AIとリアルタイムデータによる脱炭素社会の次の一手―「次世代ビジネスを牽引するテクノロジー最前線」

KPMG×先進技術をビジネスに取り入れるイノベーション企業との対談/デジタル技術を活用した脱炭素社会におけるDXについて、デジタルグリッド株式会社 代表取締役社長 豊田 祐介氏をお招きし、お話を伺いました。

デジタル技術を活用した脱炭素社会におけるDXについて、デジタルグリッド株式会社 代表取締役社長 豊田 祐介氏をお招きし、お話を伺いました。

近年、企業における環境関連リスクへの注目度が高くなり、その対応にも関心が集まる状況になりつつあります。企業には、脱炭素社会に向けた取組みや、地震、台風および異常気象などの自然災害への備え、また生物多様性への影響を考慮しつつ、中長期的な企業価値向上やビジネストランスフォーメーション(DX)を実現することが求められています。

本対談では、デジタル技術を活用した脱炭素社会におけるDXについて、デジタルグリッド株式会社 代表取締役社長 豊田 祐介氏をお招きし、KPMGコンサルティングの関克彦、金子直弘、KPMGアドバイザリーライトハウスの松尾 英胤がお話を伺いました。

対談者

次世代ビジネスを牽引するテクノロジー最前線-1

右から:
KPMGコンサルティング株式会社
ガバナンス・リスク&コンプラアインス・サービス統轄パートナー 関 克彦

デジタルグリッド株式会社
代表取締役社長 豊田 祐介氏

KPMGコンサルティング株式会社
デジタル・トランスフォーメーション・アクセラレーション パートナー 金子 直弘

株式会社 KPMGアドバイザリーライトハウス
ストラテジー&ビジネスオペレーションズ統轄ディレクター 松尾 英胤

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「エネルギーの民主化」は電力の世界における変革である

松尾:御社は電力調達・取引プラットフォーム(デジタルグリッドプラットフォーム:DGP)を展開され、「エネルギーの民主化を実現する」をミッションに掲げていますが、どのような経緯で事業がスタートしたのでしょうか?

豊田氏:デジタルグリッドは、2008年に東京大学で生まれました。インターネットのような革命が電力の世界でも起きるのではないかというコンセプトのもと、研究が始まりました。究極的に目指すのは、エネルギーの民主化です。

従来は、火力発電所や原子力発電所といった巨大な発電設備を上流に作り、上流から下流に電力を流す一方通行のビジネスモデルでしたが、その電力の世界が分散型になりつつあります。電力を提供するさまざまな供給者が登場し、至るところに太陽光パネルが設置され、今では多数の供給者が分散しています。そこでデジタルグリッドは、需要者が主体的に電力を調達できるよう電力調達・取引プラットフォーム(デジタルグリッドプラットフォーム:DGP)を展開しています。

次世代ビジネスを牽引するテクノロジー最前線-2

デジタルグリッド株式会社
豊田 祐介氏

日本では、再生可能エネルギーのほとんどは太陽光発電です。太陽光発電が普及した理由は、2012年にFIT(固定価格買取制度:再生可能エネルギーで発電した電気を、電力会社が一定価格で一定期間買い取る助成制度)と呼ばれる手厚い補助金制度が始まったことに由来します。FITは、太陽光発電に対して長期間のキャッシュフローが約束する、端的に言えば「発電だけすればよい」という補助金制度でした。そのFITが2022年から部分的に終了となり、FIP(フィードインプレミアム制度:再生可能エネルギーの売電価格に一定のプレミアム(補助額)を上乗せする制度)と呼ばれる制度に移行しました。この制度変更により、「発電したら電力を自ら売らなければならない」ことになりました。このような状況下では、電力売買を誰かが支援しなければ、世の中の再生可能エネルギーの流通量が増えません。

今まさに行政が検討中の第7次エネルギー基本計画では、少なくとも2030年に再生可能エネルギーの割合を38%までに引き上げるという議論になっています。しかしながら、直近10年の再生可能エネルギーの増加率は10%程度。つまり、これまでの2倍近くの増加率、今後10年で28%も増加させないと実現できないわけです。そのためには、電力売買の基盤となるプラットフォームが必ず必要となるため、DGPを構築しました。

デジタルグリッドプラットフォーム(DGP)は、デジタルグリッド株式会社の登録商標です。

電力需給予測に必要なAI予測精度の向上には、リアルタイムデータを取り入れ、余分なデータを排除する

豊田氏:再生可能エネルギーにおける電力取引は、発電した電力を「A社が売ります、マッチングしてB社が買います」だけでは終わりません。電力を届けるには送電が必要で、送配電網を利用するには予約しなければなりません。あまり知られていませんが、送配電網の利用は事前予約制で、30分単位の電力需給計画を作成し、自分たちがいつ、どれだけの電力を送電したいか、1時間前までに電力の運営機関に提出する必要があります。提出した計画と実績に差異が生じた場合は、インバランス料金と呼ばれるペナルティが課せられます。つまり、売り手と買い手のマッチングだけでなく、正確な電力需給計画が求められるわけです。

松尾:DGPは、豊田さんのおっしゃる通り、電力業界の時代の変化に必要なプラットフォームですが、核となる技術はどのようなものでしょうか?

