セキュアなIoTインフラが生み出す新たなビジネスチャンス(後編)―「次世代ビジネスを牽引するテクノロジー最前線」
KPMG×先進技術をビジネスに取り入れるイノベーション企業との対談/CollaboGate Japan株式会社 代表取締役CEOの三井 正義氏をお招きし、メトリクスデータ活用によるビジネスの可能性と課題などについてお話を伺いました。
KPMG×先進技術をビジネスに取り入れるイノベーション企業対談/CollaboGate Japan株式会社 代表取締役CEO三井 正義氏をお招きし、お話を伺います。
世界でおよそ300億台が接続されているとされるIoTデバイス。さまざまなセンサーを用い、現実世界の情報をリアルタイムにデジタル化して活用するエッジコンピューティングが発展しています。その一方で、データ漏えい・改竄、不正アクセスなどの脆弱性が生じやすく、サイバー攻撃や不正アクセス事案が後を絶ちません。この課題を解決し、デジタル社会がさらに発展していくには、データの信頼性を担保することが不可欠です。
データの正確性・機密性・信頼性を守りながらデータ活用を進めるために社会がどう変わっていくべきか。今回は、自由かつ安全なデータ運用基盤の整備に必要なソリューションを開発するCollaboGate Japan株式会社代表取締役CEOの三井正義様をお招きし、KPMGコンサルティングの関克彦、一原盛悟、保坂範和、KPMGアドバイザリーライトハウスの松尾英胤がお話を伺いました。
後編では、メトリクスデータ活用によるビジネスの可能性と課題、そしてCollaboGate Japanの描く未来と展望を発信します。
対談者
1.信頼性と真正性がデータの価値を上げる
松尾:CollaboGate Japanの技術は、収集したデータを分析し、何らかのアウトプットを出すというものです。昨今、収集したデータと生成AIを組み合わせて考えることが一般的になってきていますが、この潮流についてどうお考えですか。
三井氏:メトリクスデータ(各製品から得られる定量的な数値情報)の取得による成果として、3つほどパターンが見えてきています。
1つめはコストの削減です。ある自動車会社から聞いた話によると、自動車開発は1つの部品の精度にこだわるだけで、予算が年間で何百億円にもなるのだそうです。これまでは、その部品にその精度が本当に必要なのかは、実際の利用状況を調べないと判断できませんでした。しかし、メトリクスデータにより、お客様が本当に必要としている機能がリアルタイムにわかるようになると、「この機能は不要だ」と早い意思決定ができるようになります。それだけで、業務の効率化が進み、原価を何百億円も下げることができます。
2つめは、新しいレベニューストリーム(収益源)を作ることです。これまではモノを売って終わりのフロー型の収益モデルでしたが、それをストック型の収益に変えることが、経営層のトップアジェンダになっています。そのための手法はいろいろあります。モノと周辺のソリューションやソフトウェアをセットで売ってもよいですし、製品のアフターサービスを提供するという手もあります。AIの活用先として、製品のダウンタイムを短縮する予兆保全など、ユーザーの価値になるようなサービスにつなげるなどです。それにはやはり、製品のデータを集めておく必要があります。
3つめがデータドリブンのソリューションを作ることです。たとえば、エネルギーの消費量や周辺の環境データを集めて自然言語処理に特化したLLM(Large Language Models:大規模言語モデル)で分析すると、人間が今までできなかったような最適化が可能となります。最適化した結果をリモート制御でフィードバックすれば、たとえば消費電力を下げたり、新たな価値を創出したりすることができるようになります。これは先の可能性として花開く領域です。
データの可能性が広がっているのにこれらが実現できないハードルの1つに、セキュリティ課題があります。ビジネスの可用性を落とさずに安全なインフラを作ることは非常に難しく、そこが一番のボトルネックになっているのだと考えます。
松尾:セキュリティにおける具体的な打ち手不足ですよね。
三井氏:そうです。脅威もなんとなく理解しているのだけれども、今は打ち手が圧倒的に足りていません。
CollaboGate Japan株式会社
三井 正義 氏
関:多くのデバイスがつながり、多種多様なデータを取得できるようになると、業務効率化や生産性向上の観点においても今までと違う分析が可能になったり、違う視点が得られたりします。一方、ESG開示をはじめとする非財務情報の収集の分野においても、出自が異なる多種多様なデータの収集が必要となりますが、デバイスを通じてさまざまなタイプのデータをきめ細かく取得することで、より客観的かつ付加価値の高いデータ収集を実現できるのではないかと考えます。
三井氏:そうですね。暗号学的に検証できるということは非常に大事です。集めたデータを活用し、どうやってESGの開示やカーボンの削減量をみんなで共有していくかとなると、やはりデータの信頼性や出自をどう確認するのかが非常に重要です。でも、これはデータが国・地域を超えると、とたんに難しくなります。
