CASEの進展、テスラや中国系企業をはじめとする新興勢力の台頭、等、歴史の転換期にある自動車業界。不透明な将来に備えるためには、M&Aという手段も活用して、自社の強みの更なる強化、弱みの補完を行う必要性が増してきている。本レポートでは部品からアフターまで裾野が広い自動車業界において、四半期ごとにM&A動向の定点観測を行うとともに、その時々の業界における注目トピックをコンサルタントによる論考という形で取りあげる。
2024年3Q(7-9月)M&A動向
グローバルでのM&A動向
グローバルベースでの2024年3Qにおける自動車業界のM&A件数は277件であった。地域別に見ると北米が67件、欧州が85件、中国が42件、日本が12件、その他が69件である。2024年の上半期同様に2023年と比べると減少傾向にある。
自動車業界におけるM&A件数推移(グローバルベース)
一方、取引金額が公表されている案件に限定されるが、グローバルベースでのM&A金額は218億ドルであり、上半期と比べて増加している。これはドイツのBoschが米国、日本においてJohnson Controlsより業務用空調事業を買収することが一因である。また、中国においてNIOのグループ内再編、水素自動車メーカーであるHutureのナスダック上場に伴うSPC(特別目的会社)との合併の影響で金額が大きくなっている。
自動車業界におけるM&A金額推移(グローバルベース)
日系企業の動向
日系自動車企業が関与したM&A件数推移
また、3Qにおいては、オートバックスセブンによる買収も目立つ。収益の多様化や整備需要の取り込みを狙ってホンダ系新車ディーラ事業者の東葛ホールディングス、自社ローン専門の中古車販売事業者であるオトロンカーズを買収したのに加え、拡大が見込まれる自宅用EV充電器などの据え付け工事への対応力を強化する狙いで電気設備事業者のPCTホールディングスも買収した。
日系自動車企業関連 M&Aランキング(2024年3Q)
その他日系自動車企業関連のM&A(2024年3Q、金額未公表)
論考:自動車部品メーカーの生まれ変わりに向けた模索
1. 自動車業界の競争環境
自動車業界はCASEという言葉が浸透して久しいが、特に電動化はテスラやBYDを中心とした中国メーカーの台頭に見られる通り、属する企業の顔ぶれも大きく変化、競争も過熱している。
一方、実需という観点においては、各種報道にある通り、特に米国・欧州市場はBEVが鈍化傾向にある。消費者心理を踏まえると、インフラ整備も含め、BEVシフトは中々一足飛びに行かず、VWはBEV生産体制の縮小、GM・Fordは関連する大型投資の見送り等、軒並み軌道修正が図られ、PHEV・HEVが再度脚光を浴びている格好だ。
今回はこのように市場・競争環境が各年目まぐるしく変化する自動車業界において、自動車部品メーカーに焦点を当てた上で、変化に対していかに対応していくか、「生まれ変わりに向けた模索=新規事業の検討」と位置づけ、考えてみる。
2. 事例から見る自動車部品メーカーの位置づけ変化
まずは自動車部品メーカーの新規事業検討について、近年の事例をいくつか選んでみた。
自動車部品メーカーの新規事業検討事例
近年は冒頭にもあるが、BEVの台頭に伴うICE事業一本足からの脱却がホットトピックだが、その流れに沿うように、パワートレイン領域において、JATCO・愛三工業・ジーテクト・TBKはICE向けのトランスミッションやエンジン部品等に代わる新たな事業領域への参入を公表している。
この動きを主流と捉えた上で、興味深いのは非自動車領域への拡張を企図する企業である。東海理化は自社のイモビライザーに使用している半導体を内製しているが、それらを外販していく方針を掲げている。直近は外販力強化のため、半導体の対応サイズ拡大を計画の上、住設機器や産業機器への外販も視野に入れているようだ。また、NSKについてもポートフォリオ変革を中期経営計画にて掲げ、産機ビジネスの拡大(売上構成比50%)を目指している。
自動車部品メーカーの大半はOEMに歩調を合わせながら、特定の部品を生産・販売してきたが、今回選んだ事例からも読み取れる通り、今後は各企業の市場における位置づけも自動車領域に閉じず大きく変わっていくことが想定される。
3. 新規事業開発とPre BDD
では、各企業が活発に動く中、これから検討を進める自動車部品メーカーにとって、新規事業はどのような視点で検討すべきだろうか。スピード感を持ち、かつ足腰のある事業開発を進めていくためには、完全なる飛び地ではなく、既存事業を中心に市場・技術・機能の3つを起点とした、親和性のあるアイディアを幅出ししていくことが重要だ。
新規事業探索フレームワーク
一方、言うがやすしという側面が多分にあり、特に既存市場×新製品を掛け合わせた新規事業の場合、一定の企業は自社単独によるオーガニック成長に目線を置きがちになってしまい、新規技術の獲得ハードル・顧客接点の確保の難易度等から、現実味を帯びたシナリオ作り・実行に苦慮するケースが見られる。その点、レバレッジを利かすことができるM&Aを手段の一つに持つことは有用だろう。
一方、M&Aを活用する場合、陥る傾向にあるのが目先の技術・商品・顧客基盤等の獲得を目的としたものの、本ディールが始まった段階で思ったほど自社にとってシナジーが出なかったというケースである。
そのようなケースを踏まえ、いきなり出資・買収候補へのアプローチ・本ディールに入るのではなく、Pre-BDDによる初期的診断をステップとして加えることの重要性をここでは伝えたい。Pre-BDDとは詳細なDDに先立ち、ビジネス面における対象会社・事業を取り巻く(今後取り巻くであろう)市場・競争環境の概観把握と、その結果を踏まえたディール推進を判断するための初期的事前調査のことを指す。
【Pre-BDDの項目例】
- 出資・買収候補先企業が属する市場構造と、将来変化の可能性に係る把握
- 出資・買収候補先企業が属する業界における、顧客の購買決定要因の把握
- 競合他社の特徴を踏まえた出資・買収先企業の競争優位性における、初期的評価
- 本格的なBDD実施に向けた、事業計画上の詳細論点・検証すべきリスクの抽出
特に既存市場×新規製品のケースにおいては、市場・競争環境を熟知しているため、メリットばかりに囚われてしまうが、リスクにも目を向け、第三者の視点も交えながら未来目線での事業の収益を左右するキードライバーの分析、シナジー項目の仮説検討を予め行い、出資・買収動機をより具体に落とす(=尖らせる)ことが重要と考える。なお、Pre-BDDによって洗い出された仮説・論点は本格的にディールを進める際に、より効率的、かつ高度な検証を進めることも可能とする。
4. 必携のケイパビリティ
今回は電動化の文脈から論考したが、CASEの様々な発展に鑑みると、「生まれ変わりに向けた模索=新規事業の検討」が自動車部品メーカーの事例として今後、さらに増えていくだろう。その世界観においては、自動車業界に閉じず、他業界に跨ることも中長期的に見越した上でM&Aを使いこなすことは、自動車部品メーカーの生き残りに求められる必携のケイパビリティになるだろう。