豊田氏:電力需給予測の技術です。送配電網の利用は事前予約制と説明しましたが、事前予約するためには、どれだけ発電するか、どれだけ利用するかを、あらかじめ正確に把握しておく必要があります。AIを活用し予測するのですが、そのロジックやアルゴリズムがとても重要になります。AI構築に際し重要なポイントは大きく2つあります。まず、インバランス(損失)が発生しないよう需給予測の精度を高めること。そして、精度を高めつつサーバー費用を適切に抑えることです。この2つの観点から我々は比較的動作が軽くて精度の高いモデル構築を行ってきました。モデルも拠点ごとに作り各拠点の電力発電パターンや消費パターンをきちんと学習させます。ここがDGPの核となる技術です。

:予測精度を上げるためには、誤差を最小にするアルゴリズムと良質なデータが不可欠ですね。一方で、良質なデータを得るためにはデータの取捨選別が必要となりますが、データの取捨選別において、どのような点に留意されていますか?

豊田氏:2つあります。1つはリアルタイムに情報を手に入れることです。幸いにも、2022年から太陽光発電側のスマートメーター値が開示されるようになり、2〜3時間遅れではありますが、ほぼリアルタイムにデータを入手できるようになりました。それまではスマートメーター値が開示されず、自分たちでIoTデバイスなどを設置しないとリアルタイムなデータを取得できなかったため、大きな前進です。

もう1つは、余分なデータを入れないこと。直近の例で言えば、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行前のデータを全部削除しました。電力の使い方は、新型コロナ前後でまったく違いますから、withコロナの現状に鑑み、COVID-19流行前のデータはAIの学習には不要です。どのようなデータをAIに学習させるかが、とても重要だと思っています。

電力を使う側が求めるニーズが変化している今だからこそ、多種多様なソリューションが必要

松尾:今、電力業界はまさに時代の変遷の真っ只中かと思います。今後どのような変化が予想され、我々はどのような対応を迫られるでしょうか?

金子:これまでは、大規模な発電設備を保有する供給者が上流プレイヤーとして、下流である需要者に対して安定的に電力を提供するモデルが前提の時代が長く続きました。ところが、電力の自由化、それに伴う電源構成の変化、さらに今後環境価値取引が始まる等、電力業界を取り巻く状況は変化しています。一方、電力業界は設備産業であり、安定供給への要求が非常に高い業界なので、破壊的イノベーションに対しての対応が難しい業界であるともいわれています。

しかしながら、脱炭素対応等、市場要求のグローバルレベルの大きな変化は、これまでの電力供給モデルに対しても大きな変化を求めることになります。現状、再生可能エネルギー由来の電源は、従来の火力発電などに比べ、小規模であり、かつ安定供給の面で劣ることは否めません。しかし、そうした性質をコントロールしつつ、より有効に活用することは前提事項となりつつあります。それは、従来とは異なり、電力の需給バランス変化のよりきめ細かい分析・予測や制御が必要になることを意味しています。

次世代ビジネスを牽引するテクノロジー最前線-3

KPMGコンサルティング株式会社 
金子 直弘

また需要者側から、環境情報や炭素排出量の開示に関連するデータ提供を新たに求められるようになりました。電力・エネルギーとのかかわり方が変わるだけでなく、データの質も使い方も変わり、供給者も需要者もこのような変化に対して戸惑っている状態にあるように感じます。

豊田氏:企業から「再生可能エネルギーを調達したい」という相談は年々増えています。一方で、「どうやって調達するか」という学習レベルは、企業によってばらつきがあります。一番手軽なのは証書を調達することですので、最初に証書を調達する。もしくは屋根の上に太陽光パネルを設置する。その際、証書が必要であれば、スコープ1、2、3を考慮しながらオフセットしたい内容に応じて、非化石証書やJ-クレジットなどを調達します。それでも足りなければ、今度は他の再生可能エネルギー、たとえば森林破壊していないことが追跡可能な再生可能エネルギーを調達します。企業の学習レベルも意識レベルもばらつきがありますが、多種多様なソリューション、技術要素を活用する意識を持たないといけないように思います。

次世代ビジネスを牽引するテクノロジー最前線-4

分析・予測のためのデータを意思決定にも活用できるようにしていく

:電力業界も制度変更やテクノロジーの進化など、取り巻く環境が目まぐるしく変化する中、先手を打って新しいソリューションを考えていかなければなりません。技術開発に先行投資が必要となると思いますが、見切り発車や大きな手戻りを生じさせないために、どのような方針でDGPを開発されているのでしょうか?