ここ数年、デジタル社会に流通するデータの信頼性を担保する仕組みを作ろうということで、Trusted Web1という取組みが日本政府の主導で推進されています。Trusted Webでは、第三者がデータそのものを暗号学的に正しいと検証できる分散型IDやVerifiable Credentialsという仕組みを使っていますが、こうしたテクノロジーを私たちはソリューションとしてプロダクトに組み込んでいます。私たちのソリューションを活用すれば、デバイスからセキュアにデータを集められるだけでなく、そのデータの正確性と真正性を、社会課題解決を視野に入れながら集めていくことができます。
これを企業側から見ると、データの1ビットあたりの付加価値を上げるということになります。データの量を集めるだけではなく、信頼性が高く検証可能であるということで、その価値をより高めることができるのです。
KPMGコンサルティング株式会社
関 克彦
2.コラボレーションが非線形の発想を広げる
松尾:データの信頼性と真正性がデータの価値をより高めるという点について、実際のコンサルティングの現場ではいかがでしょうか。
一原:データの重要性を認識している企業もある一方で、何のデータが必要なのか、どのようにデータを収集するのか、具体的な手法にまで至っていないケースが多いように感じます。さらには、今あるデータの活用方法に悩んでいる企業もありますし、そもそもデータが持つ価値に気づいていない企業も存在します。シーズばかりを追って、ニーズが何かを見えていないのです。ですから、警鐘を鳴らしたり、先進事例を紹介したりすることで、気づきにつなげられればと考えています。また、収集したデータに信頼性があっても、取り扱い方によってはその信頼性が崩れてしまうこともありますから、データの確からしさを担保する仕組みも求められていると感じています。
関:データ活用に関して、直線的な発想でのイメージは比較的持ちやすいものです。このデータを取得することで、何が実現できるかを直接の因果関係でとらえやすいからですね。一方で、非線形の発想はなかなか難しく、従来の経験や発想の延長でもなかなかひねり出せない部分でもあります。
特に複合的な課題に向き合う際には、要素分解したり、少し離れた視点との組み合わせで整理したりしていくこともあります。その際には、一見関係性の薄そうなデータ間を同時並行的にイメージして関係性を考えるケースなども出てきます。
三井氏:非線形の飛地にあるような価値を理解したり、イメージしたりするのは、事例がないと難しいのでしょうか。
関:必ずしも必要ということではありませんが、その時点では一見飛地に見えるが実は関係性があるという具体的な事例などは、イメージする上での助けになると思います。後付けで考えると「なるほど」と思うことを最初に考えつくのは難易度が高いですが、日ごろからそのような視点を持った物事のとらえ方などが重要だと思います。
松尾:距離感も重要ですね。飛地が遠いと本当にイメージしづらいですが、近ければイメージしやすくなります。
三井氏:非線形の発想の例だと、あるロッカー事業者と議論をした時に面白い話になりました。業界で、運送やラストワンマイル効率化を直線的に解決しようとすると、すぐにドローン配送などの話になるのだそうです。でも、この議論に僕らが参加すると、ロッカーの利用状況が、川下にいる宅配業者とうまく共有されていない問題を見つけて、ロッカーの利用状況や利用頻度などの統計データを活用することで、運送ルートを最適化できる可能性を提示できます。これは、非線形の発想に近いかもしれません。こういう事例は他にもたくさんありますね。
松尾:「荷物をお客様のところまで届けなければいけない」という、みんなが持っている先入観に阻害されて、非線形の発想ができなくなることは多いですね。でも、「ロッカーに留めておけばいい」という発想に転換すると、配送のルートも配車計画も大きく変わります。
三井氏:そうですね。例えば、コールドロッカーが普及してデータ活用が進むと、生鮮食品市場の配達ルートが変わり、おそらくエコシステムも変わっていくのではないでしょうか。フィジカルな世界のデータはこういうことを引き起こせるので、本当に大きな可能性があります。
松尾:エコシステムは確実に変わるでしょうね。なぜ、実現できないのでしょうか。
一原:サプライチェーン全体に対してとなると、啓発していくための仕組みも含めて、一企業では実現が難しいのかもしれません。一方、業界として見ると、最終的な恩恵が得られるように枠組みを設計することが求められます。
KPMGコンサルティング株式会社
一原 盛悟
保坂:刺激が必要なのだと感じています。OTの原則は安定稼働で、今の業務を正確にこなすというミッションがあります。ゆえに、それを妨げるようなアイデアを出すことはありません。しかし、アイデアを出せるのは、やはりOTの現場がわかっている人たちです。たとえば、我々が「現状のネットワーク構成でやるならば、ここにファイアウォールを置いてアクセスを制限すべきです」とセキュリティの必要性を説明すると、「それなら、今後のデータの流れを考慮してこういうネットワーク構成に変えたほうがセキュリティと業務効率の両面で改善されるね」と、現場からもっといい案を出してくれることがあります。日本にはOTの優秀なエンジニアがたくさんいますが、先の非線形の発想のためには、おそらく1社ではだめで、コラボレーションすることによって刺激が生まれてくるのだと考えます。
