、日本の企業も続々と参画している。一方、日本でも経済産業省が進めるOuranos Ecosystem(ウラノスエコシステム)を通じて、高度なセキュリティと信頼性を備えたデータ連携の整備が進められている。異業種かつ多数の企業が参加することは、イノベーションや設備保守の効率化の促進にもつながる。

なお、多数の組織をまたいだデータ連携によるデジタルツイン構築のメリットが享受できるのは製造現場にとどまらない。人流や物流、インフラの保守点検にも使われ始めているドローンの情報を共有するプラットフォームの事例も現れ始めている。ドローン保有事業者の所在地や保有するドローンのスペックなどのデータなど、都市機能において、ドローンをはじめとしたモビリティのデータが共有されている。都市交通がデジタルツインで表現される近い将来、このようなデータ共有が重要になってくる。日本のデジタル庁も、2024年に策定された「デジタル社会の実現に向けた重点計画」の一環としてデジタルツイン技術を政策に組み込んでいる。この計画では、官民連携を通じて多組織間のデータ相互運用性を確保しながら、デジタルツインを活用した3D都市モデルやデジタルライフラインの整備、都市計画やモビリティ、医療分野でのシミュレーション技術を駆使することで、災害対応能力の向上や公共サービスの効率化を目指している。

しかしながら、企業やシステムを超えたデータ共有には依然として慎重な見方も多く存在する。データの互換性の問題やセキュリティ・プライバシーリスクが想定されるからだ。特に、欧州と日本では情報管理に関する法規制やレギュレーションが異なり、データガバナンスに関する施策を要するため、国を跨いでのデータ連携にはさまざまなハードルが存在しているのが現状だ。

4. 欧州の製造業における活用例と最新動向

デジタルツインの導入が特に進んでいるのは、かつて製造業のデジタル変革である「Industry 4.0」をかかげ、スマートファクトリー化を進めたドイツを中心とする欧州の製造業界だ。欧州で特に注目を集めている活用例の1つが、流体機械に関するデータ共有プラットフォームである。生産ラインの構成部品の交換が必要になった際、このプラットフォームを活用することで、代替品の検討をデジタルツイン上で行うことができる。従来は競合他社がデータを共有することはあり得なかったが、現状の部品が入手困難な場合でも、適切な代替品を容易に見つけ出せることはユーザーにとっては理にかなっている。これはサーキュラーエコノミー政策等で環境規制の水準が高い欧州らしく、持続可能性に富んだ取り組みといえる。

最近では、生産プラントのメンテナンス領域でも革新的な取り組みが行われている。たとえば、生成AIを活用した対話形式の作業指示生成システムにより、作業手順の指示から実施記録、モニタリングまでをシームレスに管理できるようになっている。さらに、作業員のバイタルセンサーやカメラと連動することで、リアルタイムでの安全確保や進捗管理も実現している。

5. 今後の展望

デジタルツインの技術は、単独での活用以上に、さまざまなデータやテクノロジーとの連携によって、その真価を発揮する。製造現場におけるデジタルツインの活用、さらには自社データのみならず企業を跨いだ連携を行うことで、大きな競争力の向上が期待できる。今後、このような技術基盤を活用できるか否かが、製造業における重要な競争力の差となっていくであろう。

デジタルツインを中心としたデジタルトランスフォーメーションは、製造業に新たな可能性をもたらしている。継続的な技術革新と、企業間での積極的な連携により、さらなる発展が期待される分野といえる。

 

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監修

KPMG FAS 
執行役員パートナー/KPMGジャパン 製造セクター統轄パートナー
岡本 准

執筆

KPMGアドバイザリーライトハウス
デジタルインテリジェンスインスティテュート リード
マネージャー / 佐藤 昌平

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