豊田氏:大事なポイントは2つです。まず、何が起きるかわからないので、柔軟性を持たせるためにもアジャイル開発を行っています。また、次の何年かでどういう技術が来るか、どういう世の中になるかを予測し、短期的に迅速に開発する領域と中長期な視点で開発する領域への投資をバランスよくやっています。

例えば日々の開発ではテスト・QA・リリースを自動化することで、毎日回数に制限なくリリースを行っています。10名ほどのチームですが、直近の実績では1日あたり4回から5回本番環境にリリースを行っています。小さく変更を反映していくことで一つひとつのリリースのリスクを抑え、また仮に障害が発生した場合でも影響の調査や切り戻しが高速になります。

次世代ビジネスを牽引するテクノロジー最前線-5

KPMGコンサルティング株式会社 
関 克彦

金子:さらには、事業の中で収集された大量のデータを活用し、より精度の高い分析・予測を実現するモデルに転換することが重要ですね。

豊田氏:はい。データだけでなく、データ収集のための外部とのパートナリングも重要だと思っています。プラットフォームを構築するにあたり、たとえ「電力需要を予測したい」、「ある工場のサンプルが欲しい」と考えても、我々1社だけでは実現できないからです。我々は60社の株主企業から電力データや太陽光発電データを提供いただいています。これらのデータのおかげで、電力需給予測ができるようになりました。

予測精度をさらに向上させる必要がある場合は、株主だけでなく、さまざまな需要者のデータを収集し、活用しています。需要者は現時点で約2,500拠点あり、電力が逼迫しそうな状況、電力使用状況等、需給予測に必要なデータに関する知見とノウハウを蓄積しています。ファクトベースで電力需給を予測し、管理していくことがとても大事です。

松尾:これまでに蓄積されたデータを有効活用できた事例を教えて頂けますか?

豊田氏:我々は2023年11月にバーチャルPPAのオークションを開催しました。開催した狙いは、取引価格の開示と活用です。例えばJEPXや非化石証書においては取引市場があり、定期的に取引価格が開示されていますが、コーポレートPPAは、希望売買価格や適正価格等の取引価格情報がありません。そこで我々は取引価格が把握できるようにと考えました。オークションでは、希望単価や最低落札価格、最高落札価格を開示しています。このようなデータがあれば市況が分かるため、再生可能エネルギーを導入したい企業の意思決定を支援することができます。

関:多種多様なステークホルダーから電力データを収集し、需給予測に利用されていますが、対象データに対してはどのような点に留意されていらっしゃるのでしょうか?

豊田氏:電力データの取扱いについては、とても注意を払っています。例えば、電力消費と生産活動は密接に関係しているため、工場の電力データから、工場の稼働率、さらには業績まで把握することが可能です。そのため、他社への非開示は勿論のこと、必ずデータを加工しマスキングを図る、セキュリティ面では外部からのハッキング対策として基本的にクラウドサービス等を利用しない等、さまざまな点で注意を払っています。

「エネルギーを自由に使える社会」を実現し、豊かな社会を後世に残す

松尾:最後に、豊田さんが実現されたい社会や展望を教えてください。

豊田氏:私は、エネルギーを自由に使える社会にしたいと思っています。子どもたちの世代に何を残せるかと考えたとき、持続可能かつ、ほぼ無料で使える電力インフラを残せないかと考えています。一定の運用保守にかかる費用は発生しますが、運用保守にかかる費用を極力低減させ、運用できるエネルギーインフラを構築したいと思っています。究極的には、石油等の化石燃料の輸入をやめ、なるべく自給自足できるようなエネルギーインフラが構築できればと考えていますが、太陽光発電と蓄電池だけでは十分ではありません。エネルギーインフラは、さまざまな電源を最適に融合させ、その中で限界費用がなるべく低い電源構成を構築することが大事だと思っています。しかも安定したエネルギーインフラが構築できると、日本はもっと豊かに、そして成長できるようになるかもしれない。そのような世界を実現していきたいですね。

金子:一方でエネルギー業界は「変化は進めなければならないが、安定供給を犠牲にする過度な変革は避けなければならない」という世界です。安定供給を犠牲にしながら、破壊的イノベーションやDXの導入をすることは許されませんが、私たちはデータやデジタル技術を活用し、バランスを維持したうえで変化への対応を後押ししたいと考えています。

次世代ビジネスを牽引するテクノロジー最前線-6

株式会社 KPMGアドバイザリーライトハウス
松尾 英胤

:現行の取組みにおいて不便なこと、時間を要することに対して、完璧な正解はないかもしれませんが、変革によって解決していく余地はあると思っています。豊田さんのチャレンジがさらに広がり、DXとリスク管理をセットで考えながら、豊田さんが実現されたい世界がより広がっていくと、将来の世代に明るい未来を届けられそうな気がしますね。

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