関:つなぐことには慎重だけれども、アイデアを出しながら少しずつでも前進する方もいれば、つながった先の新しい世界において、ビジネス環境が変革し、そのメリットを享受する方もいます。両者は、おそらく実現したい将来像が違うのでしょう。これはただつなげばいいという単純な話ではないですし、つながって直接的にみんなにメリットがあるというわけでもない。仮にあったとしても、メリットを享受するのにタイムラグが生じることもある。異なるレイヤーの皆さんにシフトチェンジが起きてはじめて得られるメリットなので、訴求する先も難しいのでしょうね。
三井氏:一番直線的に早く利益を得られる、影響力のあるレイヤーを巻き込むべきなのでしょうね。社会的なレイヤーを上げていって、そこで標準化とか、データカタログを作るといった提案をしても、そこまでいくとまったく進まなくなります。
松尾:どんどん抽象度が高くなりますから、難しいですよね。
KPMGコンサルティング株式会社
保坂 範和
3.日本からIoTの世界標準を
関:集めるデータによっては、取得される側からハレーションを引き起こすことがあります。たとえば、鉄道の移動データや、IoTデバイスの接続が進むことによって収集される家庭内のデータなどには多くの示唆が含まれていますが、その利用には懸念が呈されています。御社では、収集したデータの取り扱い方、その先のハレーションも見据えた対処はどうされているのでしょうか。
三井氏:私たちのお客様はグローバルに展開しているメーカーが多いですから、GDPRの話も中国で作ったデータの移転規制の話なども必ず出てきます。プライバシーの捉え方は国・地域によって違いますし、標準がありません。ローカライズして最適化していくのが前提ですが、それでもやはり事前に許諾を取るオプトインで、お客様にしっかりと「こういうデータをこういう目的で使います」と説明していくのが世界のスタンダードだと考えています。
そうなると、誰がその責任を持つのかという問題がでてきます。私は、製品とエンドユーザーのことを最も理解しているメーカーが、エンドユーザーのプライバシーを考慮してサービスを提供していくことが、日本でもスタンダードになるべきだと思っています。特に、人が直接操作する家庭用冷蔵庫などのデータプライバシー保護については、最終的にはメーカーが責任を持つべきだと考えています。
現状では、業界や機器によっては、この責任が機器を設置するベンダーにある場合もあります。将来的には、「こういう機器で、こういうセグメントの場合、このプライバシーの責任は誰が持つのか」という点が重要な論点になると思います。
関:おっしゃるとおりプライバシーの線引きは非常に難しいですけれども、慎重かつしっかりと考慮したうえで、より多くが活用できるデータに昇華させたいですね。
三井氏:そうですね。私たちのソリューションでは、すべてのデータ通信で機密性を担保するように設計しています。プライバシーや機密情報を持っているデータに、意図しない第三者がアクセスできる状況を避けたいからです。その点では、ネットワーク上のトラフィックデータの保護は必須で実施しなければなりません。セキュアな通信プロトコルが使えない環境でも、私たちのソリューションではデータそのものを送信元から受信先までエンドツーエンドで暗号化して送ることができます。また、説明責任という意味で、データがどう使われたかを示すトレーサビリティの担保は非常に重要となりますが、これもログデータとして追跡することができます。
松尾:最後に、目指す将来や展望をお聞かせください。
三井氏:ウェブの国際標準規格は、W3C、DIF、IETFなどの標準化団体で議論され、仕様が決まりますが、こうした議論をリードする日本人はほとんどいません。GAFAMをはじめとするグローバルIT企業が膨大な投資を行い、自社に有利な戦況を作り上げていますが、日本はその戦いに参加すらしていないのが現状です。
私が日本代表を務めるDIF(Decentralized Identity Foundation)で進めてきたDID技術が、2022年7月にW3C(World Wide Web Consortium)の標準規格として承認されました。現時点で、このDID技術をIoTの世界に応用し商用化まで漕ぎ着けているのは、私たちだけです。CollaboGateはわずか十数人のスタートアップですが、この領域で世界のトップを走っているプレイヤーです。ものづくり大国である日本から、モノとデジタルの世界をつなぐデータインフラ事業としてグローバルで勝負したいと考えています。データとテクノロジーの力で製品の本質的な価値を解放すること。事業を通じて、顧客の事業拡大に貢献し、その先にある社会課題解決に挑戦していくことを、仲間と共に楽しんでいきたいと思います。
株式会社 KPMGアドバイザリーライトハウス
松尾 英胤
1 Trusted Webとは、内閣官房デジタル市場競争本部が提唱する、インターネット上に流通する情報の信頼性を担保する仕組み。その目的は「デジタル社会におけるさまざまな社会活動に対応するTrustの仕組みをつくり、多様な主体による新しい価値の創出を実現」にある(「Trusted Web ホワイトペーパーver2.0概要」より引用)。
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